第5話 間違った転移

 何時間が経ったのだろうか? 辺りには闇が広がっているだけで、何もわからない状態が続いている。

 僕は指の感覚で腕時計のライトのボタンを押すが、光らない。

 目に黒い幕を貼られてる感じだ。

 こんな状況では、これといってすることもないので、目をつむってボーとしていると、まぶたに灯りが差しだしてきた。

 目を開けると、丸く光る球のような物がある。

 僕は、そこに向かって宇宙遊泳のように泳いだ。

 すると、光の球が近付いてくる。

 成功だ!


 しばらく泳ぎ続けていると、それは球ではなく円だと分かる。

 その円は近付くにつれて人の背丈ほどの楕円をしていた。

 そして、近くまで来ると楕円の光が弱まり、ガラス窓の様に、向こう側が見える。

 そこは、西洋風の神殿らしき場所に金髪の少女と銀髪の女性が何かの儀式をしているようだった。

 少女が片膝をつき、銀髪の女性が手を差し伸べている。

 どことなく宗教絵画を思い出させる光景だった。


 あれ? このまま行くと、その窓にぶつかってしまう!

 僕は、何とか止まろうともがいてみたが勢いは収まらない。

 そして、その窓が目前まで迫ると、僕は頭を両腕で庇うような防御姿勢をとった。


 ガシャーン!


 ガラスの割れる音と共に、外に投げ出される感覚と重力が身体に伝ってくる。

 僕は受け身を取るために目を開けると、銀髪に透き通るような面立ちの美女がいた。

 しかし、勢いを止めることはできずに彼女へ飛び込む。

 彼女の顔が近付くと銀色の瞳と目が合い、唇に柔らかな感覚といい香りがする。

 僕は彼女の唇を奪ってしまったのだと思った。

 次の瞬間、舌に静電気の走る痛みを感じ、姉ちゃんの時に同じことが起きたことを思い出したが、身体の力は抜け落ち、麻酔でも打たれたような感覚が襲ってくる。

 僕は抗う暇もなく、意識が遠のいてしまった。



 ◇◇◇◇◇



 目を開けると、金髪の可憐な感じの美少女の青い瞳と目が合った。

 儀式をしていた子のようだ。


 「あっ、お目覚めになられましたか?」


 まだ、ボーっとする頭で周りを見渡すと、装飾の施された部屋に西洋風の調度品が置かれている。

 どうやら、僕は天蓋のあるベッドに寝かされてるようだ。


 ここ、どこ? 神社ではない……。

 何故か、椿ちゃんのハイテク完備の神殿が思い浮かんでくる。


 「ここは?」


 「ここは、カーディア帝国帝都、カーディア城の私の客室でございます」


 聞いたことのない国名、それも帝国って、ここは異世界なんだろうな……。

 とりあえず、起き上がろうとしたが、身体に力がはいらない。


 「まだ、無理をしてはいけません。御使みつかい様。御身は三日の間、昏睡状態が続いていたのですから」


 「……僕は三日も寝てたんですか? うっ……デートが……」


 「はい、御使い様は顕現けんげんなさった直後から昏睡状態でしたので、こちらに運ばせていただきました。宮廷医師の見立てでは大量の魔力を急激に使ったことによる反動とのことです。……その『でえと』と言うのは存じませぬが、今は御身をいたわって下さい」


 「ご迷惑をおかけしました。少しの間、甘えさせて頂くことになると思いますが、よろしくお願いします」


 身体が動かせるまでは、お世話になるしかないと腹をくくった。


 グー、ギュルルルル。


 「クス。よろしければ、軽めの御食事を御用意いたしますが、いかがでしょうか?」


 「よ、よろしくお願いします……」


 空気の読めないお腹のせいで、僕は恥ずかしくなって布団に潜った。




 しばらく経つと、扉がノックされ、料理が運ばれてくる。

 ロングストレートの黒髪を後ろで束ねた背の高いメイドさんが、僕の身体を起こすし、数個のクッションを使って身体を固定してくれた。

 ベッドには食事テーブルが置かれ、スープとすりおろした果物が並べられた。

 胃に優しそうなメニューで揃えられている。


 「ありがとうございます。いただきます!」


 久しぶりに食事をする感覚が、僕を襲ってくる。

 味付けは薄く、量も物足りないと思ったが、食べてみると十分に満足ができた。


 「ごちそうさまでした」


 「お粗末様でした。今回は胃を驚かせない料理でしたが、次からは消化の良い物であれば、普通の料理でも大丈夫でしょう」


 先ほどのメイドさんはそう言って、手際よく片付けをしていく。

 彼女も美人なのだが、プロのモデルを連想させるカッコ良さが印象的だった。



 ◇◇◇◇◇



 食後、少し休ませてもらった後に、最初に会った美少女が三人の従者らしき女性を引き連れて、僕のもとへとやって来た。

 さっきのメイドさんは扉のところに控えている。

 美少女は高い身分の子なのだろう。

 そういえば、彼女のことを何も知らず、状況確認もしていなかった……。

 いくら何でも不用心すぎるし、失礼すぎる。

 自身の浅はかさに苛立ちを覚えた。


 「御使い様、今の状況に関して、お話しをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 彼女の方から話しを振ってきてくれた。

 ありがたいことだ。

 だが、その前にとても気になることがある。

 僕は、それを先に質問することにした。


 「いいんですが、その『御使い様』って呼び名について聞いていいですか?」


 「御身は、神鏡しんきょうから顕現なされた女神様の使わされしお方ですので、御使い様とお呼びしております」


 うっ、なんか誤解されている……。

 椿ちゃんが間違って転移させた事故だと素直に言うべきか? しかし、こちらの女神様が椿ちゃんとは限らないし、もう少し様子をみよう。ただ、『御使い様』という言葉遣いだけは直してもらおう。


「分かりました。しかし、僕は『御使い』の使命を頼まれてはいないので、名前で読んでいただけると助かります。また、その言葉遣いも楽な話し方にしていただけると、こちらも話しやすいのですが、よろしいですか?」


 「分かりました。御使い……あなたの申し出を受けることにします。あなたのお名前を伺っていませんので、教えて頂けますか? それと、私も名乗っていませんでしたね」


 彼女は微笑みながら軽く舌を出してみせた。

 先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、とても柔らかく温かそうな感じになった。こちらの方が可愛いと思う。


 「僕の名は、守 風和。こちらだと、フウカ・モリの方が正しいのかな? モリが姓で名がフウカなんだけど……フウカと呼んで下さい」


 「はい、そうですね。名が先で姓を後に名乗ります。……フーカ様ですね。私はシャルティナ・ユナハ・カーディア。この国の皇女です。気軽にシャルとお呼びください」


 呼べるかぁぁぁ!

 思わず心の中で叫ぶ! 声に出せば、不敬罪とかで処刑されかねない。それに、フーカじゃなくて、フウカなんだけど……。まあ、それは仕方がないか。


 「シャルティナ皇女殿下、質問してもよろしいですか?」


 「シャルです」


 「シャル皇女殿下、質問してもよろしいですか?」


 「シャルです」


 「シャル様、質問してもよろしいですか?」


 「シャルです」


 「シャル、質問してもいい?」


 「はい!」


 彼女は満面の笑みで答えた。このやり取りに、何故か懐かしさを感じる。


 「僕が元の世界に戻る方法はあるのかな?」


 「フーカ様の場合、召喚奴隷ではないので戻れる方法はあると思います」


 「ん? 召喚奴隷?」


 「こちらの召喚魔法には二種類あって、招いた際に従属契約を強制的にかわされているものと、こちらの世界に招くだけのものです。召喚奴隷は前者の事で、召喚主に逆らえない契約魔法が召喚魔法に組み込まれています。元の世界に戻すには、召喚主が契約を破棄しないと戻せません。そして、後者は呼人よびびとと呼ばれ、英雄や勇者待遇で、主に賓客ひんきゃくとして扱われます。ですが、戻す条件を提示する代わりに、利用されことが多いですね」


 最低な魔法だ!

 そう思うと同時に、椿ちゃんの間違いで良かったと思ってしまう自分が情けない。


 「僕のことは様付けしなくていいよ! 僕もシャルって呼んでるしね! ……話を戻すけど、『戻れる方法はあると思います』ってことは、分からないの?」


 「フーカ様……フーカさんは送られてきたか、もしくは迷い込んできたので、私たちでは戻してあげれないのです。ですが、神鏡しんきょうから現れたので……その鏡を使えば戻れる可能性は高いと思いますす」


 「そうなんだ。それなら、その鏡に案内してもらえないかな?」


 「「「「「…………」」」」」


 部屋の空気が急に重くなった気がする。


 「その……フーカさんが現れた時に砕け散りました……。破片は集めましたが、修復は無理でした」


 あぁぁぁ、思い出した! 確かにガラスを割ってこちらに来たんだ。あれが鏡だったのか……。


 「シャル、……どうしよう?」


 首を傾げてすがるように彼女を見つめた。


 「そんな、可愛くしないでください!」


 彼女は両手で顔を覆うと、耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった。

 あれぇー? 可愛くしたつもりはないんだけど、どうしていいか分からない……。


 パンッ、パンッと、彼女は両頬を軽くたたくと、僕に向き直った。


 「フーカさん、今はお互いの情報を交換して共有しましょう! そうすれば、何か解決策も見つかるかもしれないですし……できれば、私たちのことも助けて欲しいです」


 サラッと、面倒くさそうなことを付け加えてきたが、お世話になっている以上はできるだけのことはしてあげたいと思う。

 でも、異世界転移物って少しハードなのでは? と思ってしまう作品もいっぱいあるからなぁ……。




 僕とシャルで情報を交換していくことにした。

 まずは、シャルがこの世界のことを話し始める。


 「この世界は『ファルマティス』と呼ばれています。種族は、人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、魔族や竜族などです。魔獣もいますので気を付けてください。他に異世界の方が気になることと言えば、魔法はあるのですが、そちらの世界よりもかなり遅れた文化水準らしいです。今、こちらの世界地図をお見せしますね」


 彼女は、ショートウェーブの赤髪に宝塚の男役を思わせる面立ちの女性に視線を向ける。


 「レイリア、お願い!」


 「はっ!」


 その女性は、僕の前に地図を広げる。

 軽装の騎士服のような軍服に身を包んだ姿が凛々りりしくカッコ良かった。


 「ファルマティスの東大陸にあるここが、私たちのいるカーディア帝国です」


 シャルは、そう言って地図を指差した。


 『ファルマティス』と呼ばれる世界の名前、見覚えのある世界地図、ゲームの中に入り込んだのか? そんなことを思ってしまう。

 しかし、話しを聞くに、ここは、『ファルマティスの騎士』よりもファンタジー感のある世界のようだ。

 それに、ゲームでは、魔族、竜族、魔獣は設定されていなかったし、実際の魔法がどの程度かにもよるが、ゲームでの魔法は銃器の代わりでしかなかった。

 今は深く考えるとかえってよくない気がするので、情報として気に留めておくだけにしよう。


 「ん? このカーディアの中にある『カーディア正統帝国』『カーディア新帝国』『リンスバック港湾都市国』って何?」


 気付いてはいけないものに気付いた気がする……。


 「『カーディア正統帝国』は大貴族たちが、『カーディア新帝国』は元老院たちが領地をまとめ、建国宣言しました。『リンスバック港湾都市国』は以前の戦争で我が国が見捨てた領地ですが、敵勢力を打ち破り領地を守り切ったので、今では、独立して国となっています。この国は、その戦いの功績から、他国からも『鬼人リンスバック』と呼ばれ、恐れられています。凄いですよね!」


 何から突っ込めばいいのかわからない……。ただ、頭が痛い。

 僕は頭を抱えて苦悶してしまう。


 「そうですよね。……分かってはいるんです。でも……」


 シャルは唇をギュッと噛み締め、目にはうっすらと涙を浮かべ耐えている。


 空気が重たい。

 何とか助けてあげたいとは思うけど、さすがにアイデアは浮かばない。  

 それに、ここまでの状態を皇帝が許していることの方が不思議でならなかった。


 「なんでこうなったのか? 皇帝は何をしていたのか? 気になることだらけなんだけど、教えてもらえるかな?」


 「フーカ様、差し出がましい真似を致しますが、それは、私から説明させてください。少し長くなりますが、宜しいでしょうか?」


 さっきの軍服のお姉さんが口を挿んできた。確か、レイリアさんだ。

 僕は黙って頷いた。


 「この国は、世界大戦時に友好国であったユナハ聖王国とカーディア聖王国が周辺の小国と合併して大国として建国する事で戦火を免れました。当時はカーディア聖王を皇帝に就け、ユナハ聖王はあえて公爵へと身分を落とし、宰相としてカーディア聖王を助けることにしました」


 レイリアさんは、少し間を空ける。


 「ここで聖王のことを捕捉します。聖王は『王印』と呼ばれる神の加護を受けた痣を持つのですが、神に背く国政が行われると『王印』が消失し、加護を失ってしまいます」


 捕捉のために間を空けたのか。


 「話を戻します。皇帝と宰相は受け継ぐ者を護るため、ユナハ聖王国国土は公爵自治領として聖王国の時と変わらぬ文化と政治を行い、保険をかけたのです。案の定、約三〇〇年が経つうちに国は腐敗したのでしょう。カーディア家の『王印』が消失しました。その後、国家を上げて国の腐敗を取り除き、ユナハ家の『王印』を受け継いだ者を皇帝とし、国を立て直しました」


 彼女は、再び少し間を空けた。


 「それから約二〇〇年が経ち、再び国の腐敗が目立つようになりました。シャルティナ皇女殿下の父君の代で、腐敗を取り除くために対策を施しましたが、その途中で父君が病に倒れてしまい、対策も成果を生むまでには至りませんでした。すると、気を狙ったかのように、大貴族派閥が『カーディア正統帝国』を元老院派閥が『カーディア新帝国』を崩御に合わせて建国しました。そこで、シャルティナ皇女殿下の兄君である先代皇帝が、建国を阻止しようと動きましたが失敗しました。それでも、皇族派閥をまとめあげて、大貴族派閥、元老院派閥、新教貴族派閥を抑え始めたのですが、リンスバック伯爵領にブレイギル聖王国が突如攻めてきて、それどころではなくなりました」


 ヤバい。集中して聞かないと分からなくなりそうだ。


 「そして、その戦いで指揮を執っていた先代皇帝が敵の流れ矢により重傷を負い、前線を離れると、抑えれれていた派閥の貴族たちが勝手に軍部を動かし、皇族派閥だったリンスバック伯爵領と帝都を結ぶ隧道ずいどうを崩落させました。その行動には、東の海上から攻めてくる敵に対して孤立させることで共倒れ、もしくは敵に始末してもらうことを企んだとも言われています」


 間を空けるレイリアさんの顔に、少し疲労感が見られる。


 「ですが、リンスバック伯爵領が敵を撃退しちゃったため、帝国は立場を無くし放置、帝国に見切りをつけたリンスバック伯爵領は『リンスバック港湾都市国』として建国しました。『リンスバック港湾都市国』の建国には先代皇帝が関わっていたとも言われていますが、陛下は戦いの傷が原因で一昨年に崩御したので事実は分かりません。そして、成人を迎えていなかった姫様だけが残り、現在は皇帝不在となっちゃいました」


 うん、本当に長い説明だった!

 レイリアさんが間を開けながら話してくれたから良かったが、一気に話されたら理解できなかったと思う。

 それに、話していた彼女でさえ、最後の方は疲れて少し言葉がみだれてしまっていた。

 今の話でシャルたちの状況は分かった。

 しかし、何か手立てがあるだろうか? 今のユナハ公爵自治領はどうなっているのだろうか? もし、ユナハ公爵自治領が昔のままであれば手立てはあるかもしれない。

 僕は、少し考えを巡らせた後に、レイリアさんに視線を戻した。


 「まだ、続きがあるので聞いてもらえますか?」


 今度は、現在の状況を聞けるのだろうか?


 「はい、お願いします」


 彼女は、一呼吸すると話し始めた。


 「あれは三日前でした。シャルティナ皇女殿下が一四歳を迎え、皇帝に即位、女帝となられるはずの日。その時に行う『王印』継承の儀式を邪魔した方がおられます。その方が鏡を割ったため、再度、儀式を行うことは不可能となりました。よって、『王印』を授かることはできず、私たちは途方に暮れています。そして、困っています。助けて欲しいです」


 あれぇぇぇー!? これはまずい……絶対にまずい! 僕をおおごとに巻き込もうとしている!

 僕の方も相手が驚愕する情報を明かさなければならないと本能的に思った。


 「事情はわかりました。その件に関しては、ごめんなさい。……では、僕の方からも重大な情報をお話しします。僕がこの世界に来たのは、うちの神様に間違って転移されたからです。本当なら、神様たちが住んでいる世界から自分の住む世界に戻るはずでした。ですから、僕には何の力も加護もありません。ごめんなさい」


 「「「「「!!!!!」」」」」


 「間違って転移されたって……」


 皆が唖然としていた中で、唯一、口火を切ったのはシャルだった。


 「そういうことなので、お役に立てそうもないと思います。ごめんなさい」


 僕はベッドの上だったが、誠意を込めて謝ってみせた。


 「フーカさん、あなたがお話しした重大な情報の意味が解っていますか?」


 「えっ? ですから、うちの神様に間違って転移されたので、僕には何の力も与えられていないのです」


 「フーカさんは本当に気付いていないのですね。どこの世界に神様と直接会ったり、会話することを当然のように言う人がいるんですか! ……そんなのフーカさんだけです!」


 「えっ? あれ? しまった! 僕の家族や親戚は普通に会っているし、そもそも、あの二人が神社で巫女として働いているから、親戚のお姉ちゃんの感覚しかなかったよ! どうしよう? そもそも間違って転移したなら責任を持って回収までしてくれないと困るよ。だから、ポンコツとか駄女神みたいな印象しか持てないんだよね。頼むから、ちゃんと神様をやってほしい」


 僕は自分の中に溜まった鬱憤うっぷんを吐き出すように心の中で呟いた。そして、気を引き締めて皆の方に視線を向ける。


 どうしたのだろうか? 今度はシャルまで唖然と……というよりも硬直しているみたいだ。


 「シャル? 皆さんも大丈夫ですか? とにかく、僕が神様と会ったりしたのは事実ですが、何か力を与えられたりは本当にないので、普通の人として扱ってください。何かを求められても役に立てないし、皆さんの期待を裏切るだけだと思うのでお願いします」


 シャルが口をパクパクさせて、何かを話したいようだが声が出ていない。

 なので、彼女が落ち着くまで待ってあげた。


 「フーカさん、私、何も話したくないです。……フーカさんの呟きが駄々洩だだもれでした。私の思考もですけど、ここにいる者たちの思考もついていけません。少し休みましょう。そう、お茶にしましょう! アン、お茶の用意をお願いね!」


「えっ? あっ、はい、直ぐにご用意いたします」


 あのメイドさんは、アンさんというのか。

 心の呟きを声に出していたとは、僕も疲れていたんだな。決して家系ではないよな?

 ふと、心の声を口に出す癖を持つ母さんを思い出した。




 しばらくの間、黙ってお茶を飲む時間が続いた。

 それぞれが思考を整理させるのに時間がかかっているようだ。皆、頭を抱えたり首を振ったりしている。

 アンさんもお茶のお替りにまわってはいるが、目はどこか遠くを見つめ何かを思い詰めているようだった。


 ふぅぅぅ。彼女が入れるお茶は美味しかった。

 紅茶のようだけど、日本で飲んでいたダージリンとは違い、少しフルーティーな香りがとてもよく、きっと、高いのだろうと思った。


 椿ちゃんは、間違った転移をしたことを分かっているのだろうか? 僕のことを探してくれてるよね……。

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