第11話 最高のシナリオ

「――という訳です」


 ミカエルの身の上話は特に長くも無く、内容も俺が考えていたものと大して差は無かった。


 医療協会。会長。世襲制。慣例。男。女。組織が長く続けば続くほどいつかは発生が予測出来るトラブル。コイツはその当事者であり被害者だった。


「私は……早熟だったせいか幼い頃から色々と理解してしまっていたんです。父の意図も、それに従わなければどうなるのかも。求められているのは本来の自分を殺すという事であると」


 俺達は既にテントを出て他の三人と合流すべく動き出していた。


 俺の前を行き森の中を歩くミカエルの背中は、分厚い白いローブに隠され真っ白だ。


「それでも何とか今日までやってこれた。致命的なミスも無く、喉元を緩く絞められているような閉塞感が付きまとう毎日を。……いっその事、何の能力も持っていなければ、リスクを無視し何も考えず役目から逃れようとしていたかもしれません。頭も回らず、回復術の才能も欠けていれば。でも、そうはならなかった」


 前に進む足取りが軽い。増水した川のように言葉の流れは止まらない。


「波風を立たせず毎日を送るのに十分な能力が私にはあった。このまま事が運べば何の問題も無く次期会長にもなれる。だからかえって、逃げ出すという選択肢にも手を伸ばせなかった。結果、この身に蓄積されていったのは言いようの無い疲労感と、あらゆるモノへの怒りでした」


 ……話が長い。それはもうどうでも良いし分かったからその怒りの発散をどう実現しようとしていたかを聞きたいんだ。


「それで、お前の語る復讐とは?そろそろ聞かせてくれても良いだろう」


「……魔王討伐が無事に完了し、私達は王都へと凱旋します。王はその功績を認め、集めた民衆の前で盛大に称えるでしょう」


 ミカエルは立ち止まり俺の方へと振り向いた。男装状態に戻ってはいるが、そこに浮かぶ歪んだ笑みはさっき見たモノと同じだった。


「当然、そこには医療協会の面々も集まります。各要職にその子供達。各地に散らばった協会員達が早くも大きな功績を成した次期会長に賛辞を送り、父はその様子を見て協会の安泰な未来を確信する。そこでどうです、皆の前に立った私が――」


 そうしてヤツは自らのローブの前面を意味深に捲り、黒い肌着に包まれた腹を見せた。


「膨らんだ腹を見せれば……どうなるでしょうか?」


「!」


 そういう事か。その光景はコイツが秘めた真実を一発で民衆に理解させる。そもそもそれどころではない。


 次期会長の行方やその腹の中の処遇といった考えるだけでも面倒で大きすぎる問題を一気に投下出来る。魔王討伐によって最大限に注目が集まり、高まった熱気を一発で極寒まで持っていくパフォーマンスだ。


 つまり、自分を含めた周囲の破滅がコイツの考える復讐。


「まあ、そこまで上手くいくとは思っていませんでしたが。視覚的に妊娠していると理解させる為にはそれなりの年月が必要ですし、タイミングを合わせないといけない。そもそも上手くこの身に子が宿るのかどうかも分かりません。現実的には民衆の前でコレを脱ぎ、元の声で真実を叫ぶくらいしか出来なさそうです。それでも、それを成した時の光景を想うだけで私は癒される。ならば失敗を前提にするにしてもやるだけやってみようかなと」


「それであんな事を……?いや待て。まさか、わざわざ俺をその相手にしようとしたのは」


「はい。ただ子を宿しているだけでなく、その相手は魔王討伐を共に潜り抜けた仲間であり、かの魔術学校の首席生である……どうです、見てみたいと思いませんか?それらの真実に晒された者達の様子を」


 そう言ってミカエルは今まで見た事も無い無邪気な表情を浮かべた。


 コイツ、何てこと考えやがる!そんな事になったら俺が医療協会、ひいては魔術界隈にどんな目で見られるか明白だ。


 要は国中を対象にした復讐……いや、もうこれは破滅願望だな。んな事したら自分自身が渦中に真っ只中、要は自爆だ。それに無関係の俺を巻き込もうとしてた事になる。とんでねえぞコイツ。


「気が変わりましたか?私は今からでも構わないのですが」


「変わる訳がねえだろ!やるにしても俺以外でやれ!俺を巻き込むな!」


「あら、残念です」


 ヤツは捲ったローブを戻し不愉快な笑みを浮かべる。というかちょっと待て。


「おい、そもそもお前が俺に秘密を暴露した時点で俺はもうじゃねえか!秘密を知ればお前の父親に消されるんだろう!」


「ええ、まあ。とは言っても私の願いが叶えばその瞬間から秘密は秘密でなくなるので貴方に害が及ぶ事は無いでしょう。それに万が一、魔王討伐が中断され私が父と接触する機会があったとしても、貴方に秘密を打ち明けた事を言うつもりはありません。貴方に死んでほしい訳ではないので」


 そう言って身を翻し、再び前を歩き始めたヤツの背中を俺は強く睨みつけていた。


 ふざけるな。コイツの言う事は何一つ信用出来ない。民衆の前で秘密を打ち明けるというのも、父親に密告しないというのも。の一言で全てが覆る。


 民衆への暴露なんてのは規模は小さくなるが、別に魔王討伐の直後でなくても幾らでも出来る機会があるだろう。


 魔王討伐が終わっても暴露をせず先延ばしにして、その間に影で俺を密告し、狙われる俺を尻目にせせら笑うなんてのが有り得てしまう。破滅主義者の言葉のどこに信用性があるというんだ。


 どうする。今ならあのテントまで戻ってシナリオを変えられる。


 コイツの記憶を再度消して気絶した時点から話を始め、どうにか秘密を知ってしまったという流れを無かった事にし、森を抜けてアイツらと合流する。


 いや、そもそもコイツを追いかけるという行為を止めれば良い。記憶を消して森の中に放置、先にアイツらと合流しコイツが俺を誘い出すという目論見に失敗したと気づいて後から合流するのを待てば……。


 違う。問題はそこじゃない。ここで秘密の暴露を回避しても、俺を巻き込めば最高の破滅を起こせるという考えがコイツの中にある限り、今回のような出来事が起こる可能性は付きまとう。


 これから先コイツとは長期の旅路を共にしなければならないんだ。その中でコイツが今回のような行動を起こす度に暴露を回避するのか?面倒すぎるし無駄すぎる!


「しかし深い森です。方向はこれで合ってますよね?」


 ……やっぱ殺すか?無防備に背中を見せている今なら簡単に殺れる。コイツはどう考えても今後もトラブルの種にしかならん。


 魔王討伐に差し出した時点でコイツの父親も死のリスクは承知しているだろう。コイツが旅の中で死ぬこと自体は俺に責任が向く訳じゃない。


 ただ言い訳が面倒だ。この近辺には大した魔獣は滅多に居ないとあの三人に伝えてしまっているし、事実そうだ。つまり一番簡単な強大な魔獣に襲われて死んだというシナリオに妥当性が無い。


 だからといってチンケな魔獣に襲われて死んだというのも無理がある。俺の責任も問われるし、コイツがそこまでの無能だとは誰も思っていないだろう……!


 クソが!現状手詰まりじゃねーか!だからといってコイツが持つという記憶をそのままにして良い筈が無い!今はとりあえずシナリオを書き換えて……。


「ウィンザー殿?聞いていますか?」


 そんな感じで俺が目の前の破滅主義自爆女に対する対応を考えていた時、返事をしない俺に対してヤツが振り返ろうとした時。


 俺の視界には淡い光が映っていた。何時からか、ヤツの足元から発していた青い光。そして次の瞬間。


「っ!?」


 ヤツの胸を一本の切っ先が貫いた。

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