第14話


(──どこかで会ったことでもあるのかな? 僕は見たことがない、と思うけど……)

 きょとんとした雰囲気のカイルは彼女に覚えがなく、こちらをじっと見るケイティの姿を見ても内心で首を傾げてしまう。

 彼は森で助けた騎士たちの顔は見ていたが、馬車にいた幼い彼女を見ておらず、思い当たることがなかったのだ。


「あ、あの、覚えていませんか? 小さい頃に森で……」

 ずっと口をパクパクしながら言いよどんでいたケイティが意を決して立ち上がり、過去の森でのできごとを話そうとした瞬間、ハイヒールを高らかに鳴らした足音とともに誰かが豪快に扉を開けて教室に入って来た。


 まるで燃え盛る炎のような力強い覇気をまとったその女性は教壇に立つと、ざわついている生徒たちをギロリと睨みつけていく。


 そして、仁王立ちするように腕組みをすると口を開く。


「──静かにしろ!!!!」

 威圧するかのような厳しさをにじませた大きな声に驚きすくむ生徒たちは一瞬で静まり返った。


 ビリビリと空気が震えており、窓ガラスもわずかに揺れているほどだ。


 この学院の教師をやっているだけあり、彼女はかなりの力を持っている様子である。

 魔力がみなぎり、自信をたたえた力強い瞳。

 炎のような赤い髪に身長は百八十センチと高身長でメリハリのある身体を引き立てるぴったりとした衣装を身にまとい、チラリと見える牙のような歯が彼女の気性の荒さを助長しているように見える。


 本当に怒っているわけではないが、生徒たちを魔力を乗せた声とともに威圧しているため、髪の先が魔力によってふわふわと動いていた。


「そんな風に気が抜けているからお前たちはこのクラスになったんだ。わかっているのか!」

 叱咤するように彼女が声を上げるだけですくみ上るほどの迫力がある。


 厳しい言葉を受けて、生徒の中には泣き出しそうになっている者もいた。

 この教室の主導権を彼女が一瞬で掌握していた。


「……はあ、ったく本当に情けない……まあいい、一応自己紹介をしておこう。あたしの名前はフレイア、このクラスの担任だ。よろしくな」

 ため息交じりに肩をすくめてそう吐き捨てる彼女に、逆らってはいけない、という刷り込みが生徒たちになされていく。


 だがそんな中でも、唯一カイルだけはニコニコしながら彼女のことを見ている。

 フレイアが最初に怒鳴った際に魔力を言葉に乗せていたのをFクラスの中でカイルだけがわかっていたからだ。


 フレイアの威圧を知らない生徒たちはただひたすらに彼女の雰囲気に圧倒されて萎縮してしまっていたが、カイルには全く効果がなく、動じている様子はない。


(へえ、このクラスにも面白い子がいるじゃないか……あぁ、ゴーレムをぶっ飛ばしたあいつか)

 カイルの様子にすぐに気づいたフレイアは写真付きの生徒一覧に乗っている名前を見てニヤリと笑う。


「さて、それじゃあこれからの予定を説明しようか」


 そこからは今日の予定、これからの授業の予定と教科書の配布が行われる。

 お昼までは全寮制の学院生活に関するオリエンテーションが行われていき、明日からは実際に座学と実技の授業が実施されていくという。


「さて、こんなところか。あたしからの説明は以上だが質問はあるか?」

 ひと通りの説明を終えたフレイアがいまだ怯えをにじませる生徒たちの顔を一通り見回しながら確認する。


「──はい!」

 静まりかえる教室のなかにあって、挙手をするのはやはりカイルだった。

 周囲のクラスメイトはフレイアにすっかり委縮しているため、カイルが何を言い出すのか訝しんだり、辞めてくれといわんばかりの表情で状況を見守っている。


「よし、カイル」

「はい!」

 返事をして元気よく立ち上がる。


「教室に来る間に疑問に思ったのですが、なぜこのクラスだけ古くて木造で、他のクラスは綺麗な石造りの教室なんですか?」

 純粋な疑問という様子のカイルに、すっと目を細めたフレイア。

 

 Fクラスの教室は他のクラスから離れた場所にあり、木造で何もかもが使い古されている様子だ。

 床も古く、軋む場所によってはうっかり踏み抜けそうである。

 まだ温かい今の時期はいいが、冬の寒い時期になると、すきま風も入ってくるだろうことは想像に難くない。


「あぁ、それはお前たちが一番下の実力しか持っていないからだ。その戒めとして、一番下のクラスにはこんな環境が用意されている」

 

 実力主義であるため、これは当然の措置である。

 淡々とフレイアはそう説明するが、彼女自身も良いことだとは思っていない。そのため、眉を寄せた不機嫌そうな表情になっている。


「へえ、わざわざ別の造りにするだなんて、よほど時間とお金が余っていたんですね……」

 悪意もわざとらしさも一切なく素直に受け取ったカイルは納得しながらも、なぜこんな面倒なことをしたのかと思わず感じたままに呟いてしまう。


「──なんだと?」

 それが聞こえたため、ぴくりと眉を動かしたフレイアは一層不機嫌になる。


「いえいえ、確かに優秀な生徒が優遇されるのは正しいと思います」

「そう、か。ま、まあそういうことだ」

 にっこりと笑ってすんなりと受け入れるカイルに、フレイアは肩透かしをくらってしまう。


「では、続けて質問です」

 間髪入れずに続けて口を開いたカイルは、すでに次の質問に思考が移行していた。


「優秀だというのも、一番下だというのも、あくまで最初の試験の結果からみたことですよね? だったら、学院生活の中で僕たちのほうが優秀だということを示したら待遇は変わるのですか?」

 

 この年齢の子どもたちの成長は早い。いつその実力を開花させるかなんて人それぞれだ。

 だから、その成長によって力を示すことができたらどうなるのか? とカイルは質問する。


「そう、かもしれん。だが基本的にそんなことは起こらない。最初の試験でFクラスになった生徒がどれだけ成長したとしても、同じように他のクラスの生徒も成長する。だからその差が埋まることはないんだ」

 これまでカイルのように成長することを期待して応援し、絶望した生徒たちを数えきれないくらい見てきたフレイアは痛む胸をごまかすように悔しそうな表情でそう答えた。


「……えっと、それは今までのことですよね?」

「あ、あぁ。そのとおりだ」


 何が言いたいんだと言わんばかりのフレイアのこの回答に、カイルはニコリと笑う。

 子供らしい笑顔。しかし、フレイアはどこかうすら寒さすら感じていた。


「だったら、僕たちがその差を埋める初めてのFクラスですね!」

 キラキラと期待に目を輝かせ、自信満々に言う彼に対して、これまで訝しんだり、何を言っているんだと思っていた生徒たちは唖然として彼を見つめている。


 あまりにも純粋に上を目指していると語るカイルの姿にフレイアも言葉を失っている。が、すぐに笑みがこみあげて肩を揺らしながら大声で笑う。


「ふ、ふふっ、はははっ──面白いじゃないか、よく言ったね。機会が巡ってきたら、あたしが上に掛け合ってやるよ。だから、そんな場面を是非見せておくれ!」

「はい!」

 試験の結果と実力が伴っていなさそうな彼の力だけ気になっていたフレイアだったが、こんなことをあっさりと自信たっぷりに言ってのける子どもがこれからどう化けていくのか──それすらも楽しみに思っていた。


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【あとがき】

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https://kakuyomu.jp/users/katanakaji/news/16817330658696691191


※注意

こちらの内容は小説限定部分も含まれております。

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