第4話 タイヨウの仔

「ああっ、お二方!ご無事でしたか!」


 広場に辿り着いた途端、見覚えのあるヒゲもじゃのおっさんが俺達に駆け寄って来た。ここに来る際に出迎えてくれた町長で、ここで俺達の身分を把握している数少ない人間だ。


「そちらこそ、ご無事で何よりです」


「いえいえ!こちらとしては肝が冷えるばかりで……この周辺で魔獣など、ここ数年は見なかったものですから」


 そりゃ勇者御一行が自分の町で魔獣に食われて死んだら、とか思うと肝も冷えるわな。


「他のお三方は……」


「住人の救助と魔獣の対処に奔走しています。ですが心配の必要はありません。彼女らは優秀です」


「おおそうですか。なんとも頼もしい。その、先程の避難指示も貴方様の魔術によるものなのでしょうか?それとも勇者様の?いやはや、何にしても素晴らしい――」


「そういった話は後にしましょう。町長、少し確認を」


 そうして話を切り上げ、町長に俺の見立てを話し必要な事前の許可の相談をした。話を聞いて顔を青くした町長から了承を得て、俺達は広場へと向かう。そこには様々な様子で広場に避難してきた人々が居た。


「ほ、本当にこの中に犯人が居るんですか?」


 町長との会話には混ざらず横でジッとしていたヘレンが不安そうに声を上げた。


「ああ。そもそも、なんでこの場所にあの数の魔獣がいきなり湧いて出たのかが問題だ。町長が言った通り、ここら一帯は魔獣の生息数自体が少ない筈だ」


「確かに……というかウィンザーさん、町長さんと話している時は口調とか別人みたいでした」


「気にするな。……付近に魔獣は居ない、居たとしても極少数。なら――外から運び込まれたと考えられないか」


「え」


「ここは宿場町。王都から近いこともあって人の流動が活発だ。その中には当然、商売の為に荷物を積んだ馬車と商人も大勢居る」


「商売、荷物……あっ」


「そう、うってつけだ。。偽商人を町に通す警備の甘さが露呈した町長には気の毒だが、この騒動はこうして起こった。そうだろ」


「……は?」


 俺達が立ち止まったのは一人の男の前だった。広場に集まった避難者の影に隠れ、こそこそと周囲を見回しながら立っていた男。歳は三十過ぎくらいか。


「両手を後ろに跪け。抵抗するな」


「あの、意味が――」


「お前が避難してきたヤツらに隠れてを使う瞬間は上から見てたんだよ。大方、人間には聞こえない特殊な音を使って付近の魔獣を活性化させる、とかだろ?」


「……」


 男はたじろぐと同時にズボンの裏に手を回した。俺はそれよりも速く札を抜き取り見せつける。


「使うなよ。使ったら力づくで取り押さえる」


「……っ!」


「あっ」


 男が背を向けて走り出すのを見てヘレンが声を上げた。男は人々の中を掻き分けていくように逃げて行く。


「にっ、逃げちゃいましたよ!」


「ちっ、大人しく捕まってりゃいいものを。というか、今のはお前が反応して取り押さえる場面だろう」


「ええっ!?私ですか!?私はウィンザーさんが魔術を使うのかと……」


「避難者が邪魔で使えない。あれはただの脅しだ。まあ良い、さっさと追跡して――」


「うわああああっ!!」


 突如響いたのは逃げ出したあの男の声だった。俺達は顔を見合わせ、声がした方へと走り出す。避難者達の間を通り抜け、辿り着いた先では。


「……」


「ああっ、投降します!もう抵抗しません!」


 広場から続く人通りの無い路地の上で倒れ込んでいるあの男と、それを上から押さえつけている黒づくめ――俺達の仲間の一人が居た。


「あ、あの人……」


「……今回の立役者はお前だな。そいつを捕まえたのもそうだが、仕留めた魔獣はリスティアに並ぶか?」


「えっ、あの人が魔獣を?」


「上から見てると不自然な魔獣の死体が幾つかあったからな。仕事が速いのは好みだ。的確なのもな」


「……」


 俺の言葉に黒づくめは何の反応も示さず、縄か何かで両手の拘束を済ませた男を差し出して来たかと思うと、すぐにその場から去って行った。


「なんなんでしょうあの人……」


「さあな。それより今はコイツをさっさと牢屋にぶち込むぞ」


「待ってください!話を!話を聞いてください!」


「首都で好きなだけ取り調べて貰えばいい。嫌ってほど話せるぞ」


「私の、脇腹を見てください!私は命令されて仕方なくやったんです!!」


 町の中に魔獣を放った男にしてはやけに切実な訴えだった。どうせ捕縛は完了してるし、コイツが何を言いたいのかは気になる。指示通りに服を捲り脇腹を見た。


 するとそこには、燃え盛る炎を模したような焼印が施されていた。


「ウィ、ウィンザーさん、これって……」


「ああ、早速だな」


 タイヨウの仔。このマークをシンボルとして活動するカルト組織だ。そして――俺達が倒すべきでもある。


「事情が変わった。話を聞いてやる」


「助けてください!私は彼らに強制されたのです!妻を人質に取られ、返してほしくばこの町に魔獣を放てと!」


「それを命令したヤツは他に何か言ってたか?」


「い、いえ。私はただ商人に成りすまして魔獣をと……」


「分かった、もう十分だ」


「は――むぐっ!うううう!」


 懐から適当な布を取り出し男の口を塞ぐ。


「も、もう話を聞かなくていいんですか?」


「とりあえず聞きたいことは聞いた。後はじっくりと今日の夜にでも牢屋で聞くさ」


「……そうじゃ、なくて。その人、本当に捕まえちゃうんですか」


「どういうことだ?」


 俺が訝し気に見るとヘレンはまだ何かを訴えようとしている男に視線を移し、俯きながら呟いた。


「だって、この人が言ってることが本当だったらこの人は何も悪くないじゃないですか!」


「……」


 コイツマジか?いやマジだ。この表情は冗談のつもりじゃない。本気で言ってやがる。


「いや、そもそもだな、今のが事実だとしてもやったのはコイツだ。加えて事実だという確証がどこにもない。確かなのは魔獣をここに放った事と、このシンボルが刻まれてる事だけ。詳細な話を聞くにしても現状は牢屋行きが妥当だ」


「でもっ!私達はなのに――」


「まあ落ち着け。取り調べは俺が担当しよう。何が嘘か真か、建前か本音かをハッキリさせる。場合にはよるが出来るだけ穏便にな。コイツの是非を判断するのは俺の見立てを聞いてからでも遅くはないだろう?どうせ今日はここに留まる事になる」


「……はい」


 わざとらしいほど不安そうな顔をするヘレン。まだ詳しくは知らんが、自分の境遇とこの男の言い分を重ねてるのだろうか。


「そう悪いようにはしないさ」


 面倒だ。


 溢れ出したその感情を抑えつけ、安心させるような笑顔を意識しながらそう答えた。

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