第8話 森と挑発

 太陽が高く昇った真昼間、俺は時刻にしては薄暗い森の中に居た。


「はあっ……はあっ……!」


 草、草、草。行く手を邪魔する植物共を掻き分け、足場の不安定な地面を踏み歩く。


 濃厚な森の匂いが鬱陶しい、たまに虫除けの香草を貫通してくる虫が不快だ。


 そして何より。


「ふふっ、こっちですよ……ウィンザー殿」


 眼の前、俺が全力で走ろうともすぐさま距離を取れるであろう間隔を維持しながら森を先導するのはミカエルあの野郎


 相変わらず何を考えてるのか分からん顔、声音、行動。現状の全てが意味不明だ。


「――待てぇぇぇ!!!逃げんなァァァ!!!」


 何故俺はこんなクソみたいな森の中でミカエルあの野郎と鬼ごっこをしているんだ!!!




 ☆




 俺達がメルクーアに向かうにあたって一つ問題があった。俺達の素性についてだ。


 犯人の男から情報を聞き出した結果、あの魔獣騒動は直接俺達を狙った訳ではなく、王都に近い町に対する単なる嫌がらせ、そしてに俺達が偶然居合わせたという可能性が高い。


 何しろ勇者一行に関する動きは王都内でかなり内密に行われていた。俺達が一行として出発した事をタイヨウの仔がいち早く掴み、刺客として男を送り込んだというのはあまりに良すぎるタイミング的にも男自身の証言からも考えにくい。


 つまり俺達の存在は奴らに気づかれていなかったと言える。では。


 俺達は昨日、事件後のパーティーの成り行きで素性を明かした。そこに居合わせた滞在者だけでなく、その情報は噂として各地へ広がっていくだろう。


 そう、あの町にあの男以外の別のタイヨウの仔の信者が潜んでいた可能性は十分にある。


 そいつらが勇者一行が動き出したと、メルクーアへと既に報告に動いていたとしたら?男女比率や背格好まで報告されているとしたら?仮にそれらの情報が伝われば俺達の今後の行動に支障をきたすのは明白だ。


 だからメルクーアへ向かう前に一旦、俺達の存在を消す。上手く消息を消してしまえば情報を知られた事を逆手に取れる……というか、逆手に取る為にわざわざパーティーで明かした。


 あの場所で明かさなくても、いつかはどこかしらから情報や噂が漏れる。なら、タイミングの分からないに怯えて警戒するより、こっちから早々に漏らして相手に伝わらせ、それを逆手に取って動いた方がやりやすい。


 という説明と説得を他の面々に済ませ、俺達はまず宿場町から北上した先にあるベルベット大森林の最南端へと向かった。


「ほ、本当にこの中を進むんですか?」


 フードで頭を覆い、水筒を片手にへたりこむヘレン。早朝から出発してここまでかなり歩いたからか既に顔に疲れが出ている。


 目の前に広がる密集した木々。俺達は森と平野の境界部分で一時休息を取っていた。


「改めてもう一度確認しておくか。この森林の内部には森林の両端を繋ぐがある。その片方の出口はメルクーアがある方面へと繋がっている。つまり俺達はこれから森を北上しまず通り道へ向かう。そこからはその道を通って森を出て、メルクーアを目指す」


「……本当にそんな迂遠なルートを取る意味があるのか?」


「このまま通常のルートを使ってメルクーアへ向かうのは無駄なリスクしかない。それを潰し、逆手に取る為の行動だという説明はした筈だが」


 このルートにいつまでも難色を示していたのがリスティアだった。絵に描いたような脳筋なんだよなコイツ。


「いいか?今から俺達は森の東側からメルクーアを目指して来た旅人だ。道中で同じような旅人に遭遇した場合はその設定を遵守しろ。使う名前もさっき決めた偽名だ」


「……」


「ここまで来ても納得が出来ないか。それとも何か他に妙案でも思いついたか?」


「……いや」


 歯切れ悪く引き下がり、リスティアは自分が持つ荷物や武器の点検をし始めた。入れ替わりにヘレンが俺に質問を飛ばす。


「あの、中で魔獣に襲われたり、迷っちゃったりはしないんでしょうか」


「その点は心配しなくても良い。俺自身、何度か学園の授業の一環でここに来ているが森の南側や通り道付近に大した魔獣は居ない。北へ深く進めば話は別だが」


「北の方には危険な魔獣が居るんですか?」


「魔力濃度が濃くなる影響でな。数も質も増していく。まあ気にしなくていい。基本的に魔獣達はそういう場所を好む。わざわざ居心地の悪い、濃度の低い下に降りてくる事は無いだろう。遭難についても気にするな。学園が対策として至る所に通り道までの仕掛けを置いている。それに従っていれば通り道まではまず迷わない」


「なるほど……」


「それでも小型の魔獣との遭遇は十分にあり得る。気を抜くなよ」


「はい!……あれ?」


 水をひと飲みした後、ヘレンは小首を傾げ周囲を見回し始めた。


「どうした」


「ミカエルさんは……?」


「は?」


 慌てて俺も周囲を見回す。目の前の倒木に腰を下ろして休むヘレン、その裏に立つリスティア、少し離れた場所で待機しているトゥエンティ。


 視界に入ったのはそれだけ。嫌でも目立つあのあのイケメン野郎が居ない。


「リスティア」


「いや、知らんぞ。さっきまでそこに居た筈だが」


「あそこだ」


 戸惑うリスティアの返答に突如割り込んできた奇妙な声。横を見るとトゥエンティが俺達と距離を詰め、森のある方向を指差していた。


 そしてその先には木々を背中に俺達に笑みを浮かべ、再び森の中へと歩を進めていくミカエルの姿があった。


「追うか?」


「いや、待て」


 トゥエンティの提案を手で制す。理由は分からんがヤツは森の中へ入った。恐らく逃走ではない。あの笑みには挑発の意図を感じた。追ってこいと。


 自ら名乗り出た通り、適任はトゥエンティだろう。だが……。


「――俺が追う!だからお前達は先に通り道を目指せ!」


「ええ!?そんな事しなくても全員で追いかければ……」


「俺達じゃ足並みがバラバラすぎて非効率すぎる!追跡は一人だ!」


「わ、私達は待機してれば……」


「それも色々問題があるが、一番はアイツを捕まえた後に俺がここに戻ってこられる保証が無い!戻ってこられたとしても時間がかかる!だがお互いが通り道を目指せば、日が落ちるまでにはそこで確実に合流出来る!いいな!?」


 質問してきたヘレンだけでなく他の二人にも言い聞かせ、俺は森の入口に踏み込む。


「森の内部の異質な魔力を感じ取れ!それを辿れば通り道には辿り着ける!頼んだぞ!」





 ☆




 ミカエル。お前が何を考えているのは知らん。


 だがお前は有能だ。思考、判断、行動、能力。この短い時間でもそれらの淀みの無さを十分に感じ取れた。正直言って、現時点で最も失いたく無い人材だ。


 だからこそ、仮にお前が俺達を裏切りタイヨウの仔へと利するような、もしくはそれに匹敵する程の害を俺に与える存在になるのであれば。


 殺してやるよ。その為に俺達二人とそれ以外の状況を作ったんだ。


 ここは、死体を埋めるのに丁度良いからな。





 ☆




「あの……異質な魔力って、感じ取れます?」


「いや、知らん」


「……」

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