第4話 氷雨の一日(氷雨視点)

 今日はもり家の皆様に、フー君……風和ふうか様の守り刀に就くことを承諾していただくため、挨拶に行きます。

 本当なら、前日に済ませ、今日、風和様との顔合わせになるはずが、椿様の思い付きで、明日に延びることとなってしまいました。

 

 私は涼しげで清楚な感じの淡い水色のワンピースに身を包み、社務所からエレベーターへと向かっていると、事情を知る巫女たちがガッツポーズや親指を立てたりして応援しています。

 若干、勘違いしている方も混ざっているようでしたが、緊張をしている私にとっては、とても心強く、勇気が湧いてきました。

 エレベーターの前まで来ると、風和様がこちらへ挨拶をしに来ることを知らされていた私は、すれ違える偶然があるのではないかと期待を胸に抱いてしまいます。

 道中、すれ違う人を確認しながら守家へと向かいましたが、結局、風和様には会えないまま、守家宅へと着いてしまいました。


 風和様は、まだ、家を出ていないのでしょうか?

 私は、そんな淡い期待を望みながら、インターフォンを押しました。

 ……反応がありません。もう一度押してみます。

 ガチャッと玄関ドアが大きく開かれ、風音かざね様がこちらに勢いよく向かって……突進してきます。


 「ヒーちゃーん! 久しぶりー!」


 私は彼女から苦しいほどに抱きしめられます。

 それは、私を待ち望んでいたかのような温かい歓迎でした。


 玄関で「お邪魔いたします」と頭を下げ、家に上がらせていただくと、彼女は私の手を強引に引っ張ります


 「さあ、こっち、こっち!」


 私は、彼女に手を引かれるがまま、居間の奥の和室まで連れていかれてしまいます。

 そこには、風和様の家族の方々が笑顔で私を待っていました。

 私は軽くお辞儀をし、促された席に座ると、皆さんは、ニッコリと微笑んだまま、私を見つめています。

 皆さんからの視線を浴びる緊張で、少し間を作ってしまいましたが、私は意を決するように挨拶をしました。


 「お久しぶりです。氷雨です。この度、風和様の……」

 「ヒーちゃん、風和様って……あはははは。昔みたいにフー君でいいんだよ!」


 風音様、台無しです……。

 彼女に言葉を遮られた私は、困惑してしまいます。


 「ヒーちゃん、可愛くなったね! そのワンピースもとても似合ってて素敵よ!」


 「風音、あんた、氷雨ちゃんの挨拶を台無しにして……でも、本当に見違えたわね。風和の守り刀に氷雨ちゃんがなってくれるなら、私たちに異論は無いし、こちらからお願いしたいくらいよ。まあ、氷雨ちゃんなら、そのままお嫁さんに来ても構わないから!」


 風和様のお母様である涼音すずね様が全てを終わらせてしまいました。

 私は何を話したらいいのでしょう?

 話す内容をなくした私は混乱し、涼音様の「お嫁さん」の一言で、さらに混乱していました。

 顔が熱く、恥ずかしさのあまり正面を向くこともできません。


 「お母さん、嫁はまだ早いでしょ? これから付き合いだして、しばらくは恋人気分を味合わせてあげないと可哀想でしょ!?」


 私はどうなっているのでしょう? 守り刀に就くはずが恋人になっています……。


 「風音様、涼音様、よろしいでしょうか?」


 「「ちがうでしょ!!!」」


 私は、思わずビクッと身体が跳ねてしまいました。


 「私のことは『お義姉ねえちゃん』でしょ!」


 「私は『お義母かあさん』でいいんだからね!」


 「……は、はい。お、お義姉ちゃん、お義母さん……」


 二人の期待に満ちた表情に負けて、私は呼びなおします。

 もう、何が何だかわかりません……。


 「まったく、風音、涼音、お前たちが次から次へと勝手に決めては進めるから、氷雨がついてこれなくなっとるじゃないか! ……私は『お婆ちゃん』でいいからな」


 風乃かぜの様が助け舟を出してくれましたが、最後は二人にのっかってきます。


 ふと、私は重要なことを聞いていないことに気付きました。


 「風音さ……風音お義姉ちゃん、私と風和さ……フー君が親しくなることを怒らないのですか?」


 「なんで?」


 「えっ? ……フー君に女性である私が近付くのは嫌ではないのですか?」


 「あー、それは、フーちゃんのことを利用しようと寄ってくるくだらない女性に対してよ! あの子って、女性の押しに弱いから、変な女にばかり、引っかかりそうになるのよ。でも、ヒーちゃんは違うじゃない! なんたって、フーちゃんに一途なのがバレバレだし、私は妹に欲しいと思っていたんだから! まあ、伊織いおりに「ヒーちゃん、頂戴!」って言ったら断られたけどね!」


 「……そ、そうですか。今、とても複雑な気持ちです。私は風音お義姉ちゃんのブラコンが凄まじいと聞かされていたので、守り刀としてそばにいることを断られたら、どう、納得していただこうかと思い悩んでいました」


 伊織兄様いおりにいさまと風音お義姉ちゃんの会話も気になりますが、今は私の本音を知っていただこうと思います。


 「へぇー。そんな風に思ってたんだ! 何か変に悩ませちゃったみたいでごめんね! 確かにフーちゃんのことは愛してるし、あの子の子供も欲しいけどね」


 私は、予想をはるかに超えた返答に、唖然としてしまいます。

 すると、家族の方々は、深い溜息と共にやるせない顔をしていました。

 風音お義姉ちゃんは周りの様子も気にせず、話しを続けます。


 「昔、ヒーちゃんとフーちゃんが遊んでるのを見て、この子たち可愛すぎ……じゃなくて、この二人の可愛さは……笑顔は私が守って見せると心に決めたの! それに、あの子のかたわらにいるのがヒーちゃんなら安心だしね!」


 何か良いことを言っていると思うのですが、伝わってこないのは何故でしょう?


 「私のことを認めてくれるのは嬉しいのですが、買い被りすぎではないでしょうか?」


 「何言ってるの? そこら辺のちょっと可愛いくらいの女の子たちが、ヒーちゃんに太刀打ちできるはずないじゃない! ヒーちゃん、自分を卑下してはダメよ!」


 「ご、ごめんなさい」


 何だかこそばゆい感覚ですが、とっても嬉しいです。


 パンッ、パンッ! 


 お義母さんが手を叩き、家族の注意を集めます。


 「なら、こうしましょう! 二人の交際は許すけど、結婚は……仕事に就いてからにしましょう。それと、今は許婚ということで、風和が一八歳になったら婚約させましょう。氷雨ちゃんをよその男に取られるのは、しゃくに障るから、皆もこれでいいわよね?」


 皆さんは大きく頷きます。

 私は嬉しいのですが、フー君を蚊帳の外にした状態で、全てを決めていることが、少し不安です。

 本当にこれで良かったのか? 私はフー君に認められているのか?

 そんな思いを抱きながらも、皆さんから促されてしまいました。

 守り刀に就くために来たのに、何故か、恋人兼お嫁さん候補になってしまったこの状況を、椿様と雫姉様しずくねえさまに何と報告をすればいいのか、私は苦悩するのでした。




 その後は、皆さんと何気なく会話をしました。

 フー君の『サラシおっぱいフェチ』な性癖を聞かされ、思わず自分の胸に手を当てて確認してしまい、その行為を皆さんから生暖かい目で見守られていることに気付くと、恥ずかしさで泣きそうになりました。

 他にも、彼の最近の趣味、設計士や建築士の様な造る仕事を目指していることなどを教えてもらいました。

 また、今の神社の内部事情を聴かれたりもしました。

 主に椿様が何かしでかしていないかを聞きたかったようです……。

 私の通う学校にも興味があるようで、「近隣の学校の男子生徒が出待ちをしているのは本当か?」や「芸能のスカウトが来るのは本当か?」など、皆さんから質問攻めにもあいましたが、とても楽しい時間を過ごすことができました。




 楽しい時間が過ぎるのは早いものです。

 私は、そろそろおいとましようと口を開こうとした時に、風音お義姉ちゃんが「痛っ!」と声を上げながら左の胸元を押さえ、苦痛に顔をゆがめました。

 彼女は、私に真剣な眼差し向けます。


 「印に痛みが走ったけど、大丈夫よね……?」


 私は彼女の胸に刻まれた印について、詳しくは聞かされておらず、唐突な質問に答えられないまま、ただ、彼女を見つめていることしかできませんでした。

 それを悟られてしまったのでしょう。


 「ヒーちゃん、神社で何かあったかもしれないから、戻ったほうがいいかもしれないわよ!?」


 彼女はいぶかしげに投げかけてきました。

 私はコクリと頷き、皆さんに別れを告げると、守家宅から神社へと急いで戻ることにしました。

 帰りの道中もフー君とすれ違うことはありませんでした。

 まだ、神社にいるのでしょうか? それとも、神社で何かがあったのでしょうか?



 ◇◇◇◇◇



 神社の本殿の前では、縁側に座る音羽姉様おとはねえさまが、お茶をすすりながら呆けていました。


 「音羽姉様、ただいま戻りました」


 「あら、おかえりなさい。フーちゃんは、まだ、神殿だから早く行きなさい」


 「はい、ありがとうございます。あの、音羽姉様は何か、その……印が痛むとかはありませんでしたか?」


 「……? いえ、ないけど。……向こうで何かあったのなら、私のスマホによろしくね! さあ、早く行きなさい」


 私が軽く頭を下げると、彼女は手を振って見送ってくれました。


 本殿に入ると、転移で神殿へ向かいました。

 そこでは、神使たちが忙しく動き回っています。

 直感で何かがあったことを感じました。

 ちょうど、近くを通りかかった者を呼び止めて事情を聴くと、その衝撃的な状況に眩暈めまいを起こしそうになります。

 フー君が転移中に行方不明で、現在、手分けして消息をたどっているが、転移先が判明しなくて困っているとのことでした。


 私は、風音お義姉ちゃんと音羽姉様に、メールで今聞いた内容をそのまま報告しておくことにします。

 送信ボタンを押し、顔を上げると、伊織兄様を見つけました。

 急いで彼のもとへと向かいます。


 「伊織兄様! フー君が行方不明とはどういうことですか?」


 「氷雨。椿様が転移先のイメージを間違えたらしい……」


 「はあ? 何でそんなことに?」


 「転移させる時に、ゲームの警告音が聞こえてきて、集中をきらしたらしい……」


 「…………」


 私は何も言葉が見つかりませんでした。

 とにかく、椿様と雫姉様のもとに行くしかありません。

 私は伊織兄様に軽く頭を下げると、二柱のもとへと向かいました。


 椿様の私室の前に着くと、雫姉様が部屋から顔を出し手招きをして中へと招き入れてくれました。

 室内では椿様が、半球の台座に備え付けられた鏡を見つめながら、鏡に指を置き、はじいたりしています。

 スマホ操作のタップ、フリック、スワイプ、ピンチアウトを繰り返しているように見えます。

 まさか、この大変な時に遊んでいるのでは? と思い、近くによると、鏡に衛星写真が映し出されており、それをスマホの操作のようにいじり、拡大させたり次の地区に移動させたりとしていました。

 どうやらフー君を探していたようです。


 「氷雨、色々と質問があると思いますが、先に守家への挨拶の報告を聴いてもいいですか?」


 雫姉様が落ち着いた声で話しかけてきました。


 「はい、挨拶はできませんでした……正確にはさせてもらえませんでした」


 「えっ? どういうことなのか詳しく教えてくれますか?」


 「はい、風音お義姉ちゃんに挨拶を途中で中断され、後は守家の方々で話しを進められました」


 「そ、そう……。まあ、守家だから仕方ないわね。それに、風音ちゃんが……風音お義姉ちゃん? どういうことかしら?」


 「そ、その、風音様がお義姉ちゃんと呼ぶようにと……涼音様はお義母さんと、風乃様はお婆ちゃんと呼ぶように言われました」


 「うーん……その件はあの方々の希望なら構いません。それで、守り刀に就く許可はもらえたのですか?」


 「……たぶん?」


 「何で、疑問形なのかしら?」


 「その……何故か、結婚を前提に恋人になる許可をいただきました」


 「そう、それなら……えっ? ごめんなさい、言ってる意味が解らないのだけれど?」


 「私だって、解らないんです! ……私とは無関係のように勝手に物事は決まっていくし、帰って来た途端、フー君が行方不明だと報告を受けるし、私はどうしたらいいんですか? ……ウッ、ウッ、グスン」


 私の意志とは無関係に、感情が溢れ出してきて涙が止まりません。

 たった一日のことなのに、想定外のことが多すぎて、すでに限界です。

 私は雫姉様にしがみついて泣いてしまいました。


 「あらあら。ごめんなさい。少し落ち着いてから話しましょうね」


 私はコクリと頷き、彼女にそのまましがみつくと、私の頭を優しく撫でながら、落ち着くのを待ってくれました。


 しばらくして、落ち着きを取り戻せた私は、守家での出来事を雫姉様に事細かく話しました。


 「そう、大変でしたね。でも、喜ばしいことなのよね!? ……ごめんなさい、私も言葉が見つからないわ……」


 彼女は何とも言えぬ面持ちで答えました。


 「さすが守家! 氷雨を悪気もなく、どちらかと言えば喜ばしいことで、ここまで追い込むとは……アハハハハ」


 「姉さんは、さっさとフーちゃんを探しなさい!」


 「はい、ごめんなさい」


 椿様はシュンとしながら作業に戻りました。




 そして、数時間が経ちましたがフー君の足取りは掴めません。


 「おそらく、出口にたどり着けていない可能性があるな! どうしても、見つからない時は、私と雫で通り道を辿るようにして探すことにしよう! 雫、風和の身は無事なんだよな!?」


 「はい、フーちゃんは無事ですよ! 何か身に危険がせまれば、私のあげたプレゼントが反応して、あの子を護ると共に、私にも分かるようになっていますから。こんなことなら、条件など付けなければ良かった……」


 雫姉様の顔には後悔の念が見受けられます。


 「それと、氷雨、風和の渡った先が分かった時はお前が迎えに行け! 転移先によっては私や雫では干渉できない可能性もある。そ、れ、にー、何たって、恋人兼お嫁さん候補だもんな! 将来の旦那は自分で連れ戻したいだろう!?」


 椿様の余分な一言で、神使たちだけでなく雫姉様と伊織兄様までが笑っている。

 もとはと言えば椿様が原因なのだから、意趣返しをしたいと思います。


 「はい、様!」


 椿様の顔はひくついていましたが、周りは大爆笑です。


 「あのー、私、こちらに来た時に混乱してしまい、このことを風音お義姉ちゃんと音羽姉様にメールしてしまったのですが、どうしましょう?」


 神殿中の空気が一瞬で凍り付きます。


 「氷雨……。お前……。…………」


 椿様は頭を抱えてうずくまってしまいました。


 「姉さん、……ご愁傷様です。……氷雨、これからは風音ちゃんと音羽ちゃんのことをもう少し知っておきましょう。あの二人が規格外というか……ことを大きくする天才だということも理解しないとね!」


 「はい、雫姉様。勝手なことをしてごめんなさい」


 雫姉様は優しい微笑みを浮かべて私を見つめている。


 「氷雨、普段の二人は問題を起こすタイプには見えないから仕方がないのだけれど……彼女たちのどちらか一方がかかわるだけでもことが大きくなるというか……小さなことが必要以上におおごとになるというか……とても面倒くさいの! それだけは憶えておいて!」


 「はい、憶えておきます」


 「あの二人は面白そうなことやトラブルへの嗅覚は凄いから、遅かれ早かれバレていたと思うの。問題なのは、ことが済む前に二人に知られたことでフーちゃんにまで被害が及ぶかもしれないことなの。これからは気を付けてね!」


 「…………」


 私は言葉を失いました。雫姉様に向かってコクコクと相槌を打つことしかできません。

 フー君、ごめんなさい。私はやぶをつついて蛇を出す行動をとってしまったようです。

 私が必ず迎えに行きますので、どうかご無事でいて下さい!

 私は、彼の身に何も起こらないことを願いました。

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