第12話 出会い

「私の馬車の前を横切るなんて!死刑よ、死刑!」


 貴族の少女はそう叫ぶと、ピカピカの靴で倒れている少年を蹴り上げようとする。


「おやめ下さい!」


 リラが衝動的に馬車から飛び降り、少年と少女の間に割って入った。


「何よ!この汚い子供が、私クリスティーナ=エメラルドの乗る馬車の前に急に飛び出してきたのよ!エメラルド家の馬車を立ち往生させるなんて、死刑よ!し・け・い」


 クリスティーナと名乗った少女は仁王立ちしたまま、ずいっと顔をリラの前に寄せる。


「それでも!怪我をしてるではありませんか……」

 

「あなた見たところ……商人の娘かしら?その子を庇うなら同罪よ。エメラルド家の馬車を止めた罪として……」

 

「ならば、王家の馬車を立ち往生させた罪は何なのだ?」


 馬車からヨハンの制止を振り切り、認識阻害帽子を脱いだアレクが降りてくる。続いてノアがこちらに走ってきて、リラを庇う形で立ち塞がった。


「あ……アレキサンダーさま……!?」


 クリスティーナは顔色を真っ青に変え、よろめきながら後退りをする。


「クリスティーナよ。婚約者候補として、数度会ったことがあるな。お前の父も王城に勤めているはずだが……」

 

「お、お許しください、アレキサンダーさま!知らなかったのです、その……後ろの馬車が、王家のものだと……」


 クリスティーナは、ガタガタと震えながら地面に跪いた。

 

 アレクが黙って視線をリラの方に向けると、ノアと共に少年を介抱していた。

 少年は先程まで辛うじて姿勢を保っていたが、意識を失ってしまったらしい。何かを庇うように抱えている。


「どこか打ったのでしょうか……。この子の親を探さないと……」

 

「……孤児だろうね。路地裏に住んで、煤払いで日銭をかせいでいたんだろう」


 ノアが考え込むような目で少年を見つめる。5、6歳くらいだろうか……グレーの髪や白い肌は煤で黒く汚れ、服もボロボロに破れている。


「この間まで、母さまと市井に暮らしていたから分かるんだ。この辺りには、孤児が多くいるんだよ……」


 ノアと母親は城に来るまでの間、王の命令でルビー家と連絡を取ることも出来ずに、城下で庶民として暮らしていたらしい。


「『洗浄〈クリーン〉』の魔法が使えない、掃除の魔法具を買うお金がない人たちが、さらにお金のない孤児たちを雇って家の掃除をさせるんだよ」


 見渡すと、近くの路地裏から数人の子供達が様子を伺っていた。みな同様に煤で黒く汚れ、ズボンから見える足は痩せ細っている。


「君、この子の親を知っている……?」

 

「そいつの父ちゃんなら、こないだ死んじゃったよ。二人でその辺に住んでたんだけど、親が死んで家を追い出されたんだ」


 ノアと同い年くらいの少年が、そう答える。


「そいつ弱っちいから、すぐ倒れるんだ。魔法も全然使えないし。稼げないから自分で食べる物もないのに、猫に食い物やっちゃって……」


 見ると、倒れている少年は子猫を抱えているようだった。猫自体も汚れていて、一見するとぼろ布か何かのように見える。

 轢かれそうになった猫を守るために、馬車の前に飛び出したのだろうか。


 アレクは子供達をじっと見つめ、何か思い立ったように馬車に乗り込んだ。戻ってきたアレクは、先ほどの店で買ったアップルパイの包みを抱えていた。

 

「みなで食べるがよい」


 差し出したパイを受け取ると、子供達は歓声を上げながら走り去っていった。


 後ろの方で馬車が近づいてくる音がし、バタバタと誰かが駆け寄ってくる。


「リラ!これは一体……!?」


 慌ててやってきたのは、リラの母サフランだった。

 

 すっかり忘れてはいたが、リラの両親は一向の後を着いて回って来ていたのだった。

 

 劇場やエミリの店で離れた席に座っている両親を、リラは見て見ぬ振りをしていた。久々の二人きりのデートを、大いに楽しんでいるようだったからだ。

 

 おおかた、いちゃついてパイを食べさせ合っている間にリラ達を見失い、今追いついた所なのだろう。


 状況を説明すると、サフランは少年の頬に触れながら呟く。


「……神聖力で治療した方が良さそうですね。本当は、教会に運び込みたい所ですが……」


 この世界では、神聖力で体の傷や病気を治すのが一般的だ。


 高い神聖力を持つ神官達はヒールを使うことができ、医者の代わりとなっている。

 そのため怪我や病気をした時は、まず教会に担ぎ込まれるのだ。


「ここからならば、王城の方が早い。専属の神官もいるし、そちらに運ぼう」


 アレクがそう言い、一同は城に向かうこととなった。


 アレク達が乗っていた馬車は小型で少年を寝かせられないため、少年とリラ・両親達はアメジスト家の馬車に乗り込んだ。


 馬車が動き始めても、少年は苦しげにうめくばかりで目を覚さない。猫も少年の腕の中でじっとしているが、僅かに呼吸はしているようだ。


 ──過去では神聖力の適性が少なかったので、やったことはなかったですが……。


 リラは少年の胸に両手をつけ、ゆっくりと深呼吸をする。


 ──魔石に魔力付与をする時のように、力を流し込むイメージで……。


 リラが目をつぶって神聖力を込めると、身につけていたダイヤが光を放ち始めた。

 両親は驚きながらも、邪魔をしないよう無言でリラを見つめる。


 城に着く頃には、少年の呼吸は幾分か落ち着いていた。変わらず血の気のひいた顔色をしているが、目立った傷跡は消えている。

 

 馬車を降りると、先に着いていたアレクの指示で、王家専属の神官が駆けつけていた。

 少年はマシューの腕に抱かれ、城の礼拝堂へと運び込まれた。



・・・・・・・・・・・・・・・



「……これは、神聖力では治せませんね」


 一通り検査をし、ヒールをし終わった神父は言った。


「何故ですか!?」

 

「……この子は、先天的に魔力が無いようなのです。魔力欠乏症です」


 この世界の人間は、みな多かれ少なかれ魔力を持って生まれてくる。その魔力の濃さが髪色となって現れるが、ごく稀にほとんど魔力を持たない人間が生まれてくることもある。


 魔力は生命エネルギーのようなもので、誰しも自分の持つ魔力を使い切ると、最悪死に至ってしまう。数日寝込むくらいなら良い方だ。

 

 魔力をほとんど持たない人間は生まれつき体が弱く、小さい頃に亡くなってしまうことも多い。


「そんな……では、この子が助かる方法はないのですか……?」

 

「魔力付与を日に数度、何日間か行えば、何とか……。体も衰弱しているので、同時に神聖力でヒールをすることも必要です。とにかく、教会の人間では手に負えません……」


 教会に入るのは、魔力が少ない人間がほとんどだ。魔法も十分に使えないのに、人に与える魔力など持ち合わせている筈もない。

 

 そもそも魔力付与などという芸当が出来る人間は、王国内でも限られている。


「それじゃあ、どうしたら……」

 

「……お母さま、お父さま」


 リラが両親の目を、透き通った瞳で真っ直ぐに見つめる。


「この子を、家に連れて帰らせてください。私が、治します」

 

「……リラ」


 父親がリラの頬を両手で挟み、諭すように言う。


「リラ、魔力欠乏症で亡くなる人はたくさんいる。治すとなれば、リラの命も危ないんだ。──それに、可哀想だが、本当に苦しいが……孤児全員を助けることは、今の俺たちには出来ないんだ。この子だけ助けても、世界は何も変わらないんだよ」


 リラは涙を浮かべながら、しかし、強い意志のこもった目で父親を見つめ返した。


「お父さまの仰ることはもっともです。でも、全員を助けられないとしても……ここにいる一人を、見捨てる理由にはなりません。──お父さま、私……その力があるのに、目の前で苦しむ人を見殺しにする人間には、なりたくないのです」


 リラは目からポロポロと涙をこぼしながら、マシューの腕をぎゅっと力強く握った。


「私は、いつか王妃となる身です。今は無理かもしれないですが……いずれ、全ての国民を救ってみせます」


 父はリラの涙を指で拭い、母親の方を振り返って視線を送る。サフランはため息をついて、こう訊ねた。


「……勝算は、あるのですね?」


 先見の明で見た未来のことを言っているのだろう。

 過去の記憶でこの少年を助けたことなど一度もないし、遭遇したこともない。

 

 それでも、リラは大きく頷いた。


「……わかりました。ただし、リラの身に危険があると判断した場合には、すぐにやめさせます。──それに、あなたも何とかして助けるつもりだったのでしょう?」


 父はガハハと大きな口を開けて笑った後、太い両腕で一気に少年を抱き上げた。

 

「ああ、リラの覚悟が聞きたかったのだ。子供が生き物を拾ったら、最後まで責任を持って面倒を見させるのが、親の役目だからな」


 生き物という範囲を超えていますよ……と、サフランはクスリと笑って肩をすくめた。


「殿下、神官様……この子をアメジスト領に連れ帰っても、問題はありませんか?」

 

「……もともと孤児だ。しかも洗礼前で住民登録もされていない。問題ないだろう」

 

「容態も安定していますから、アメジスト領までの移動くらいでしたら、体調も差し支えありません」


 アレクと神父がそれぞれ答えると、ノアがトコトコとサフランに近寄ってきた。

 

 ノアが何かを耳打ちすると、サフランは「まあ」と小さな驚きを見せた後、「では、よろしくお願いしますね」と彼の頭を撫でながら微笑んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・



 アメジスト家一向が部屋を去ると、それまで考え込むように俯いていたアレクが顔を上げた。


「ヨハン……王都の城下町の調査を。路地裏まで徹底的に調べ上げるようにしてくれ」

 

「かしこまりました」

 

「……それと、孤児院の建設費用なども、調べるように」


 アレクは唇を固く結び、しばらく窓から城下町を見下ろしていた。



・・・・・・・・・・・・・・・



 リラ達は領地の邸宅に着くと、客間に少年を運び込んだ。マシューの腕の中で、少年は猫と静かに眠っている。


「このままだと、衛生状態が心配ですね。お風呂に入れてあげたい所ですが、意識が戻らないことには……。かといって洗浄魔法も、こう範囲が広いと私だけでは難しいですし……」


 サフランは顎に手を当てて考え込んだ後、ハッと顔を上げる。


「リラ、『洗浄〈クリーン〉』は使えますか?」

 

「えっ、ええと……教えていただけますか?」


 本当は過去の記憶で使ったことがあったが、洗礼前の子供が初級魔法以外をマスターしているのも怪しいので、ここは知らないふりをする。


「そういえば、ヒールは何故出来たのですか?教会で教わったという話も、聞いた事がありませんでしたが……」

 

「ええと……以前、魔石に魔力付与を試したことがあって、その応用で出来るかな、と……」


 サフランはふうとため息をつき「こうも天才だと、将来が有望過ぎて怖いですね……」と、親馬鹿を炸裂させる。


 ──ごめんなさい、お母さま……!天才ではなく、人生8回目なだけなのです……。

 と、リラは心の中で縮こまった。


 洗浄魔法のやり方を一通り教わり、リラは水色の魔石を片手に握りしめた。

 サフランとリラはベッドに寝かせた少年の上に手をかざし、目を合わせて頷く。


「『洗浄〈クリーン〉』」


 少年の体が僅かに発光し、温かい水と風が全身を包み込んで、汚れを落としていく。光がおさまると、全員が顔を見合わせた。


 少年の髪は、全く色のない白髪だったのだ。

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