第36話 ハミルトンの街

 ナウラの街で1泊した翌朝、肩にミーを乗せたリンドは街を出て一路ハミルトンを目指して歩き出した。


「辺境領って言うくらいだからさ、なんか山が多くある高くて険しい場所をイメージしてたけど実際はそうじゃないんだな」


 街道をのんびりと歩きながら左右を見ているリンドが言う。


「そういう場所もあるけどね、この国の辺境領はそうじゃないわよ。王都より一番遠い場所にある領地ってことね」


 ナウラが既に辺境領内だったがそこからハミルトンに伸びている街道も草原で大きな起伏もなく続いている。草原の先には森が見えており川も流れている。ミディーノの郊外とあまり変わらない風景だと思いながらリンドは歩いていた。道は広く左右には草原が広がっていて草原の先に森が見える。その森のずっと先に高い山が連なっているのが見えていた。


 とは言え似ているが一緒ではない。初めて目にする風景だ。リンドは周囲の風景を楽しみながらのんびりと街道を歩いていく。ここは国内の主要街道で冒険者達が定期的に魔獣の間引きをしているのか歩いていても街道近くに全く魔獣の気配がない。商人や旅人の安全を確保している様だ。


 ナウラから1週間ほど街道を歩いた昼過ぎ、リンドの目の前に大きな城壁が見えてきた。ハミルトンの街だ。近づいていくとその城壁が高く、頑丈な作りになっていてそれがずっと遠くまで続いているのが見えた。


 城門で市内に入る人の列に並び、2時間ほどたってようやくハミルトンの街に入ったリンド。ミーは肩にのったままだ。


「大きな街だ」


 街に入って左右を見ながらリンドが言う。


「ね。ミディーノよりもずっと大きいわよ」


 肩に乗っているミーがリンドの耳元で言った。そして


「どこに泊まるの?宿だけ確認しておかないと」


「そうだな。ギルドの近くにある必要もないし、せっかくだからそこそこのクラスの宿に泊まろうかな」


 大金持ちになっているリンドにとっては10日の間高級宿に泊まってもなんの影響もない。街の中にある露店や商店を何軒か訪れてそこでおすすめの宿を聞いたリンド。その中で何度も名前が出てきた宿に向かうとそこは中クラスの上、上クラスの下のレベルの位の宿だった。しっかりとした造りの3階建ての宿のフロントに入って部屋を聞くと空いているという。


 とりあえず10日間分の料金を前払いして鍵を受け取って部屋に入る。1部屋だが広くてゆったりとしており大きなベッドにソファ、テーブル、そして風呂とトイレがついていた。


「いい部屋だ」


「そうね。防音もしっかりしてる」


 猫からケット・シーの姿になったミーが部屋をぐるっと見て壁をトントンと叩いてから言った。


「ミーもいつでもここに来ていいからね」


「ありがと。じゃあ何もなかったら10日後の朝に」


 そう言ってミーはリンドの目の前で姿を消した。



 ゆっくりと休んだ次の日、リンドは宿を出るとハミルトンの市内をブラブラと散歩する。どこの街でも同じだが城壁の中は商業区と居住区、そして貴族らが住んでいる貴族区に分かれている。それぞれの区の中に公園があり市民の憩いの場になっていた。


 リンドは商業区の中を目的もなく歩いては目についた店に入って陳列物を眺めていた。普段住んでいる家は森の中だし、ミディーノの街に言っても顔を出す場所はトムの武器屋、防具屋、キースの一軒家、あとはギルドと教会位だ。こうして目的もなく市内を歩くのは冒険者になって初めてのことだった。


 武器屋や防具屋に入っては陳列されている商品をじっくりと見ていく。ミディーノの街で見かける商品もあれば初めて見るのもあり新鮮だ。


 お昼を挟んで1日中街の中を歩き回ったリンド。夕刻に宿に戻ってくると宿の食堂で一人で食事を済ませると部屋に戻って早々に眠りについた。


 2日目は店でいくつか森の生活に必要な日用品や調味料を手に入れる。


「ミディーノにはない調味料も多くあるな。これなら料理の味付けに変化をつけられるぞ」


 リンドは元々観光気分でハミルトンの街に来ている。この街で魔獣を倒す気もなければ金策をする気もない。自由気ままに街の中を歩いては都会のショッピングを楽しんでいた。調味料の他には食器や部屋で使う魔石ランプなど凝った品物があれば購入してはアイテムボックスに収納していく。せっかく来たんだから欲しい物は躊躇せずに買ってしまおうと思っているリンドだった。


 3日目は書店に顔を出したリンド。そこで彫刻のデザインの本や家の建築の本を見つけると手当たり次第に購入する。外のレストランで夕食をとりながらテーブルに置いた本を見ていくリンド。


「いろんな彫刻があるな。これは杖のデザインに使えるし。建築の本も家の増築の時に役にたちそうだ」


 そうして外で食事を済ませて宿に戻って部屋で魔力を鍛える鍛錬をしているとケット・シーのミーがリンドの前に姿を現した。


「どう?ハミルトンの街を楽しんでる?」


「ああ。ミディーノにない物が多くあるからね。毎日が新鮮だよ」


 突然現れてもまるで普通の会話をするリンドとミー。この関係はもう随分と長い間になっているがリンドは当初から全くミーに対する態度を変えていない。


「そっちはどう?友人と会って楽しんでる?」


「ええ。久しぶりに会う仲間だからね、森の奥で毎日遊んでるよ」


「そりゃよかった」


 魔力を鍛えるのを止めて目の前に立っているケット・シーを見ながら会話をするリンド。ミーはそのリンドの様子を見て


(相変わらず手を抜かない人ね。だからのこの実力なのよ)


「じゃあもう暫くいても大丈夫ね?」


「もちろん。こっちも楽しんでるからさ、ミーも友達といっぱい遊んでおいでよ」


「わかった。リンドもいっぱい楽しんでね」

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