第12話


 足取り重く進んだカイルがたどり着いた第3試験会場では日焼けした筋肉質ながっしりとした体育会系の試験官が一人待ち構えていた。

 その後ろには文様の刻まれた巨大なゴーレムがおり、胸のあたりにカウンターがあるのが見て取れた。


「ゴーレム……」

 最初の試験でカイルが壊してしまったのは柔らかいもふもふのライオンをかたどったぬいぐるみだった。

 今目の前にいるのは硬い素材かつ魔法学院の粋を集めた魔法耐久性を持つ文様を刻まれているようだと見て取れる。


「よく来たな。この試験では魔法の威力を測定する」

「はい……」

 とりあえず返事をするカイルだが、試験官は顔をしかめる。


「なんだそのやる気のない顔は? 入学したばっかでそんな顔してたらもったいないぞ! もっと気合を入れんかぁ!!!」

 カイルの返事に気迫がないと感じた試験官は腹の底から笑いながらカイルの背中をバシッと叩く。


「!?」

 しかし、豪快にたたいた割にはピクリともしないカイルに試験官は驚いていた。


(華奢なナリをしているくせに、俺の張り手にびくともしないだと? こんな新入生見たことねえ……)


「あの、ゴーレムに魔法を使って攻撃すればいいんですか?」

 試験官の激励よりもこれまで失敗続きだった試験のほうを気にかけていたカイルは、少し振り返ってルールを確認する。


 魔力測定ではぬいぐるみに触れ、コントロール測定では空飛ぶ的に魔法を命中させた。

 となれば、今度はゴーレムを攻撃することで魔法の威力を測るのだろうと考える。


「あ、あぁ、そのとおりだ。魔法は一発のみで、その威力を測定するんだ」

 淡々と質問してくるカイルに戸惑いながらも、試験官は今回のルールを説明した。


「わかりました」

 カイルは返事をすると、ゴーレムの前に立ってその巨大な体躯を見上げる。


(風の魔法で威力か……)

 いくつかの魔法が頭の中に浮かび上がったところで、一つの疑問がよぎった。


「……えっと、ちなみにこれって全力でやっていいんですか?」

「ん? あぁ、もちろんだ。この建物は強力な結界と魔法文様で覆われていてちょっとやそっとじゃ壊れることはない。それはゴーレムも同じで俺の魔法にも耐えられるほど頑丈にできてんだ! お前みたいな子どもの魔力じゃ全力を出しても壊れりゃしねぇよ!」

 これまで全力を出す前に全ての試験で最低評価をたたき出してしまったため、念のためにと遠慮がちに問いかけたカイルを笑い飛ばすように試験官はどんと胸をたたく。


 いかにも武闘派の見た目をした試験官は攻撃に魔力を乗せるタイプの脳筋魔法使いで、この学院にいられるくらいの相当な実力の持ち主である。

 その彼の魔法に耐えるゴーレムであれば、そうそう壊れることはないという自信があった。


「それを聞いて安心しました。──ではやってみますね。まずは魔力を練って……(今度こそいい結果がでるように全力で)」

 元気に笑い飛ばされたことでカイルはほっとしたように一息つくと、改めて気合を入れ直して魔力を一気に練り上げる。


 カイルの身長は同年齢の平均ではあるものの、やや細身で、優しい顔立ちから頼りなく見られることもある。

 だが魔力を練る彼の身体のうちに強力な魔力が渦巻いているのを感じて、これまでたくさんの生徒を見てきた試験官はカイルの実力は見た目とは違うとごくりとつばを飲み込んだ。


(こいつは、やばいな……なんだよ、この魔法の練りは……!)

 カイルの背中を見ていた試験官は見た目とは裏腹な印象を受けてそれまで油断していた気をすぐに引き締めた。


 もうカイルの目には目の前のゴーレムに全力を向けることしか考えられていない。

 散々な試験結果では、これまで稽古をつけてくれたミルナや魔法学院行きを快く認めてくれた両親に合わす顔がないと思っていた。


「……風牙(ふうが)」

 うねるような魔力の渦は力をため込み、解き放たれる時を待っていた。

 これでもかと込めた魔力がある一定値まで達したと感じた瞬間、魔力のうねりはぴたりと止み、ボソリと呟いた魔法名の声の大きさとは正反対の、巨大な風の牙が生み出される。


「……な、なんだこの魔法は!」

 これまでの新入生では見たことのない魔法を作り出したカイルを目の当たりにして試験官が驚きのあまりに声を漏らす。


 この学院で試験官をする者は、全て教員か事務職員である。

 そして、魔法の威力を試すこの試験では必ず教員が担当することになっており、教員は何かしらの魔法のエキスパートであることが勤務条件になっている。


 もちろんこの試験官も例に漏れない。

 これまでいろんなタイプの魔法使いと手合わせや死闘を繰り広げてきたことがある彼ですら、カイルの作り出す魔法は新入生が繰り出すそれとは思えないほどの威力と魔力が込められているのが一目でわかった。


 驚き戸惑き、呆然を口を開ける試験官をよそに、風が巨大な狼の口を形どり、ゴーレムへと噛らいつこうと大口を開けて迫る。


「かみ、砕け!」

 カイルの命令に応えようと鋭く大きな風の牙がゴーレムの硬い体に突き刺さると一瞬でバラバラに、カイルの言葉のとおり見事なまでにかみ砕いて見せた。

 相応の硬度を持つゴーレムの体がバラバラにされて地面に崩れたその瞬間、遠くまで響くほどの重たい音が響いた。


「…………あ、あれ? 壊れちゃった」

 まさかこの魔法で壊れると思っていなかったため、カイルは困ったような表情で試験官を見る。


 全力を出してもいいと言われていたからこそできる限りの強力な風魔法を繰り出したものの、ゴーレムの体ごとカウンターも真っ二つにされていた。

 これまでの試験結果と同様であればこれでは計測不可能なのではないかと予想外の結果を前にカイルは内心少し焦っていた。


「あ、あの、試験官さん。これって……」

「…………」

 しかし、彼はカイルの問いかけに反応することなく固まって腰を抜かして座り込んでいた。


「あ、あの! これって、どうなるんですか!」

 そこで、カイルは声を大きくして試験管に質問する。


「あっ、えっ、あ、あぁ、そう、だな……」

 やっと我に返り、試験中であることを思い出した彼は、立ち上がって腕を組むとしばし考え込む。


「本来ならゴーレムが魔法を受けて、胸のところに結果が数字として表示されるんだが、これは無理だ、測定不能だな……」

 これまでどんな攻撃も受け止めてきたはずのゴーレムは修復が困難なほど砕け散っており、カウンター部分も真っ二つになっているため、結果を示すことはなかった。


 こうして、カイルは一つ目、二つ目の試験では『Fランク』、最期の試験では『測定不能』という結果になってしまった。


「ま、ゴーレムに関しては壊したことはなんの問題もないし試験に影響はねぇよ。それよりこのあとクラス発表が行われるから、この先にある講堂で待機しているように」

 信じられないことが起こったが、とにもかくにもこの場を片付けて、次の生徒が試験を受けられるようにしないとならない。


 だから、試験官はカイルを追い出すようにして、とにかく仕事に集中することにした。


「──わかりました! 試験官、ありがとうございました!!」

 指示を聞いたカイルは、あの魔法を使ったのと同一人物とは思えない優しい笑顔で一礼すると部屋を出ていく。


 その表情と崩れ落ちたゴーレムを見比べた試験官は先ほどのことが夢だったのかと思わされていた。


 しかし、背を向けて部屋を出たカイルは試験でちゃんとした結果が出せなかったことに困ったような表情をして首をかしげながらどうすればよかったのか一人反省会をしていた。




「……試験は不可能だからそう伝えてくれ、頼む」

「おーおー、ずいぶん派手な音させてるから来てみれば……これは派手に壊したねえ」

 連絡用の電話をしていた体育会系の試験官がため息交じりに受話器を置いたとき、ヒールを鳴らしながら試験場に現れたのは赤い髪の女性教師だった。


 派手な炎を思わせる髪と鋭い釣り目の力強いまなざし。誰もが姉さんといいたくなるほどの貫禄と女性らしい豊満なメリハリのある体。

 ニヤリと笑うと尖った八重歯が特徴的な女性が腕組みをして立っている。


「あ? フレイアか。一体なんの用で来たんだ?」

 もちろん互いに面識はあるため、試験官はフレイアに声をかける。


「面白そうなやつが現れたんじゃないかってちょっと試験をのぞいてみようと思ってきただけさ。そうしたら、こんなことになっているだろ? 一体どんなやつなんだい?」

 いつもは暑苦しいほど元気な男性試験官の力ない返事に興味を持ったフレイアは壊れたゴーレムを指さしながら質問する。


「あー、そうだな……一見したら普通の子どもだよ、細身だったし雰囲気があるわけでもねえ。もしかしたら見た目から弱弱しい印象を持つやつもいるかもしれないな。だが、その実、内に秘めているのは化け物って感じだ。魔法学院が誇るゴーレムをこんだけ見事にぶっ壊してくれたから数値はもうわからねえが、こんなことができる十二歳を俺は知らない」

 崩れたカウンターを手に取って、これだけの実力を持つ生徒の底が知れないことを喜ぶべきか、恐れるべきかわからないといった様子の男性は呆れたように肩をすくめる。 


「ふーん……ってことはうちのクラスに来るかもしれないねえ──楽しみじゃないか」

 それを聞いてにやりと笑うフレイアは、まだ見ぬその生徒に興味津々といった表情を浮かべていた──。



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【あとがき】

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※注意

こちらの内容は小説限定部分も含まれております。

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