第50話 キースらがSランクになりました

 翌日からキースのパーティは森の奥のSランクのエリアで狩りを始めた。リンドは1人で自宅の庭で鍛錬をし杖を作ったりとマイペースで過ごしている。


「ただいま」


 リンドが庭で杖を作っていると声がして黒猫姿のミーがやってきた。


「おかえり」


「ミディーノのパーティが来ているのね」


「そう。わざわざ街の様子を伝えに来てくれたんだよ。今は森の奥でランクS相手に鍛錬中だよ」


 リンドはマイペースだ。まるでミーがずっと家にいたかの様に普通に話をする。黙って聞いていたミーは話が終わると


「彼らの言う通りね。リンドはもう気にしなくても良いみたいよ」


「そうなんだ。ならよかったよ」


 妖精のケット・シーが言うのなら間違いないだろう。人間には見えない物が彼らには見えている。


 夕刻になって彼らが家に戻ってくると黒猫を見つけて女性達がミーを撫で回してから夕食の準備にとりかかった。


「いい鍛錬になるよ」


「そろそろランクSだろう?」


 キースの言葉に聞き返すとそうなんだよと頷くメンバー。


「街に戻ってここで集めた魔石を出したらランクSのポイントはクリアになる。ギルマスと面談をして問題なければ昇格かな」


「おめでとう。凄いよね、ランクS」


 リンドは素直に喜んで言うがキースやコリー、いや他のメンバーも含めて自分達より目の前にいるソロの賢者の方がずっと強いということを理解していた。


 昇格や名声と無縁のリンド。とは言えその実力は王都のマーガレットらも含めてリンドを知っている者達から見れば折り紙付きの強さだ。


「リンドはもう昇格はいいの?」


 食事を終えてデザートの果物を食べている時にクリスティが聞いてきた。


「ランクAでもおこがましいのに。もう十分だよ」


「でもまだ上に行けるんじゃない?」


 うーんと唸り声を上げたリンド。少しの間を置いてから口を開いた。


「上にあがってどうするの?知ってる通り俺はソロで1人でここに住んでいて街に住む気は今はない。ダンジョンに潜る気もないしもちろん有名になんてなりたくない。名声も欲しくない。幸いに1人でここに住んで周囲にいる魔獣が入ってこられない結界も張れている。たまに街に行って杖を売って買い出しをして帰ってくる生活が気にってるしね。ランクは関係ないかな。いまでももう十分以上のランクだよ」


 キースらメンバーはリンドの話を聞いてそうだったと再認識する。目の前に座っているこの家の主は自分自身が食えればそれで十分だと常日頃から言っていた。ついつい一般的な冒険者の目線で発言してしまったクリスティが、


「そうだったわね。ごめんなさいね。つい街にいる他の冒険者と話をしている感覚で言っちゃった」


「気にしななくてもいいよ。というかクリスティの考え方が普通だろう?それよりもそっちがランクSになったら忙しくなるんじゃないの?」


 リンドはクリスティの言葉を全く気にしていなかった。むしろ知り合いのランクが上がることを素直に喜んでいる。


 猫階段の上でやりとりを聞いていたミー。


(本当に欲がないというかここまで純真な人間ってリンドくらいじゃない)


 と妖精として数多くの人間を見てきたミーは感心していた。


 キースが言うには仮にランクがSに上がったとしてもパーティの活動に大きな変化はないらしい。


「それよりも周りが見る目が変わるからね。無様なことはできないだろうしギルドからも他の冒険者の規範となる行動が求められる。ランクSに昇格する際の面談も個々の技量よりも性格や道徳、モラル関係の質問が多いらしい」


 そう言えば王都のランクSパーティのマーガレットらもそんな事を言ってたなと思い出すリンド。


「キースのパーティは皆いい人ばかりだ。面接は何の問題もないんじゃないの?」


「だといいけどさ。やっぱり緊張するじゃない。それに面接ってパーティ単位じゃなくて個人面接なのよ。万が一私が変な事を言っちゃってランクアップできなかったらどうしようって思ってね」


 クリスティが言った。


「僕は面接の事はよくわからないけど普段と違う事をしようと思うとミスが出ちゃう。これは杖を作っていてもそうなんだけどね。変に格好つけようとか思うと良い杖ができないんだよ。やっぱり基本通りというか今までやってきた事をやり続けるのが大事だと思ってる」


 リンドの言った言葉を黙って聞いていたキースらは全員が納得した表情になった。


「リンドの言う通りだよな。出来ない事をやろうとしてもダメだ。いつも通りにしてそれでランクアップできなかったらまだまだ力不足だってことだ」


「そう考えるとぐっと気が楽になったわ。リンド、ありがとう」


 ジェシカが礼を言うと他のメンバーも皆お礼を言う。リンドにしてみれば普段思っていることを言っているだけだがどうやら彼らはSランクに昇格する事を前提にして悩んでいたらしい。昇格するかしないかは結果論でいつも通りの対応をしておけば良いんじゃないかというリンドの言葉は彼らにとって緊張をほぐす1番の言葉になった様だ。


 キースらは3日程リンドの家で過ごし家のある森の奥でSランクの魔獣を倒して魔石をしっかりと集めるとミディーノの街に戻っていった。

 

 ミディーノに戻る日の朝、彼らを見送った際


「今度街に行った時にはSランクになってるんだね。楽しみにしているよ」


「そうなるといいな」


 挨拶を交わして森を歩き出した彼らの背中を見ていると肩にのっていたミーが


「彼らはもう十分にSランクの資格があるわよ。腕もいいし皆性格もいい。昇格するのは当然の成り行きね」


「そうだよな。ああいう人たちが冒険者の規範になったらいいよな」


「リンドはその気はないの?」

 

 彼らの姿が視界から消えて家の玄関に歩き始めるとミーが聞いてきた。


「昇格?無いね。全く無い。今のランクでここでの生活。これ以上望むものはないんだよ」



 キースらが街に戻った1週間後、彼らがSランクに昇格したという報がミディーノを始め国内のギルドの掲示板に張り出された。リンドがそれを知るのはもう少し後になってからだった。


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