第29話 凄い杖だそうだ

 リンドは森の中の家で変わらぬ日々を過ごしていた。鍛錬をし杖を作る。畑を見て果実や野菜を収穫する。望んでいたマイペースの日々だ。


 そして時間がある時に家を手直ししたり家具を作ったりとのんびりした生活を送っている。ケット・シーのミーは仲間に逢いに行っているのか昼間はいないことが多かったがリンドは全く気にしていなかった。


 スキルアップして作る杖は品質も安定しリンドは毎日数本ずつ作っては倉庫にしまっていた。鍛錬ではミーがいない間も結界の外、森の奥に出向いてはランクSの魔獣を精霊魔法で討伐する。以前は2発撃たないと倒せなかた魔獣が最近では4体に3体は1度の魔法で倒せる様になっていた。


「もっと魔法をぶつける場所のイメージを強く持たないとな。時々ブレる。そうすると1発では倒せない。うーん、難しいな」


 倒したランクSの魔石を取り出しながら毎回戦闘の反省をするリンド。家の倉庫にはランクAの魔石とランクSの魔石が積まれている。


 そうしてある日溜まっている魔石と杖をアイテムボックスに入れるとミーを肩に乗せてミディーノの街にきたリンドウ。


 ギルドに顔を出してクエストを受けてその場でランクAの魔石を渡してクエスト報酬を受け取るとそのままトムの武器屋に顔を出した。


「よう」


 店に入ってきたリンドを見てトムが奥から声をかけながら出てきた。


「こんにちは。ちょっと見て欲しい杖があるんだ。鑑定をお願いしてもいいかな?」


 リンドの言葉でトムの表情が変わった。


「ひょっとしてまた凄いのを作っちまったのかよ?」


「凄いかどうか。鑑定してもらいたいと思って」


 そう言うとアイテムボックスから杖を2本取り出した。1本は精霊士用、もう1本は僧侶用の杖だ。


「外見も変えたんだな。高級感がある」


 言いながら先ず魔導士の杖を持ったトム。じっくりと時間をかけて鑑定すると顔を上げてリンドを見ると、


「1本につき金貨50枚で買おう」


「そんなに高いのかい?」


 リンドは威力が2割程度上がっているという認識だったので新しい杖も1本あたり金貨40枚から42枚くらいだと思っていたがトムの言ってきた値段は40%以上も高くなっている。びっくりしていると


「この杖は今までのよりそうだな、2割は威力が増している。逆に言うと今までより20%少ない魔力で今までの威力が出せるってことだ。これは精霊士にとってはでかい。瞬間的な火力も増大し、普段は魔力を押させながら使える。トータルで考えたら20%増しじゃきかない程のメリットがあるんだよ」


 トムが熱く語るのを聞いているリンド。ミーは肩から降りてリンドの足元で体を擦り付けてくる。


「そうかい。じゃあその値段で。ついでにこっちはどうなるのかな?」


 僧侶の杖をじっくりと鑑定したトム。


「これも同じだ。金貨50枚で買おう。こいつも凄い出来だな」


 そう言ってから


「なぁリンド、今からでも遅くない。杖職人にならないか?この世界でここまでの杖を作ることができる奴なんていない。お前さんが有名になりたくないのは知ってる。なんなら俺の店の奥の場所を貸してやるからそこで作らないか?作ったそばから売れていくぞ」


「前から言ってるけど仕事にはしたくないんだよ。あくまで自分のスキル上げだからさ。時間がある時に鍛錬として作ってトムの店におろしてくる。このスタイルが自分に一番合ってるんだよ」


 もう何度もやりとりをした話だがトムは未練がましくこうやって時々リンドに話かけてくる。そうしてリンドが断るのもいつもの話だ。


「お前さんも頑固というか何というか。わかった。ただ万が一気が変わったらすぐに言ってきてくれよ」

 

 これもいつものやり取りだ。リンドはこの日新しい精霊士用の杖と僧侶用の杖をそれぞれ30本、合計60本トムの武器屋に売ると金貨3,000枚をもらって店を出た。


「凄いじゃない」


「元がタダだからなんと言うか人ごとみたいだよ」


 通りを歩きながら肩に乗っているミーと小声で話す。そうしてリンドとミーはキースのパーティの一軒家の前に着くと扉を開けた。


「あら、街に来てたんだ」


 扉を開けるとそこにいたジェシカが声をかけてきた。すぐにその奥から


「久しぶりだな、リンド」


 他のメンバーも声をかけてくる。勧められるまま家の中に入ると


「魔石を持ち込んでたのとトムの武器屋に杖を卸してきたんだよ」


「そう言やリンドがランクAになってから初めてだな。おめでとう」


 キースが言うと他のメンバーも皆リンドにおめでとうといいありがとうと返事をする。リンドの昇格はギルドの掲示板に載ってたのを見たんだよと言ってから


「ランクBでいいって言ってたのに、ギルマスに頼まれたから昇格したんだって?」


「そうなんだよ。俺を上げないと他のランクBが上にあげられないって言われてさ。それでギルドのクエストはしなくていいという条件付きで上がったみたいだ」


 人ごとの様に話すリンド。森で一人で暮らしている彼にとってはランクは無意味だ。そしてそのことはここにいるキースのパーティメンバー全員が知っている。


「でもまぁギルドが上げてくれるってんだから受けてよかったんじゃないの?上がりたくても上がらない奴も多くいるし」


「そうみたいだね。それよりもさ、ショーンとジェシカ用に新しい杖を作ったんで持ってきたんだよ」


 そう言って魔導士の杖と僧侶の杖を取り出したリンド。彼はアイテムボックスを持っていることを周囲に知られたくないので魔法袋を持ち歩いていてその中に手を突っ込んで中を探るふりをしながらアイテムボックスから杖を取り出した。身を乗り出すショーンとジェシカ。


「スキルが上がったみたいでね。自分で試したら今までの杖より2割程威力が増している」


「「2割!!」」


 ショーンとジェシカが声を揃えてびっくりして言う。聞いていたコリーとクリスティも


「おい、2割って言ったら相当だぞ」


「逆に今までの魔法なら2割魔力が少なくて済むってことでしょ?」


 流石にランクAだ、リンドの一言で裏まで読んでくる。


「トムの武器屋には行ったのかい?」


 聞いてきたキースの顔を見ると


「ああ。鑑定してもらった。今までの杖の2割以上の値段で買い取ってくれたよ」


「そりゃそうだろう。威力が2割増しだから価格が2割増しってことはありえないからな」


 キースはパーティメンバーのリーダーとして僧侶や精霊士の魔力は魔法の威力については熟知している。後衛は魔力をセーブしつつ威力のある魔法を撃たなければならない。そのバランスに皆苦慮している。そんな中で無条件で2割上がるというであればその杖の価値は当然2割以上の価値になるだろうと。


 リンドは腹の上に座ってゴロゴロとしているミーの体を撫でながら


「その杖は差し上げるよ。普段から世話になっているお礼で」


 杖を持っているショーンとジェシカがびっくりした顔をするが、


「口止め料も入ってると思ってくれよ。それに知ってるだろうけど元々原価はほとんどゼロだからさ」


 このメンバーはリンドの性格をしているのでありがとうと素直に受けとる。


「ところで最近もランクAの魔獣を退治してるのかい?」


「うーん、ランクAもあるけど彼らがいる森の奥にランクSがいるんだよ。なので最近ランクSでも鍛錬してる。きついけどね」


「ランクS?」


 キースはびっくりして周りと顔を見合わせる。ソロでランクSを倒している。普通なありえない話だ。ソロでランクAを倒していると言っても信じない奴が殆どだろう。


 ただ目の前に座っている賢者の男は規格外の男だというのも知っているキース。


「今度リンドの家に行くからさ、その時にランクSの森を案内してくれよ」


「お安い御用だよ」


 リンドがじゃあまたと言って彼らの家を出ていった後、5人はそのまま居間のソファに座って


「ランクSをソロで倒してるのかよ」


「でもコリー、この杖を作れることができるってことはリンドの魔力がまたアップしてるってことよ。おそらく結界も強力になってるはずよ」


 ジェシカの言葉に頷くキース、ショーンも


「あいつが底知れぬ実力の持ち主だってのは俺達は知っている。そして嘘を言わない奴だってこともな。こりゃキース、近々リンドの森に行く必要があるな」


「その通り」



 リンドはミーを肩に乗せてミディーノの街を出ると家に向かっていつもの街道を歩いていた。


「彼らびっくりしてたわね。リンドウがソロでランクSを倒してるって言った時」

 

 顔を耳に寄せてきて話をするミー。


「そうだね。まぁ近接なら僕は絶対に無理だけど遠隔なら近づいてくるまでに2発は撃てるからね。慣れると誰でもできるんじゃない?」


(そう思ってるのはリンドウだけよ。本当はそう簡単にはいかないのよ)

 

 リンドの言葉を聞きながら肩に乗っているミーは首を左右に振っていた。

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