第32話 クリスティにも弓を差し上げる
翌朝、キースらが森の奥に出かけるとリンドは作業場に出て余っていたイチイの倒木を手に持つ。そうして風の魔力だけを注ぎ込みながらゆっくりと弓の形に削り出していった。
「いい感じよ。慌てずゆっくりとね」
ケット・シーの姿になっているミーがリンドの斜め後ろから作業を見ながら声を掛ける。
「こんな感じだな」
大雑把に弓の形に削り出した木を見てリンドが言うといいんじゃないとミー。
そして今度はそれを綺麗に弓の形に仕上げる。隣に置いてあるクリスティが使っている弓を見てそして風の魔力で同じサイズに削っていった。
丁寧に削ったイチイの木は完全に弓の形になっている。それを手に持って隣に置いてある予備の弓と重ねて長さを確認し、少しずつ風の魔力で木を削っては同じサイズに仕上げていく。
弓が出来上がるとそこにまた風の魔力で模様を入れていくリンド。今まで数えきれない程の杖に模様を入れていったリンドにとってはこの作業は難しくない。風の魔力を均一に注ぎ込みながら模様を入れ終えると手に取ってじっくりと弓を見る。
「以前作った弓よりも威力が大きいのがわかるわよ」
「うん。会心の出来になってる」
ここで弓を樹液に浸して光沢と艶を出し、乾くと持っていたランクSのオークの腱を撚って弓の弦を張っていく。予備の弓の弦の強さを参考に、これにも風の魔力を注ぎながら弦を張って弓が完成した。
「見事ね。想像以上の弓ができたじゃない。風の魔力が弓にも弦にもしっかりと詰まってるのがわかるわよ。」
完成した弓を見てミーが言う。ミーの予想以上の出来だった様でそれを聞いたリンドも満足げな表情になる。
「上手くいったよ。予備としてもう1本作っておこう」
同じ手順で予備の弓を作ったリンド。2本とも同じ出来栄になり、2本の弓を両手に持って交互に見て
「これなら問題ないだろう」
と満足する。横で見ていたミーも感心するほどの出来栄えになった。
「これで討伐が楽になるんじゃないかな」
「当然ね。今使ってる弓より数倍の威力があるわよ。距離も威力も伸びてるもの」
2本の弓を両手に持っているリンドを見ながら、ここまで成長するんだとミーは内心でびっくりしていた。ここまで威力のある魔力を均等にしっかりと注ぎ込んで杖や弓を作ることができる人間はいないだろう。真面目に妖精の話を聞き、指導を受けて鍛錬に励むとこの高みにまで登って来られる様になるんだとミーはまた人間を見直していた。
(リンドは特別とは言ってもそれにしてもここまで登ってくるとは見事ね)
夕刻になってキースらが帰ってきた。メンバーの手にはシカと猪、そして魚を入れた袋を持っている。
「野生動物を狩ってくれたんだ。魚もあるな。これは助かるよ。ありがとう」
彼らが獲ってきた肉や魚を見てお礼を言うリンド。
「いや泊まらせてもらってるからな。今日は午前中Sランクの討伐をして午後は川の向こう側に行って食事の材料を集めてきたんだよ」
キースとコリー、そしてショーンはリンドウと共に作業場に置いたシカと猪の皮をはいで内臓と肉に分けていく。一方女性二人は獲った魚を捌いていた。
余った肉と魚は床下の倉庫に入れて保存する。今やその倉庫はたっぷりと氷の魔力が詰まっているランクSの魔石がぎっしりと敷かれており1ヶ月以上入れて置いても腐らない程になっていた。
「相変わらず半端ないな」
床下倉庫にぎっしりと敷き詰められているランクSの魔石を見てショーンが言う。
「あいつは一人でもしっかりと鍛錬を続けているというのがこれを見てもわかるな」
キースの言葉に頷く他の2人。
キースらが捕ってきた鹿の肉を焼いた料理をメインにした夕食が終わるころリンドは席を外すと奥から弓を3本持ってきた。
「これは借りていた予備の弓」
そう言って1本をクリスティに渡してから2本の弓を渡し、
「これは風の魔力だけを注ぎ込んで作った弓なんだよ。同じものを2つ作ったからよかったら使ってくれないか?弦にも風の魔力を注ぎ込んである」
2本の弓を受け取ったクリスティがびっくりしていると横からキースが
「風の魔力だけを注ぎ込んで作ったのか?」
「そう。ジェシカが持っている僧侶の杖と同じやり方だね。特定の魔法の魔力を注ぎ込みながら木を削って作ったんだよ。おそらく今クリスティが持っている弓より威力があると思う」
ありがとうと言いながら受け取った弓を見ているクリスティ。指で軽く弦を引っ張ったりしながら、
「綺麗な模様ね。それになにより軽くて持ちやすいわ。弦の張りもちょうどいい感じね」
「クリスティなら弦の張り具合は調整できるだろう?」
「なぁリンド。お前さんが言った威力があるって具体的にどういうことなんだい?」
コリーが聞いてきた。
「矢の威力と飛距離が伸びてる。明日実際に使ったらわかると思うよ」
「なるほど。これは楽しみだ。クリスティの弓の飛距離と威力が大きくなったのなら俺達の戦闘もかなり楽になるぞ」
「それにしてもリンドにはいつも驚かされるな。この弓もまたトムの武器屋に卸すつもりなのかい?」
聞いてきたキースに顔を向けるとそこで顔を左右に振る。
「その気は無いね。実は風の魔力を注ぎ込んで弓を作ってくれって言ってきたのはマーガレットのパーティなんだよ」
その言葉にびっくりするメンバー。
「トムの武器屋で自分が作った杖を買ってくれた後で話があるって呼ばれてね。ここまで魔力を注ぎ込めるのなら弓も作ってくれないかって頼まれたんだ」
黙って聞いてる他のメンバー達。ミーもいつもの猫階段の上でゴロンと横になって耳だけ立てて話を聞いている。
「それでこの森で弓に適した木材を探して弓を作ったら上手くできてさ、彼女のパーティの狩人に渡したんだよ。それでそのときに風の魔力で弓が作れるのなら光の魔力で僧侶の杖ができるんじゃ無いかって思ってやってみたら出来たって訳。だから元々はマーガレットからの依頼がなければ僧侶の杖もその弓も作れなかった。僧侶の杖は一応自分で考えたということにしてトムの武器屋に卸してるけど弓については元々彼女らの発想から出来たものだから勝手に売ったりしたら悪いかなと思って誰にも言わなかったんだ。ただ彼女らも昇格してランクSになったし、弓を作ってから結構時間が経っていたから知り合いのこのパーティメンバーなら大丈夫だろうと。みんな口が固いのはわかってるし」
「ありがとう」
話を聞いていたクリスティが礼を言うと他のメンバーも同じ様にリンドに礼を言う。
「そういう訳だからその2本の弓は差し上げるよ」
「相変わらず気前がいいな」
「お金の使い道がないからね。口止め料も入ってるから。黙っててくれるとありがたい」
「それは大丈夫よ。リンドとの約束だから」
リンドがトムの武器屋に卸している杖の代金だけでも相当な金持ちになっていることはここにいるメンバーには容易に想像がつく。そしてリンドが殆どの時間をこの森で過ごしていて街に滅多に出てこないことも知っている。結果として彼はすでに大金持ちになっていることはキースらメンバーの共通の認識だった。
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