第37話 フィリップさんがいました

 商業区の大通りをひと通り歩いたリンド。4日目からは通りから伸びている路地の中を歩いていた。女性が好きそうな喫茶店やブティックが並んでいる通りや飲み屋街の様な通りなど路地の様子も様々だ。


 そんな路地の中を毎日歩いていると1軒の武器屋の看板を見つけた。

 こんな場所にも武器屋があるのかと扉を開けて中にはいるとそこには様々な武器や杖が所狭しと並んでいた。見た限りだとどれもなかなかの商品でこの店が初心者用ではなく中級から上級者用の店であることがわかる。


「こんにちは」


 と挨拶する。すると中からいらっしゃいという声とともに男性が奥からやってきた。その男性を見てあっと声を上げたリンド。向こうも気がついたのか


「おや、お久しぶりですね。珍しいところで会いました」


 そう言ったのはトムの武器屋で紹介されたフィリップ。リンドが今腕にしているアイテムボックスを売ってくれた移動商人だ。


「フィリップさん、お久しぶりです」


「こちらこそ。お元気そうですね」


「ここはフィリップさんの店なんですか?」


「そうです。普段は番頭に店を任せて私は国中を歩いてますけどね。先週このハミルトンに戻ってきたんですよ」


 そう言って店の中にある椅子を勧めてきたのでそこに腰掛けるリンド。店にいる店員がお茶を持ってきてテーブルの上に2つ置いてから下がっていった。時間帯なのか店の中には他には誰も客がいなかった。


「ハミルトンには武者修行ですか?」


 テーブルに置かれたお茶をリンドに勧めながらフィリップが聞いた。


「いえいえ、息抜きの旅行ですよ。ミディーノの街と自分の家がある森しか知らないんでね。見聞を広めようと思って」


「なるほど。それで見聞は広まりそうですかな?」


 フィリップの言葉に頷くリンド。


「食器や装飾品、調味料などミディーノの街にないものが売ってある。本も多いし杖のデザインに参考になりそうなのもあるので毎日買い物してますよ」


 フィリップはなるほどと頷いて、


「トムの店には今でも卸してるんでしょ?」


「ええ。不定期ですけどね」


 リンドはそう言ってからこのハミルトンに来るまでの途中のナウラの街で自分が作った杖を売っていたがその代金がびっくりする程高かったことを言うと、


「ミディーノのトムの武器屋でしか手に入らない杖、輸送の手間を考えるとあの価格でも妥当ですよ」


「頭ではわかるんだけどね。それでもびっくりだよ」


「でもあの価格でも入荷すると右から左にすぐに売れていく。それほどの価値のある杖なんですよ」


「ハミルトンのこの店でも売ってるの?」


 リンドの言葉に


「今は在庫がありませんからね。ミディーノの店で手に入れた分はあっという間に完売しましたよ」


 そうなんですかと言ってリンドはアイテムボックスから精霊士の杖と僧侶の杖を5本ずつ合計10本取り出すと


「手持ちはこれしかないですけどよかったらどうぞ」


 杖を見たフィリップの目の色が変わった。


「これは…以前私が見たときよりもさらに性能が上がっていますね」


「そうそう、ある日突然スキルが上がったみたいでね。トムに言わせると2割ほど性能が上がっているらしい」


 とまるで人ごとの様に言うリンド。杖を手に取ったフィリップはそれをじっと見て、


「確かに2割は違う。この杖、トムはいくらで買い取っていました?その値段に色をつけて買い取りますよ。輸送代もかかってますし」


「サムはどちらも金貨50枚で買い取ってくれた。フィリップさんも同じでいいですよ」


「いやいや、それは」


「輸送代ったってこっちはアイテムボックスに放りこんでただけだし」


 その後もやり取りがあったが結局1本あたり金貨52枚で杖を買い取ることになった。フィリップに言わせるとサムと同じ値段にすることは彼に申し訳ないということと金貨2枚の上乗せでもミディーノからここまでの輸送代を考えればずっと安いということらしい。


「何か申し訳ないね」


「いえいえ、気にされずに。私は良い買い物ができたと思っていますので」


「そうですか」


 そう言って代金を受け取るリンド。元がただだからこうしてお金をもらうのは今でも抵抗がある。トムは長い付き合いなのでまだマシなのだが。まぁまた教会に寄付したら良いかと気持ちを切り替えるリンド。


 一方10本の杖を手に入れたフィリップはその杖の出来栄えにびっくりしていた。以前の杖でも最上級クラスだと思っていたらその上のクラスの杖を作ってしまっていたのだ。


 鑑定スキルがあるフィリップにはこの杖の価値がわかる。これは冒険者の魔道士や僧侶にとってはとんでもない価値のある杖だということが。


「またミディーノの街にも行くつもりなんですよ、その時は正式にサムの店経由で注文を出しますので杖をご用意願えますか?」


「もちろん。ミディーノに来て連絡を貰えればば作りますよ」


 リンドが店を出るとフィリップは店を他の者に任せて店を出ると知り合いの冒険者を訪ねては良い杖が手に入ったからどうかねと彼の知り合いに杖を紹介していく。


「これはすごい杖じゃない。今までのよりもずっと効果があるのがわかる」


 ハミルトン所属のAランクの冒険者達は新しい杖を見て皆そう言った。


「従来のよりも2割は効果がアップしているね。逆に言うと今までの魔法の威力なら8割ほどの魔力で撃てるということだね」


「これもミディーノから?」


 Aランクの冒険者の一人が聞いてきた。


「そう。まだハミルトンでは出回ってないね。これを持ったら戦闘がもっと楽になるんじゃない?」


「その通りだ」


 結局リンドから買った10本は1本も店先に並べることなく全てがフィリップと付き合いの長いこの街所属のAランクの冒険者達の手に渡っていった。

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