第12話 トゲ

「〈堅岩〉!」


 刺さったトゲの向きを確認した俺は即座に腰のポケットに手を伸ばす。目当ての札を掴み、数秒ほど魔力を込めた後に魔術を行使する。


 ミカエルの背後の地面から草木を押しのけ突き出たのは分厚い岩石の壁だ。


「ぐうっ……!」


 それと同時に、胸からトゲの先端を生やしたミカエルが膝を突いた。


「無事か!」


「…………っ、抜いて、下さい」


 そのまま作り出した壁を背に地面へと座り込み、脂汗の浮かんだ状態で俺を見る。両手には魔力の光。


 恐らく回復術を行使するつもりだろう。俺はその要望通りに刺さったトゲを抜こうとして。


 ふと、逡巡した。これはもしやチャンスなのでは?このトゲの射手が何者かはまだ分からんが、少なくともコイツを殺し得る外敵がこの森に居る事は状況が示している。


 このままコイツを殺してしまえばその外敵に原因をなすり付けられる。そこまでを瞬間に考えた俺は。


「――ああ、一気に引き抜くぞ」


 その指示に従う事にした。背中側に回り、後ろからトゲを掴み、合図と共に一息に引き抜いた。


「んっ……!」


 そして、大量の血が溢れ出すよりも速くヤツは自らに回復術を行使する。服の穴から見える傷が光と共にゆっくりと塞がれていく。


 そのまま十五秒程が経ち、その手から光が消えた。ミカエルは力が抜けたのか岩壁にもたれかかる。


「終わったのか?」


「はい……問題ありません……ここで死ぬ訳にはいきませんから」


 その割には顔色が悪く、今にも意識を失いそうな表情だ。


「大きな傷を治した副作用です……少し経てば……起きます……」


 そう言い残し目を閉じる。少し乱れているがしっかりと息はある。本当に気絶しているだけのようだった。


「凄まじいな……」


 回復術。あの傷をこの速さで治せる使い手は恐らく稀だろう。加えてコイツが治したのは自分の傷。


 魔術もそうだが、回復術にとっても術者の精神状態は重要な要素の筈だ。突然の傷を負った驚愕や痛みの中でこれは……。


「やはりここで無くして良い能力じゃない」


 本人の性質はともかく、能力の希少性は確か。死ぬほどの傷でも助かる能力は手元に置いておけば強力な保険になる。


 トラブルメーカーを抱えるデメリットを考慮しても……メリットが上回る。しゃくな話だが。


 とりあえず殺しは無し。残る問題は暴露の記憶に関してだが。


「今はそれよりもコイツに対応しなければ」


 槍の穂先ほどの太さのトゲ。血に濡れた部分以外は黒と白が入り混じったような模様だ。


「生物的。しかしこれだけじゃ何も分からん。取り上げるべきは」


 トゲが刺さる寸前のあの淡い光だ。恐らく魔術の行使の証。


 あれは地面から発生していた。地面、トゲ、魔術……。


「もしかしてアイツか?」


 一つ思い当たる存在が居る。全身にトゲを生やしたネズミのような魔獣。


 学園の授業で魔獣を取り上げた際に知った魔獣で、ユニークな性質を持っている事から記憶に強く残っていた。思い返せばこの模様はソイツのトゲの模様に酷似している。


 そいつは確か、自分の縄張りの周囲に俺達で言うところの魔術式のようなモノを地面に描き設置する。それは魔獣や人間に踏まれる事で起動し、その事実をソイツに伝えるという能力を持つ。


 だがソイツ……トゲネズミと呼称しよう。トゲネズミは臆病な性格だった筈だ。その能力はもっぱら逃走の為に使われる。


 サイズもせいぜい人の半分ほど、トゲの太さも指一本に満たないくらいで、追いつめられて初めてそのトゲを射出して攻撃する。


「魔獣は魔力の多量吸収によって姿や能力を変える。あり得るな」


 俺があの光に気づいた数秒後、トゲが飛来しミカエルの胸に刺さった。トラップを踏んだ相手を把握し、そこにトゲを飛ばしたのか?


 いや、ここは森の中だ。遠距離からただ真っすぐに飛ばしても木々に阻まれる。


「自分で操作している?」


 だとすれば恐ろしすぎる。トゲのサイズからして本体も比較にならんくらい巨大だろう。少なくともここらに居て良い魔獣じゃない。誰だ強力な魔獣なんて滅多に居ないと言ったヤツは。


 どうする。あれ以降、他の攻撃も無く森は静かだ。元が臆病な存在故に、自分は縄張りの中に引き籠ってトラップに反応した敵だけを遠距離からチクチク攻撃しているという可能性は十分に考えられる。


 その場合は無理に相手をする必要は無いのだが。


「トラップが撒かれた範囲が分からん……!」


 どこからどこまでがヤツの縄張りで、トラップがどれほどの密度で仕掛けられているか分からない以上、ヤツを無視して先に進むというのも十分なリスクが発生する。


「手あたり次第に地面を攻撃してトラップを潰す……いや札の消費が多すぎる……殺すのが確実か……だがそれにはヤツの位置の特定が必須……トゲの弾道を見極め射出元を割り出す……ならトラップをわざと踏んで……だがそれだと……」


 思考をまとめていく中、ふとミカエルに視線を移す。


 先程と比べて顔色は回復し、息も落ち着いている。そろそろ目を覚ますだろうか。


「ん、これは」


 先程はあった服の穴が塞がっている。ローブの下を捲ってみれば肌着の穴も無くなっていた。


「最高級品だな……」


 どちらも自動修復の作用がある服だろう。周囲の魔力を吸い元の形状に戻る。俺も似たようなのを着てるから分かるがこれは防御力も高い。これを着ていなければトゲが貫通していたかもしれん。


「まあそれくらいの装備は当たり前か。仮にも医療――」


 一つ、思いついた。これならヤツを最高の条件で見つけ出せる。


 俺が命の危険に晒される事も無く、札を無駄に消費する事も無く、かつ最短最速で。

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