おまけ 学校と体育祭

「あ、綾瀬さん、この書類の整理、頼んでいいかしら? ちょっと先生、忙しくて出来ないんだけど……大丈夫かな、綾瀬さん? いつもの倉庫に、運んでほしいんだけど、行ってくれるかな?」

 体育祭まであと数日と迫った教室。


 体育祭の実行委員会の顧問を任されたとかで最近あわただしく動いている担任の川島先生が美鈴……いや、今は委員長か。

 とにかく大量の荷物を持って、委員長にそうお願いする。


 その声を聞いたみす……委員長は勉強していた机の上から顔をあげて、学校ではいつも通りの冷酷な表情で、

「はい、良いですよ。委員長ですから、それくらいは任せてください。そう言う雑用は、ちゃんと私がこなします」


「ありがと~、綾瀬さん! ホント綾瀬さんは優等生だね、すごいね! 生徒の、委員長の鑑って感じ! それじゃよろしくね、綾瀬さん! ごめんね、いつも迷惑かけて! その分内申点とか推薦とか、良い感じにしておくから!!! そう言う所は、先生に任せてよね!!! ふんすふんす!」


「先生、そう言う事はあまり人前で言わないでください。でもありがとうございます、お褒めにあずかって光栄です。それでは運びますね、先生」


「いや~、先生おバカだからつい……あ、よろしくね、綾瀬さん! 本当にありがとね、お任せします!」


「はい、任されました。ちゃんと責任もって運びますので安心してください」

 そう言って先生から荷物を受け取ると、よろよろ重そうによろけながら教室から消えていく。


「……んふふふっ」

 ホント真面目だな、学校の美鈴―委員長は。

 真面目で、先生に忠実な優等生で……本当に俺にだけ見せてくれるあの感じとは全然違う。

 乱れた淫らで可愛い美鈴とは全然違う、いつもの委員長モード……まぁこっちの美鈴も、可愛いんだけどね。どんな美鈴もやっぱり可愛い!


「お、またゆずが委員長の事見てる! おいお~い、ゆず? 委員長の事手伝わなくて良いんですか~? 委員長のお手伝いして、好感度稼がなくて良いんですか~?」


「そうだぜ~、ゆず! ここでまたお手伝いしたら委員長の好感度上がるかもよ? 委員長がもしかしたら、ゆずの事好きになってくれるかもだぞ? 大好きな委員長と恋人関係、なれるかもしれないぞ!!!」

 そんな風に委員長モードの美鈴を見ながら色々物思いに耽っていると、ニヤニヤしと表情を緩めた友達達が、俺の肩をポンポンと叩きながらそう言ってくる。


 その顔は楽しそうで、俺をからかって遊びたいなんて言う色がいっぱいに出ていて……ふふふっ、好きだなぁ、ホント!


「いや~、そう言うのはいいや! 俺と委員長はそんなんじゃないし、委員長とはそう言うのなれそうにないし。手伝ってあげたいのはやまやまだけど、そう言うのは良いかな! うん、大丈夫!」

 だって手伝いに行って、倉庫で二人きりになって……そんなことになったら、俺自分を抑えられる気がしないし!


 今は委員長だけど、そんな静かで誰もいないところで二人になったら美鈴の事考えちゃって、美鈴も同じでそれで……そんな風になってもダメだし。

 俺と委員長がまた戻れなくなって、学校でも柚希と美鈴に……そんな風になったらダメだから。そう言う事、絶対ダメだって誓ったから。


「え~、何だよ、それぇ! もう諦めたんですか、ゆずさん? 委員長の事、もう諦めたんですか、先週はお熱だったのに~?」


「そうだぜ、もったいない! そう言う所が童貞なんだぞ~、ゆずは! 委員長だったらちょっと押しちゃえばコロッと落ちて、彼女になってくれるかもなのに! ゆずと委員長のラブラブライフが待ってるかもなのに~?」


「アハハ、そう言うの良いって、俺は。そう言うのじゃないって、委員長は……本当にそう言うんじゃないからね、委員長とは!」

 そうだ、俺は委員長とはそう言う関係じゃない、絶対そう言う関係じゃない。

 学校ではそう言う関係にはならないんだ……学校の外では多少友達達が期待してる関係にはなれてるけど。お熱でラブな関係、なれてるけど。


 お互い大好きで、甘い言葉をかけあってキスをして、ラブラブイチャイチャして……そんな関係になってるけど。

 でも、最後まで期待には応えられない、俺と美鈴じゃ最後までは答えられない。恋人になる、その最後のラインは迂闊に超えられない。


 どれだけイチャイチャして、そう言う恋人以上な関係になれても、本当の恋人にはなれないから。

 どれだけ大好きで、どれだけ互いを求めて、どれだけ唇を重ねて……どれだけ美鈴との関係を深めても、恋人にはなれないから。そう言う一戦を、俺と美鈴は超えられないんだ。


「……なんかゆずが悲しそうな顔しとるし、この話は終わるか」


「そだな。それが良いや、あんまり続けるのも良心が痛む」


「ふふっ、ありがと。ありがと、二人とも!」

 だから学校では俺と美鈴は絶対に関わっちゃいけない―そうしないと、いつもの関係まで崩壊しかねないから。

 週に一回の美鈴との時間だけは大切にしたい―それが俺の、気持ちです! 週に一回土曜日だけ、俺と美鈴は大好き同士になれるから……まあ、今週は体育祭なんですけど!!!



「……まーちゃん、あれどう思う? ゆず、どっちだと思う?」


「ほえ~、顔が良い、推しが尊い……ふえっ!? そ、そうだね、ゆず君……わかんないかも、ちょっと」



 ~~~


「……お手伝いしてほしかった。美鈴的には、あの時、お手伝いしてほしかったかも。柚希のお手伝いするカッコイイ姿、見たかったかも。学校でも美鈴の柚希、見せて欲しかったかも」

 夜、美鈴からこっそりかかってきた電話に出て少し話していると少しむくれたような声で美鈴がそう言う。


「あ、ごめんね……でも倉庫に二人きりとか耐えられないと思って。そんな展開になったら学校でも美鈴の事求めちゃって、欲しくなって耐えらなくなると思って」


「え、柚希……はっ、それは美鈴もだ! 美鈴も柚希と二人でそんなことなったら、絶対耐えられない、柚希の事いっぱい求めて、ぎゅーしてキスして……絶対そんなことしちゃう。柚希の事、いっぱい求めちゃう!」


「でしょ。だからダメ……学校ではやっぱりダメだよ、俺たちやっぱり。おとなしく月曜日、待とうね」


「うん……体育祭が無かったらなぁ。体育祭無ければ、今週は柚希と2回会えるのに……う~、体育祭のバカ!!!」




 ☆


「姉ちゃん、今日は七瀬ちゃんのお母さんが重箱作ってくれるから、お昼ご飯豪華だからね!!! 絶対体育祭来てよね!」

 体育祭当日の朝、土曜日のピーカン照りの朝。

 準備を整えた俺は、姉ちゃんに向かってそう言う。


「大丈夫だゆず、もちろんゆずの競技も見る! このためのカメラも応援グッズもばっちりだからな! ゆずの応援、お姉ちゃん頑張るぞ!!!」

 いつもだったらまだ寝てる時間なんだけど、今日に限って姉ちゃんはお酒を抜いて元気いっぱいで。

 お手製の一眼レフカメラと、俺の名前の入った手作り団扇を持ってニコニコ笑顔で俺にそれを振ってきて……も~、そう言うのやめて! 

 小学校の時は嬉しかったけど今は普通に恥ずかしい!!! いや、応援してくれるのも姉ちゃんが見てくれるのも嬉しいんだけどその感じは恥ずかしすぎる!!!


「え~、良いだろ、ゆず? 私はゆずのお姉ちゃんなんだ、弟応援して何が悪い! 高校初めての体育祭なんだ、たまには姉らしいことさせろ!!! ゆずの応援

 お姉ちゃんにさせてくれ!!!」


「う~、そう言ってくれるのは嬉しいけど……とにかく、お昼ご飯もあるし絶対来るんだよ、姉ちゃん! 俺は行ってくるけど二度寝はダメだよ!」


「大丈夫だ、弟の晴れ舞台に遅刻するほど私はクズじゃない! 頑張るんだぞ、ゆず! 頑張れ頑張れ!!!」


「うん、ありがと! それじゃあ行ってきます!」


「おう、行ってらっしゃい! 頑張れ頑張れ、ゆ~ず!」

 姉ちゃんに伊藤ライフしてもらいながら、俺は晴れ渡る空の下を学校に向かって走り出す。


 さーて、今日は体育祭!

 美鈴に会えないのは残念だけど、でも頑張るぞ! 高校初めての体育祭、頑張るぞ~、えいえいむん!!!



 ―そんな風に迎えた体育祭当日だけど。

「美鈴、迎えに来たよ。俺と一緒に来てくれ」


「ふえっ!?」



「柚希、美鈴の見て……音も声も全部……美鈴がするとこ、柚希にちゃんと。見てて欲しい」


「……ごくりっ」

 ―この後、美鈴と大変なことしちゃうなんて、この時は考えもしていなかった。



 ★★★

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