第13話 純白の少年

「これは……驚きました。髪色がグレーに見えていたのは、煤の汚れだったのですね」


 サフランが、少年の頬をそっと撫でながら呟く。少年が大事そうに抱えていた子猫も、汚れが取れると真っ白な毛並みをしていた。


「これでは、魔力欠乏症になるわけだ。全くの白色では、魔力が無いに等しいだろう」


 マシューも自分の頭をガシガシとかきながら、少年を見つめている。


「リラ、魔力付与は出来そうですか?人間相手にはやったことがないでしょうけれど、先ほどのヒールと同じようにすれば出来るかもしれません。──くれぐれも、自分の魔力が底をつかないように、気をつけるのですよ」

 

「はい!……やってみます」


 人間相手への魔力付与は、過去のループを合わせても生まれて初めてだ。リラは緊張した面持ちで深呼吸をする。


「では、いきますね……」


 リラは僅かに上下する少年の胸にそっと手を乗せると、目を瞑って意識を集中させる。

 

 ──魔石に魔力を注ぎ込むように、静かに……一定に……なめらかに…………。


 しばらくすると、死んだような顔をしていた少年の頬に、赤みが戻ってきた。呼吸も明らかに楽になった様子で、大きく腹式呼吸をしているのが分かる。


「上手くいった……みたいですね」


 リラは額に汗を浮かべながらそう言うと、倒れ込むように近くの椅子に座った。

 サフランが心配そうに近づいてきて、汗で額に張り付いた前髪を指で整えてくれる。


「とても上手でしたよ。体調は大丈夫ですか?」

 

「……少し、疲れましたけれど、大丈夫です」


 その瞬間マシューが小さく驚きの声をあげ、少年を指差した。二人がそちらに目を向けると、少年が目を開き始めていた。


「これは……!」


 少年の瞳は、虹色に輝いていた。

 まるで、神の瞳と同じように。


 その時、リラの頭に過去の記憶が蘇ってきた。


 何度目のループだったか……。サクラが、白髪の青年と恋人同士になっていた時があったのだ。

 その青年はこの子と同じように、虹色の目をしていた。

 

 ──もしかして、神の言う「攻略対象者」……!?


「神の器……」


 サフランが驚きで固まったまま、小さく呟く。

 

 ……そうだった。その青年は数百年に一度ほどしか現れない神の生まれ変わりとされており、「神の器」と呼ばれていた。

 

 神の器は信仰心に関わらず、生まれながらにして莫大な神聖力を宿している。

 神の代弁者としてお告げを聞くことも出来るので、教会は神の器を見つけ出すと、問答無用で教皇として祀り上げるのだ。


「ここは……」


 少年がゆっくりと起き上がり、あたりを見渡して呟いた。まだぼんやりとしているようで、無意識にお腹の上の子猫を撫でている。


「ここは、アメジスト領の私の邸宅です。あなたが王都で馬車に轢かれそうになり倒れていたので、治療のために運んできました。無断で連れてきてしまって、ごめんなさい」


 サフランがゆっくりと状況を説明すると、少年は子猫を抱きしめて体を縮める。


「あの……お金、持ってないけど……」

 

「治療の費用ですか?こちらが勝手にしたことですし、問題ないですよ」


 少年は信じられないといったように目をまんまるくし、警戒するように周囲を睨みつける。


「ここには、あなたを傷つける者はいません。体が良くなるまで、ここにいてはいかがですか?」

 

「……何が目的なの」

 

「そうですね……。強いて言えば、あなたが元気になることが目的ですかね」


 少年は混乱して布団を頭までかぶろうとするが、その時ようやく膝の上の子猫に気が付いたようだ。

 体を持ち上げて上下左右から確かめるように眺めた後、再び子猫を抱きしめて言った。


「あの……猫、きれいにしてくれて、ありがとう。その、怪我も……」

 

「お礼でしたら、娘にどうぞ」


 サフランに促され、リラはおずおずと前に出てお辞儀〈カーティシー〉をする。


「ライラック=アメジストと申します。リラとお呼びくださいませ。──良くなってよかったです」

 

「……ぼくは、セオドア」

 

「じゃあ、愛称はテディですね!よろしくお願いします、テディ!」


 テディは差し出された手を見つめしばらく考え込んだ後、おそるおそる握り返した。



・・・・・・・・・・・・・・・



 日に三度の神聖力付与と魔力付与を繰り返し、テディは少しずつ元気を取り戻した。

 最初こそ警戒して無口だった彼も、しだいに心を開いてきたようで、ポツリポツリと身の上を語り始めた。


 母親はテディと同じ髪色で元々体が弱く、出産を機にさらに体を壊して、テディが小さい頃に亡くなってしまったこと。

 父親は母親の死がテディのせいだと思い込み、酒に溺れて夜な夜なテディを殴りつけたこと。

 

 そして父親の酒代のため、いつも通り煤払いで小銭を稼ぎ帰ってくると、父親がアルコール中毒で亡くなっていたこと……。


 リラはテディの受けた苦しみに涙を流したが、「こんなの路地裏では、ありふれた話だよ」と、何でもないことのようにテディは呟く。


「ありふれた話だとしても、あなたが受けた悲しみは、あなただけのものです。無かったことになどなりません……」

 

「……変な人だな、あんた」

 

「変な人でもいいのです。──テディの人生に、これからたくさんの幸せがありますように、祈らせてください……」


 テディの手を握り神に祈りを捧げると、首元のダイヤが大きく輝いた。テディは今までにない感情を感じながら、黙って握られた手を見つめていた。



・・・・・・・・・・・・・・・



「テディの母親は同じ髪色だったそうですが、テディに普段は隠しなさいと言っていたようです」


 家族三人で夕食を囲みながら、リラが話し出した。テディはまだ部屋から出られるほど体力が回復していないので、別室のベッドの上で食事をしている。


「それに路地裏の子供たちから、髪色も目の色も気味悪がられていたようで、なおさら……」

 

「うむ……母さんとも話していたんだが、テディはパール家の末裔かもしれんな」

 

「パール家、ですか……?」


 母サフランは、父マシューの口元のソースをナプキンで拭いながら頷く。


「パール家は代々純白の髪で、高い神聖力を持っていました。それ故に神職に着くことが多かったようですが、みな魔力が少なく身体が弱かったそうで……」

 

「発言力が無く、教会に良いように利用されていたそうだ。使い捨ての駒のように」

 

「そんな、ひどい……」

 

「わずかに逃げ延びた人もいたそうですが、血筋は途絶えたとされていました……。教会がテディを見つければ、逃しはしないでしょうね」


 サフランは、食事の手を止めて続ける。


「家の後ろ盾も無く、まだ幼いあの子が教会に引き取られたらどうなるか……」

 

「先祖のように、神聖力を搾り取られるだろうな。お飾りの教皇として……。母親がテディを隠そうとしたのも、それを恐れてだろう」

 

「教会に引き取られれば衣食住は確約されるでしょうが、自由はなくなるでしょうね。……それを踏まえて、今後のことです」

 

「こればかりは、本人の希望あってのことだが……」


 テディの将来の話し合いのため、三人の夜は更けていった。



・・・・・・・・・・・・・・・



 テディがアメジスト家に来てから、1ヶ月ほど経った。


 テディは体力気力共に回復し、短時間なら庭に出られるほどになった。

 神聖力の付与は必要なくなったが、生命維持のための魔力付与は続けられている。


 その日2回目の魔力付与を終えて、リラはテディの部屋で一息ついていた。テディはベッドの上で、白猫と共にスヤスヤと眠っている。


「人への魔力付与にも慣れましたが、さすがに魔力を持っていかれますね……」


 自分が倒れないギリギリの魔力量を付与しているため、身体的負担は大きい。テディを起こさない程度に、ふう……と大きく息を吐いた。


 その時、コンコンと扉をノックする音がする。リラが「どうぞ」と声をかけると、勢いよく開いたドアから、胸元めがけて赤い塊が飛び込んできた。


「おつかれさま、リラ!」

 

「ノア!?どうしてここに……!?」


 リラのお母さまに入れてもらったの、とノアはニコニコしながら話す。その間、リラを抱きしめる腕は緩めない。


「あのね、リラ……魔力切れで、とっても疲れているでしょう?だからぼくが、回復させてあげる」

 

「ええ?どうやって……」


 ──魔力付与は限られた人間にしか出来ないですし、ノアは過去のループでも使えなかったはずですが……。


 ノアは考え込むリラの顔を見てイタズラっぽく笑い──ほっぺたにキスをした。

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