第14話 突然の訪問者

「な、な、な……な!?」


 驚きのあまりキスされた頬をおさえながら真っ赤な顔で後退ると、ノアがすかさず手を取って引き寄せてきた。


「突然キスしてごめんなさい……。母さまがね、血の契約の主人に対しては、魔力を与えることが出来るんだよって言っていたんです」


 ノアはリラをぎゅっと抱きしめる。


「それで、魔力補給の方法は濁されちゃったんだけど……触れている面積を大きくしたり、密着したりすると良いって言ってました!」


 ノアの屈託のない笑顔が輝き、腕から逃れることが出来ない。

 

 ──でもこれ、全て計算じゃあないかしら……!?


「あの、ノア、もう大丈夫です……」

 

「いいや!まだ顔色が悪いよ!」


 ノアはリラの指の間に自分の指を滑り込ませ、きゅっと握りしめた。そしてもう一度顔を寄せ、頬についばむようなキスをする。

 

 その時、首元のダイヤが僅かに光り、リラの頭に何かがコツンコツンと当たった。転がった先を見ると、ピンクと赤色のハートの砂糖菓子だった。


 ──まさか、これ……いいね!?ダイヤさま、楽しんでいらっしゃいますねー!?


 リラは口に出して神を非難したい所を、グッと顔に力を入れて堪える。

 

 過去のループではアレクの婚約者で、二人に恋愛感情はなかったため、このような経験をしたことは全く無い。

 強引なノアの行動に、心臓が破裂しそうなほど動揺していた。


「ノア、もう……!それに、私、アレクさまの婚約者で……」

 

「……リラを兄さまに渡す気は、さらさらないよ?リラはぼくが守るんだから」


 再び迫るノアの顔を、リラは小さな両手で止める。顔はノアの髪色のように真っ赤で、飴玉のような瞳には恥ずかしさで薄く涙がたまっている。


「……ノアさま。これ以上は、婚約者がいる身で受けられません」

 

「……そっか。調子にのりすぎちゃったかな、ごめんなさい」


 しょんぼりと肩を落としたノアに罪悪感を覚えたが、その隙にすかさず手の甲に口づけられた。


「ノア!!いい加減怒りますよ!」

 

「ごめんごめん、照れるリラがあまりに可愛くて……。でも、ぼくはあきらめないからね」


 ノアは全くめげていない様子で、ニッコリと微笑んだ。

 

 その時後ろから、ごほんと咳払いが聞こえた。


「……起きちゃったんだけど。ぼくは何を見せられているの」

 

「テ、テ、テディ!これはですね……」


 テディにじっとりとした目で見つめられ両手を振りながら弁解していると、再び部屋のドアをノックする音がする。

 

 リラはこれ幸いと「どうぞ!!」と、すばやく声をかけた。


「……あらリラ、顔色がずいぶん良いですね!ノワールに魔力を補給してもらいました?」


 部屋に入ってきたのは、リラの両親だった。

 確かに魔力が回復しているのを感じるが、満足そうに笑うノアを横目でにらみつける。


 サフランは二人をニコニコと見つめてから、テディのベッドの脇に座った。


「……それはそうと、テディ。体調はいかがですか?」

 

「かなり良くなった。前より動けるようになったし」


 テディは軽く腕を回してから、小さくリラの方に頭を下げる。


「……ありがとう」

 

「どういたしまして。お礼が言えてえらいですね!」


 リラが満面の笑みでそう言うと、テディは拗ねたようなそぶりでそっぽを向く。

 その様子を見て両親は顔を見合わせて頷き、こう切り出した。


「元気になった事だし、テディ──いや、セオドア。君の今後についての話をしたい。……道は3つある」


 父マシューが指を三本立てた。


「一つ目は、また城下町に戻ること。でも君は魔力が無いから、すぐに魔力が枯渇して、前のように倒れてしまうだろう」


 テディは何も言わずに俯いている。


「二つ目は、教会に入ること。君が膨大な神聖力を持っていることは、前話したよな。衣食住は保証されるし、教会は君を生かすためなら魔力付与師などを雇うだろうから、魔力の問題も解決するが……」

 

「教会は!教会はいやだ……」


 テディは震えながら布団を握りしめる。


「教会に行ったらどんな扱いをされるか、母さんに聞かされた。それに路地裏の仲間が倒れて助けを求めに行った時、お金が払えないからって……あいつら、仲間を見殺しにして……」


 テディは悔しそうに肩を震わせた後、ガバッと顔を上げた。


「あの!ここで……働かせて、くれませんか。お手伝いでも掃除でも、何でもする──します、から」


 マシューはニコリと笑ってベッドの側に跪き、テディの頭に手を乗せた。


「三つ目がまだだったな。……三つ目は、アメジスト家の子にならないかってことなんだ」


 テディはあまりの驚きに、これ以上ないほど目を見開いた。


「うちにはリラ一人しか子供がおらんし、テディの髪色も、不思議なことに少し紫がかってきただろ?……まあちょっと無理を言えば、アメジスト家の子だと言えるかもしれん」


 魔力付与を行なっているうちに、テディの髪色は純白から僅かに紫を帯びてきた。リラの魔力が宿されているからなのだろう。

 ……このまま付与を続けたら、もっと紫色になるのだろうか?


「魔力が無く体がとても弱かったから、今まで屋敷から出さずに静養させていた、とでも言えば大丈夫だろう。幸い洗礼前だから、住民登録もしておらんのだし」


 この世界では生まれた時に届出はせず、10歳の洗礼の時に教会で住民登録を行う。

 子供の頃に亡くなる人も少なくなく、洗礼は各地の教会で必ずするものだから、同時に行う方が効率が良いのだ。


「アメジスト家の後ろ盾があれば、もし大人になって教会に入りたいと思った時も、少しは安心ですよ。教会も、悪いようには出来ないはずです」


 サフランはテディの肩に手を置き、目線を合わせるようにかがみ込む。


「今は教会が嫌いでも、将来、もし誰かの為に力を奮いたいと思ったら……。あなたの力は唯一無二のものですし、望むならきっと──教会を変えて、たくさんの人を救うことが出来るはずです」

 

「もちろんやりたい事が違ければ、教会に入らないで、お爺さんになるまでずっとここで過ごしても良いんだぞ!その場合は、筋骨隆々になるまで鍛えさせてもらうがな!」


 リラは、ムキムキのお爺さんになったテディを想像し、思わず吹き出してしまう。

 テディも、鼻息荒くポージングを始めたマシューを見て笑い出した。


「テディが望んでくれるならば、これからあなたは私達の家族です。教会に入っても、入らなくても、ずっと」

 

「あの……ぼく、そんな……いいの?」


 三人は、大きく頷いた。

 

 テディは目から大粒の涙をこぼし、呼吸を荒くしながら声を絞り出す。


「お願い……します……。家族にっ……!」


 リラ達はテディを、力いっぱい抱きしめたのであった。



・・・・・・・・・・・・・・・



「……ということで、テディが私たちの家族となりました!」


 リラが領地内の教会で、神に祈りを捧げながら報告する。


「全部見てたわ〜!グッジョブよ、リラちゃん!」


 神とテディベアがパチパチと拍手をする映像が、脳に流れ込んでくる。神はパジャマ姿で頭にヘアバンドをつけ、赤ぶちの眼鏡をかけている。


「テディとの出会いは、ミラクルだったわね〜!『攻略対象者よー!』って気持ちを込めて『いいね!』したかったけれど、この子がネタバレだ〜!ってうるさいから……」


 神の横にいるテディベアが、ぽかぽかと神を叩いて非難している。ふわふわの毛がもふもふと当たっているだけで、全く痛く無さそうだ。名前はパンジーというらしい。


「それにしても、王都の教会はだいぶ腐敗が進んでいるようね。人を駒のように使い捨てにしたり、お金がないからって子供を見殺しにするなんて……。そんなの聖書に書いた覚えはないわ!ぷんぷん!」


 神は両手を上下に振り、可愛らしく怒りを表現する。──その後ろの壁に、ノアがリラの頬にキスをするシーンのポスターが飾ってある気がするのだが、気のせいだろうか……。


「ダイヤさま……あの、そのポスターは……」

 

「とにかく、王都の教会は一度こらしめないと駄目みたいね!準備を整えて、今度突撃しましょう!」


 神に力強く誤魔化され、リラは諦めのため息をつくのだった。



・・・・・・・・・・・・・・・



 テディが家族となり、半年が過ぎた。

 

 体調もすっかり良くなったテディは、毎日リラと庭を探検したり、読み書きを教わったりして過ごしている。


 魔力付与は二日に一度続けているが、魔力枯渇で急に倒れるようなことはなくなった。


 最初は遠慮がちだったテディだが、最近ははにかむような笑顔を見せてくれる。

 リラや両親はそんなテディが可愛くて仕方なく、何かと構い過ぎては鬱陶しがられている。しかしテディも満更ではなさそうで、怒った顔に笑みが隠しきれていない。

 

 そんな平和なある日、またしても真っ青な顔で、マリーが手紙を持って執務室に飛び込んできた。


「……このパターンは、嫌な知らせですね」


 サフランは手紙の中身を読むと、大きなため息をついて頭を抱えた。


「何が書かれていたのですか、お母さま?」

 

「……あなたの王妃教育のために、王家専属の家庭教師を送ると書いてあります」


 間違いなく王の息がかかっているでしょうから、血の契約者の監視の意味もあるでしょうね……と、サフランは呟く。

 

 前回のループまでは、王妃教育は10歳から王城にて行われていた。ずいぶんと時期を早めたことになる。


 その時、またしても部屋に飛び込んでくる人物が一人……庭師のジャックだ。


「奥様、大変だ!王家の家庭教師だと名乗る人が、玄関に……」

 

「もう!どうして王家関連は、こんなに急なのかしら!応接にお通しして、マリーはお茶の準備を!」


 ジャックとマリーがドタドタと部屋を出て行くと、サフランは子供達の肩を両腕で抱き寄せた。


「……ここはいっそ、相手を利用するぐらいの気持ちで挑みましょう。二人とも、覚悟はよろしいですか?」


 リラとテディはお互いの手を握りしめ、コクンと頷いた。

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