第38話 帰ってきました

「どう?楽しんでる?」


 夕食を済ませて部屋でくつろいでいるとケット・シーのミーがひょこり顔を出した。


「もちろん。毎日街をぶらぶらして買い物をしてるよ」


 そう言ったリンドはフィリップにあったことやその場で持っていた杖を売ったことなどをミーに話す。黙って聞いていたミー。


「相変わらず欲がないわね」


「原価がタダってのを知ってるからね。お金はまた教会に寄付しようかと思ってるし。森にいる分にはそんなにお金は要らないからね」


 とマイペースだ。


「そっちはどう?仲間と逢って楽しんでる?」


 と逆にミーに聞いた。


「もちろんよ。じゃああと3日間お互いに楽しみましょうね。4日目の朝にこの部屋にくるから、それで森に帰りましょ。いい?」


「わかった。それで問題ないよ」


 そう言うとミーの姿が消えた。どこに行っているのかはリンドは知らないが妖精が集まる場所があるんだろうと気にもしていないリンド。


 もちろんハミルトンにやってきて冒険者の活動をする気もない。のんびりマイペースが身上のリンドだ。街に出てはブラブラして店をのぞき、気に入った物があれば買うという日々を続けた4日後の朝、リンドが起きるとミーがケット・シーの姿で立っていた。


「帰ろうか」


「ミーはOKかい?」


「うん。また来たくなったら私はいつでも来られるしね」


「そうだな」


 そう言うと宿を出た一人と一匹。肩の上に乗っているミーを連れてフィリップの店に顔を出すと、


「お世話になりました。今日戻ります」


 店から出てきたフィリップを見つけると挨拶をするリンド。


「おかえりですか。今度はミディーノの街でお会いしそうですね」


「楽しみにしていますよ。それじゃあ」


 そうして10日間いたハミルトンの街を後にしたリンドとミー。来た時に通った街道を今度は逆に歩いて30日後に自宅のある森の中に戻ってきた。帰る途中も整備された道は安全で結局街道では一度も戦闘することなく森に帰ってきたリンドとミー。結局ハミルトンのギルドにも顔を出さなかった。


「やっぱりここは落ち着くよ」


 森の奥にある自分の家に戻ってきてソファにドンと座ると大きく伸びをする。


「気分転換になったかな?」


「ああ。いい気分転換になったよ。これでまた明日から頑張れるな」


 その言葉を聞いて微笑んだ表情になるミー。ハミルトンで買ってきた食材や調味料をキッチンに並べ書籍は本棚にと戻ってきた日は荷物の整理をして旅の疲れをとったリンド。


 翌日からはいつもの森の日々が戻ってきた。朝から鍛錬をして野菜を収穫し野生動物を狩ったり奥でランクSを相手にスキル上げだ。


 家に戻って10日目にリンドはミーを肩に乗せて久しぶりにミディーノの街に顔を出した。アイテムボックスの中にはデザインを新しくした精霊士と僧侶の杖が入っている。杖の頭の部分のデザインを変更しているだけで性能に変化はない。




「おおっ、帰ってきたか」


 いつもの店に顔を出すと中からトムが飛び出してきた。そしてすぐに金貨の入っている袋を渡し、


「これがお前さんから預かっていた杖の販売代金だ。全部売れたぞ」


 礼を言って袋を受け取ると


「今日も持ってきたんだけど」


「ああ。待ってたぞ」


 トムが言ったのでアイテムボックスから精霊士の杖と僧侶の杖を30本ずつ取り出したリンド。その杖を見たトムが声を出した。


「杖のデザインを変えたのか」


 リンドはそうなんだよと言って


「ハミルトンの街で買ったデザインの本を見て作ってみたんだ。これはとりあえずの試作品かな。まだまだいろんなデザインのがあるからこれから本格的に作ろうかと思ってる」


 杖を持っているトムはそれをじっと見てから顔を上げると


「うんうん、性能は変わってないな。杖のデザインが複数あるってのは買う方からみたら選択肢が増えてありがたいだろうしな」


 そう言って60本分の金貨をリンドに支払う。これだけで金貨3,000枚だ。それと以前の200本分を合わせて金貨13,000枚を手にしたリンドはハミルトンでフィリップに会った時のことをトムに話しした。


「また来るって言ってたか。そうだろう。この杖を買う目的だけでもこのミディーノに来る価値があるからな」


「そうなのかい?」


 リンドはフィリップがまた全国を回る途中でミディーノの街によってそのついでにリンドに杖の注文を出すものだとばかり思っていたので今の話を聞いてびっくりする。


「そりゃそうさ。あいつはハミルトンでは上級の冒険者から信用が厚い。奴らのために良い防具や武器を準備するのは当然さ。そしてこの杖はそれだけの価値があるとあいつは認めている。当然この街に来るだろう」


 リンドの足元にいたミーがトムの話を聞いて体を擦り付けてきた。その仕草でどうやらそう言うことらしいと理解する。


「来たら作りますよって約束しているのでフィリップさんが来たら教えてくれるかい?」


「もちろん。それと俺の店の分も忘れずに頼むぜ」


 トムにわかってるってと返事をして店を出たリンド。そうしてミーを背中に乗せたまま市内を歩いて教会に足を向ける。


 この日も5,000枚の金貨を寄付したリンド。


(本当に思い切りが良いというか。欲がない人ね)


 シスター達に感謝されながら教会を出たリンドは今度はキースらが住んでいる一軒家の前に行くと扉に手をかける。


「おっ、開いてる」


 そうして扉を開けて案内を乞おうとした時に奥から僧侶のジェシカが顔を出した。


「リンド!帰ってきたの?」


「ああ。ハミルトンから戻ってきたんだよ」


 ジェシカの声を聞いたのかメンバーが2階から降りてきた。


「久しぶりだな。トムから聞いてたんだよ。辺境領に行ってたんだって?」


「ハミルトンでしょ?鍛錬に行ってたの?」


 ソファを勧められて座ると次々に話しかけられる。リンドは首を横に振り、


「鍛錬じゃなくて息抜きをしようと思ってさ。この猫と一緒にハミルトンに行って向こうで10日程滞在してきたんだよ。だから向こうじゃギルドにも顔を出してないし当然街の外にも出ていない。毎日広い市内を歩いて買い物をしたりしてたんだよ」


 リンドがマイペースなのはこのメンバーは皆知っている。ハミルトンに行っても敵を倒したりしていないと聞いてもなるほどという表情で聞いている。もとよりリンドの家がある森の中にはBランクからSランクまでいる。鍛錬なら外に行かなくても家の周辺で十分にできるのだ。


「そういうのもいいな。完全に息抜きできたみたいじゃない」


 キースの言葉にそうなんだよ、リフレッシュできたよと言い、


「本屋でデザインの本を買ったり珍しい調味料を買ったりね、毎日楽しかったよ」


 しばらく彼らと雑談をしてから


「森の家に戻ってきたからいつでも来てくれて構わないからね」


「近いうちに邪魔するよ」


「待ってる」


 そう言ってリンドとミーは森の中に帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る