【14】離婚しません、ミュラン様!

「前世の記憶を取り戻した僕は、絶対に未来を変えなければいけないと思った。だから、君には優しくしたし、君の希望通りに3年で離婚すると決めた。だが――こんなに君を愛してしまうなんて、当初は思ってもいなかった」


絶望しきった様子で、ミュラン様はうなだれている。


たぶんミュラン様は、本当に本気で、全てを話してくれたんだと思う。

正直、にわかには信じ難い。

この人、頭おかしいんじゃないか、――と思いたくもなる。


もしも、医者がミュラン様の話を聞いたら、虚言症だと診断するに違いない。

もしも、異端審問官がミュラン様の話を聞いたら、おかしな宗教の信者だと思って彼を火あぶりにするに違いない。


でも、わたしは医者でも教会関係者でもない。

ミュラン様の奥さんになりたいただの小娘だ。


「……わかりました。信じます」


ミュラン様は驚いたように顔をあげた。


「リコリス。……僕の話を信じるのか?」

「だって、嘘じゃないんでしょ? だったら信じるしかありません」


わたしは毛布にくるまって頭だけを出したまま、ミュラン様の目の前に座った。


「信じてあげます。だから、わたしを奥さんにしてください」


ミュラン様が、要領を得ない様子で眉間にしわを寄せている。

「…………やっぱり、信じてないじゃないか」

「信じてますよ」

「僕と君とは夫婦になれない。君は不幸になるし、邪悪な子供たちが生まれてしま――」

「生まれません」


きっぱり。彼の目を見て、わたしは言った。


「そんな悪い子は生まれません。だってわたし、あなたの子が生まれたら……すごく愛しますから」


だって。普通に、そうでしょう?


「ミュラン様はもう、冷たい夫じゃありません。愛人もいません。わたしは死にたくありません。子供がもしも生まれてくれたら、絶対に大切にします……ミュラン様の子だったら、絶対かわいいと思います。造られた『物語』とは、状況がまったく違うでしょ?」


当たり前のことを言ってるだけなのに。どうしてミュラン様は、そんなに驚いてるの?

わたしは真っ赤になりながら、ミュラン様にぎゅっと抱きついた。


「……リコリス」

「わたし……。あなたのことが、大好きになってしまったんです。だから、あなたの子供が生まれたら、愛情いっぱいで育てます。そうしたら、きっとミラルドもミレーユもいい子になります。悪役令嬢とかには、なりません。……証明してあげます。だから、」


――あぁ、はずかしい。


「わたしを、あなたの奥さんにしてください」


ミュラン様が、泣きそうな顔をしていた。

わたしも真っ赤な顔で、彼を見つめ返す。


遠慮がちに、唇が触れた。

そのまま、きつく抱きしめられる。


「僕で良いのか」

「あなたじゃなきゃダメです」


もう一度、唇が触れた。

毛布を剥ぎ取られて、ふたり一緒にベッドに倒れこむ。


「愛してる、リコリス」


恥ずかしくて、なにも答えられなかった。

頬や首すじに、何回も、彼の唇が触れる。


「震えているね」

「……武者震いです」

「そう」


くすくすと笑っているミュラン様のことが、とても愛おしかった。


気が遠くなりかけながら、何度も何度もキスを重ねる。

なんて甘酸っぱくて――――こげ臭い。


ん?


こげ臭い。


「……?」

ミュラン様も、異臭を感じたようだった。

ふたりできょろきょろ部屋を見まわし、やがて異変に目をむいた。


「か、火事!?」


お香がっ。

ロドラたちが変な気を利かせて焚きまくっていたお香の火が。毛布に燃え移ってヤバい炎を上げている!!


うわぁあ――と絶叫しているミュラン様を見るのは初めてだった。でも、とっさに水の魔法で室内に雨を降らせて鎮火しているあたり、やはりミュラン様は有能だ……さすが四聖爵ししょうしゃく

ひたすら慌てふためくだけのわたしと違って、この人はやっぱり、すごいなぁ。


「…………ぜぇ、ぜぇ」

荒い息を整えながら、わたしたちは焼け焦げた毛布を眺めていた。

でも、目が合った瞬間、同時に噴き出していた。


「やだ、もう……ミュラン様が毛布投げ捨てたのが悪いんですよ?」

「床に火を置く君が悪いよ。……なんなんだい、あの香は」

「あのお香? 侍女たちが焚いてくれたんです。なんかよく知らないけど、男の人に効果があるって言ってましたよ。効きましたか?」

「火を見た瞬間に効果が失せたよ」


ぷっ。あはははは、と、子供みたいにお腹を抱えて大笑いしてしまう。

やだなぁ、もう……なんか、楽しい。


声をあげて笑っているミュラン様は、すごくかわいかった。6つも年上の人なのに、なんか子供みたい。すごく好き。


「ミュラン様。……大好き」

「大好きだよ」


ボヤ騒ぎ直後の寝室には、もう、色っぽい雰囲気なんて残ってなかった。雨を降らせまくったせいで、高級そうな調度品も全部びしょびしょ。わたしたちもずぶ濡れだ。


なんか、全部がおもしろくて、幸せだなぁと思った。


「リコリス、慰謝料への未練は?」

「全然ありません」

「僕らの結婚は3年ではなく、無期限延長というわけだ」

「あなたが、お嫌でなければ」

「嫌なものか」


彼はわたしを抱きしめて、優しく、幸せそうに笑った。


「愛しているよ、リコリス。初夜は、日を改めることにしよう。生涯、君を大切にする」





。。。。。。。。。。。。。。。。

第一章を読みいただき誠にありがとうございました!「おもしろかったかも」と思っていただけたときは、☆☆☆⇒★★★欄からお声をお聞かせいただけると、面白いストーリー作りをする上で大変参考になります! 第二章も引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。


また、


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お付き合いくださるみなさまに、心より感謝申し上げます!

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