第3話 僕の守り刀

 僕は、二柱ふたりを待っていた。

 お茶菓子を食べ終え、お茶を飲む。お茶菓子もお茶も美味しくて満足だった。

 もう、帰ってもいいかな? と思ってしまう。


 パシーン!


 奥の部屋から、こちらの広間まで胸のすくような見事な音が届いてきた。

 そして、聴き取れはしなかったが、言い争う声が漏れてくる。

 椿ちゃんが原因で姉妹喧嘩きょうだいけんかが始まったのだと、察しが付いた。

 うーん、どうしたものか? 喧嘩が終わるまでここで待つのかな?


 神使しんしたちをうかがってみると、伊織いおりさんと目が合う。

 彼は手を奥の部屋へと向け、軽く頷いた。

 僕に奥の部屋へ行っていいと促してくれたのだろう。


 僕は意を決すると、奥の部屋へと足を運ぶ。

 恐る恐るふすまを開き、室内を覗いた。


 「椿ちゃーん。雫姉ちゃーん。大丈夫?」


 一応、椿ちゃんの私室かもしれないので、声掛けは欠かさない!

 椿ちゃんも女性として扱ってあげるのは僕の気遣いだ。


 室内は電子機器が立ち並ぶ見事な部屋だった。

 六画面マルチディスプレイにホームサーバやら、神様の部屋というよりもデイトレーダーの部屋だ。


 「風和、私の部屋だから遠慮しないで早く入ってきてくれ……雫が……」


 「姉さんが悪いんでしょ!」


 やっぱり、椿ちゃんの部屋だった。そこは、色気のかけらもない女性の部屋。

 うちの神様って何をしてるの……?


 ふと、似たような部屋を思い出した。

 姉ちゃんの部屋は、ミリタリーグッズが中心だった。雫姉ちゃんと音羽姉ちゃんの部屋も妙に気になってきた……。

 雫姉ちゃんは見せてくれそうだけど、音羽姉ちゃんは有料だろうなぁー。


 視線を戻すと、雫姉ちゃんと目が合ってしまった。


 「この姉さんは、着替えたら、そのままネトゲをしてたのよ!!! 私たちを待たしているのに……。フーちゃんも何か言ってやって!」


 おかんむりの彼女は、僕にすがるような目を向け、話しを振ってきた。


 「ポンコツ姉さん、ネトゲは始めると切り上げるのが難しいから、さすがにダメだと思うよ」


 「私は出し忘れてたメールを送っただけで、向かうところだったんだ! それと、ポンコツ姉さんと呼ぶな!」


 僕は言い訳をする椿ちゃんを見つめ、溜息をついた。

 彼女の姿に、とてもガッカリしたからだ。


 「姉さん、ほら、フーちゃんもあきれてるじゃない」


 「本当に、このポンコツ姉さんはどうしようもないよ! 何に着替えてんだよ! そのジャージは何だよ!!!」


 「「えっ? そっち?!」」


 彼女たちは困惑気味でこちらを向いている。

 僕は、えんじ色のスクールジャージの上下に身を包んだ椿ちゃんが、どうしても許せなかった!


 「椿ちゃんは何もしなければ美人なんだよ! それに、女神様でしょ! 僕の思い描く女神の理想像を壊すのも大概にしてくれ!!!」


 はぁー、言ってやった! 胸につかえたモヤモヤがスッキリした感じだ!


 「「…………」」


 「??? 二人ともどうしたの?」


 彼女たちは固まった状態でこちらを凝視している。


 「「ごめんなさい!」」


 二人は、声を揃えて、土下座してきた……。

 しまった! 何とも言えぬストレスが溜まって、つい、我を忘れてしまった……。

 でも、何で雫姉ちゃんも謝っているんだ?


 「ごめん、つい、我を忘れてしまって……。それに、雫姉ちゃんは謝る必要ないと思うんだけど? ポンコツ姉さんが反省してくれればいいんだし!」


 「ジャージって楽なんだもん! それと、さっきから私のことをポンコツ姉さんで定着させようとしてるよね?」


 「可愛く言って、誤魔化そうとしてない?」


 「そんなことはない! 客もいないなら部屋着でも別に構わないかと……」


 「いやっ、僕がまだいるよね?」


 「風和は、弟みたいなものだし、いいかなぁーと……」


 異性として見られていなかったことに、少し不満は感じるが仕方ないのかな……。

 あれ? 話の流れが……気が付かなかったことにしよう。


 シュンとしている椿ちゃんを見つめていると、背後にあるディスプレイ画面に目が釘付けになった。

 その映像が『ファルマティスの騎士』だったからだ。


 僕は椿ちゃんに迫り、画面を覗き込んだ。

 彼女は顔を赤くしてアタフタしていたが、今はそれどころではない。

 紛れもなく『ファルマティスの騎士』のアカウント画面だった。

 そこには、『キハル』という文字と『風のともしび・次回オフ会のお知らせ』という件名が記されていた。


 「ポンコツ姉さんも『ファルマティスの騎士』をやってるんだ」


 「まあ、少しね……だから、ポンコツ姉さんは止めて……」


 顔を赤くして恥ずかしそうにしながらも、少し涙目になっている椿ちゃんが無性に可愛く見えて、いじめすぎたと後悔した。


 「で、椿ちゃん、キハルって?」


 ポンコツ姉さんと呼ばなかったことに気を良くしたのか、自慢気に話し出した。


 「いやー、アカウント名って、恥ずかしくなくて、しっくりくるのを見つけるのって難しいよね! そこで私は、椿を分解することにしました。木+春なのでだ!」


 「へぇー、そう。……キハルって、『風の灯』の盟主じゃないか!!!」


 思わず彼女の胸ぐらを掴んで揺すった。

 連動するように二つの膨らみも揺れていることに気付くと気恥ずかしくなり、僕はすぐさま手を放し、彼女を見つめる。


 「あはははは……。すまん! 黙ってるつもりはなかったんだ! 明日、打ち明けるつもりでいたんだから」


 「僕がプレイしていたのも知っていたの?」


 「盟主だから、スカウト活動の一環で新人のチェックはしていたよ。風和を見つけたのは、アカウント名がカゼカズだったのと風音からの情報が決め手! 見つけるのには苦労したんだよ! それらしい新人に個人チャットしまくって……出会い目的のプレイヤーがしつこくてウザかった……」


 出会い目的のプレイヤーの悪評はゲーム内でも騒がれているので知っていたが、げんなりしだした椿ちゃんを見てるだけで、僕の想像を上回るのだと理解できる。




 あれ? 明日、紹介してくれるコオリアメさんと椿ちゃんが知り合いということは……。


 「もしかして、コオリアメさんって、神使なのかな?」


 「あっ! 姉さん、伊織のことはフーちゃんに話していいの?」


 雫姉ちゃんが思い出したように言葉を挿んできた。


 「あれ? ……明日、打ち明ける予定だったんだけど、前倒しになってる?」


 椿ちゃんは首を傾げる。

 うん、さすがポンコツ姉さん!


 「伊織のことも? ……雫、任せていい?」


 「ハァー。ね、姉さん……」


 雫姉ちゃんは大きな溜息を吐き、何ともいえぬ面持ちで彼女を見つめた。

 そして、僕に視線を向けると話し始める。


 「まずは、伊織のことね。彼は、風音ちゃんのことを護る守り刀、簡単に言うと、従者兼ボディーガードってところね。そのまま結婚する子たちもいるから、そのあたりの話も聞く? 長くなると思うけど……」


 「遠慮しておきます。省いてください」


 「そう。なら、続きね。今回、フーちゃんにも守り刀が就きます。それが氷雨ひさめなんだけど……姉さん、話していいのよね?」


 「うーん。本当は、明日話したかったけど、仕方がない……」


 椿ちゃんが物凄くガッカリしている。

 明日話して、僕の戸惑う姿を楽しみたかったことが見て取れる。


 「えーと、どう説明しようかしら? 氷雨は姉さんが紹介するって言っていたコオリアメなの。ゲームでは、読み方を替えただけで、本名は氷雨。フーちゃんの守り刀です!」


 「あれ? 昨日、婆ちゃんから貰った短刀も『氷雨』なんだけど?」


 僕は短刀を取り出し、雫姉ちゃんたちに見せる。


 「その短刀には氷雨の霊力を注いだから、めいも氷雨にしてあるのよ。彼女の想いが込められてるから大切にしてあげてね! ちなみに、風音ちゃんの短刀の銘は伊織よ」


 「あのー? 短刀の銘のことは分かったけど……僕、まだ氷雨さんと会ったことがないんだけど……勝手に決めていいのかな?」


 「……あら? フーちゃんが小学生の頃に二人で遊んでたわよ?! ヒーちゃんって呼んでた思うけど?」


 僕は「ヒーちゃん」を合言葉に、小学生低学年の頃に遊んだ遠縁の男の子のことを思い出した。


 「えっ、ヒーちゃんって男の子だったよね?」


 「ぶはぁ!!! 氷雨のことを男の子だと思ってたんだ……あはははは! 早く氷雨に教えてやりたい……プフッ!」


 今すぐ、椿ちゃんをしばき倒したい!


 「姉さん、仕方ないわよ! あの頃の氷雨はお転婆で、服も男の子っぽい物を好んでたのだから!」


 「まあ、おもちゃやテレビ番組も男児向けばかりを好んでたからなぁ」


 椿ちゃんは懐かしそうにほくそ笑んでいた。


 「そうね、ヒーローごっこで悪役にされて、どつきまわされていたわね……クスッ」


 「……コホン、話を戻そう!」


 椿ちゃんにとっては触れられたくないことのようだ。

 雫姉ちゃんは、苦笑しながら話を戻す。


 「氷雨はフーちゃんの守り刀に就くことを喜んでるから、大丈夫よ! それに、あの子も風音ちゃんの通う大学の付属中学に入ってからは、とても女の子らしくなったのよ! 今は高等部に通っているから、常にそばにいることはできないけどね」


 ヒーちゃん……氷雨さんと呼ぶべきだろう。

 彼女の通う学校は、この辺りでは最も学力の高いお嬢様学校で、僕の通う高校にもファンが存在するほどの人気のある生徒が多くいる女子高だ。


 「そういえば、あの子にも他校の追っかけみたいのが付きだしたから、フーちゃんが嫉妬の的になりそうね」


 「……何だか、逆に物騒なんですけど!」


 「大丈夫よ。あの子がきっちりと護ってくれるから!」


 うーん、何かズレている気がする……。


 「そうそう、肝心なことを言い忘れてたわ! 氷雨は伊織の妹だから、広間に戻ったら彼にも声を掛けてあげて!」


 「うん、そうする。大切な妹さんのお世話になることだし、姉ちゃんが大変お世話になってる気がしてならないからね……。ところで、今日は氷雨さんはいないの?」


 「今日は、守家へ挨拶に行ってるからいないけど、来るときにすれ違わなかった?」


 「あれ? 来るときには誰ともすれ違わなかったけど……?」


 「えっ? 今日は参拝者が多いから、エレベーターは混んでいたと思うけど?」


 雫姉ちゃんの返事に、僕はとても驚かされた。


 「??? エレベーターって……なに?」


 「風和、大丈夫か? エレベーターは人や荷物を箱型の部屋に載せて運ぶ装置だぞ」


 椿ちゃんが本気で心配しているのが、無性むしょうに腹が立つ!


 「そんなことは分かってるよ! 僕が知りたかったのは、エレベーターなんて、いつ付けたのか? 何処にあるのか? ってことだよ!」


 「三年前くらいから、社務所の脇に建てた家屋に設置してあったぞ! お年寄りや身体の不自由な方のために駐車場からそのまま来れるようにつけたんだけど……皆が使うから想定よりも混雑して困ってるんだよなぁ」


 椿ちゃんの言葉に、僕はうなだれるしかなかった。


 「フーちゃん、階段から来たのね……クスッ」


 「風和、次からはエレベーターを使うといいぞ……プフッ。……でも、明日は階段側の入口だからな!」


 彼女たちが楽しそうなのが、とても悔しい。


 「そうだ! プレゼントを渡すのを忘れてた!」


 椿ちゃんは唐突に叫ぶと、ガサゴソと机の下からラッピングされた物を取り出して、僕に渡してくる。

 雫姉ちゃんも思い出したのか、「私のも渡さないと」と部屋を出て行った。


 僕はワクワクしながら、渡されたプレゼントをジッと見つめる。


 「椿ちゃん、ありがとう! 開けていいかな?」


 「おう! きっと気に入るぞ!」


 ラッピングを丁寧に剥がすと、ノートパソコンの箱が現れた。僕は、興奮を抑えつつ、中身を取り出した。


 「椿ちゃん、ありがとう! 大好き! でも、この機種って、高性能だから高かったんじゃないの? 本当に貰っちゃっていいの?」


 「構わないぞ! サイドビジネスがうまくいっているからな!」


 「……サイドビジネス?」


 「……うーん……それは、大人の話だから、風和がもう少し世の中を知ってからな!」


 何か怪しさを感じるが、難しい話になるの避けたいので、今はこの喜びを存分に味わうことにした。


 「あれ? 充電されてる?」


 「初期設定やソフトのダウンロードとかは済ましておいたぞ!」


 「こんなに至れり尽くせりで……椿ちゃん、ありがとう!」


 早速、電源を入れ、確認してみる。

 立ち上がりはスムーズで画質も良く、申し分ない。

 『ファルマティスの騎士』まで、ダウンロードを済ませてある。

 僕のメールアドレスまで設定されているのには、少し引いたが、煩わしい作業が無いのは嬉しい。

 『ファルマティスの騎士』にログインしてみると、すんなりと入れてしまう……。


 「椿ちゃん……。僕、椿ちゃんに『ファルマティスの騎士』のパスワードとか教えてないよね!?」


 「……えっ? そ、それは、えーと……風音に調べてもらったんだ……」


 言い方が怪しい。本当は、椿ちゃんがハッキングとかしたのでは? しかし、姉ちゃんなら、僕のパソコンを勝手に調べてもおかしくない。怪しくて何を信じていいのか分からなくなりそうだ。

 とにかく、これだけは言える。椿ちゃんも姉ちゃんも、怪しすぎて怖い。

 ここは、追及せず流そう!




 ノートパソコンの画面に集中する。

 『ファルマティスの騎士』の地図画面を確認すると、画質が良いとこんなに見やすいのかと実感した。

 ゲーム画面を見ていて、あることに気付いた。

 僕の所属する同盟『風の灯』に隣接する同盟の動きがおかしいのだ。

 隣接する領地に強プレイヤーたちの砦が建設されている。


 「椿ちゃん、お隣さんが怪しいんだけど、メンバーで気付いている人はいるのかな?」


 椿ちゃんが僕の傍らに来て画面を覗き込む。

 いい匂いが鼻をくすぐり、振り向くと近すぎる真剣な横顔にドキッとする。

 こんなに美人なのになぁ……。


 「宣戦布告は来てないから、直ぐには攻めてこないと思うけど、メンバーに注意喚起のメールを送っておく」


 彼女に見惚れていたが、その言葉で我に返った。

 椿ちゃんは机に向かうと、カチカチとキーボードを軽快に打ち始めた。




 「フーちゃん、お待たせ!」


 雫姉ちゃんが戻って来た。

 今度は、彼女がプレゼントを僕に手渡す。


 「雫姉ちゃんもありがとう! 開けていいかな?」


 「ええ、どうぞ。姉さんのような大したものではないけど……」


 雫姉ちゃんからのプレゼントは扇子だった。

 黒の漆塗うるしぬりで手元から延びる紐には潤守神社の神紋しんもんが掘られた水晶が付けられている。

 広げてみると、芍薬しゃくやくの香りがし、中央には御朱印が記されていて、金狐と銀狐のイラストも描かれていた。

 その端には、草書で何やら書かれているが、達筆すぎてわからん。


 「そんなことないよ! ありがとう。大切にするね! この端にある文は、なんて書いてあるのか教えて?」


 雫姉ちゃんは顔を真っ赤にし、かすかな声で「秘密」と言った。


 注意喚起のメールを送り終えた椿ちゃんが、僕の背後から書かれた文を覗き込むように見ると、クスクスと笑い出した。

 そして、彼女から、その扇子と短刀は、常に身に着けておくようにと言われた。


 その後は、三人で語らい、つかの間の団欒だんらんを楽しんだ。



 ◇◇◇◇◇



 「そろそろ、帰さないとな! 次からは、本殿と神殿を自由に行き来できるから、自由に遊びに来て構わないぞ。それと、帰りは気を失わないから、靄に包まれてから晴れるまでジッとしていれば、本殿に着いているからな!」


 椿ちゃんは他人事のように簡単に言い放つと、私室から出て広間へと向かった。

 僕と雫姉ちゃんも後に続く。


 広間を見ると、先ほどの席の後ろに大きな鏡が置かれていた。


 「あの鏡は?」


 「あれで『鏡渡かがみわたし』……転移を行うの。霊力の宿った鏡同志なら中を行き来することができるから便利なのよ。次からはフーちゃんも本殿の鏡の前で神殿に来たいと思えば来れるようになるからね。さあ、フーちゃん、そこに座って!」


 僕は雫姉ちゃんに促されて、指定された場所に座り、リュックにノートパソコンをしまうと、皆に挨拶をする。


 「皆さん、今日はありがとうございました。また、遊びに来ますね」


 僕は軽く頭を下げると、神使たちも頭を下げた。

 ただ一人、伊織さんだけは僕に近付いてくる。


 「まだ、未熟な妹ですが、氷雨のことをよろしくお願いいたします」


 「はい。僕の方こそ氷雨さんにご迷惑をかけそうで、申し訳ないです。それと、気苦労が絶えないと思いますが、姉ちゃんのことをよろしくお願いします」


 僕は軽く頭を下げた。


 「そりゃぁ、初めての夜はご迷惑かけまくりだろうな。あはははは!」


 僕たちの会話を聞いていた椿ちゃんが、下ネタを言い出した。


 「「黙れ! !!!」」


 伊織さんと声を揃えて怒鳴ると、椿ちゃんはうつむいて、何やらブツブツと言いだしていたが聴き取れなかった。

 その後、シュンとしていじけてしまった。

 ……本当に面倒くさい!

 伊織さんと眼を合わせると、二人で溜息を吐いた。


 「姉さん、しっかりしなさい! 明日は、フーちゃんと氷雨ちゃんと三人でデートなんでしょ!」


 「そーだった! よし!」


 雫姉ちゃんの一声で、椿ちゃんは見事に復活した。

 さすが姉妹、椿ちゃんの扱いがうまいと感心してしまう。


 「では、送るぞ! 風和、明日の午前一一時に潤守神社の入口だからな!」


 「うん、分かってるよ」


 椿ちゃんは、一度僕の様子を確認すると、ブツブツと唱え始めた。

 僕の周りには、例の靄が現れ、包み込んでくる。


 「ブー、ブー、攻撃を受けてます! ブー、ブー、攻撃を受けてます!」


 奥の部屋から音声が流れてくる。これは、『ファルマティスの騎士』の警告音!

 他同盟が攻めて来ているのだ。

 椿ちゃんは、眉間に皺を寄せ、僕に向かって叫んだ。


 「宣戦布告もなしに攻めてきやがった! 風和、あいつらを殲滅せんめつするぞ! 本殿もワイファイがつながるから、向こうに戻ったら直ぐに援軍を出してくれ!」


 僕が黙って頷くのを確認すると、儀式を全て終えた様子の椿ちゃんは、奥の部屋へと走って行った。


 彼女が去った後、僕を覆っている靄は、渦を巻きだした。


 「姉さん、ちょっと、これおかしいわよ!」


 雫姉ちゃんから不安にさせる発言が聞こえるが、靄の中の僕からは何も見えない。


 「姉さん、早く来て! この……じゃ……ど…………わか――」


 雫姉ちゃんの声が途切れだし、最後には聞こえなくなった。




 そして、靄が晴れると、僕は真っ暗な空間にいた。

 あれ? 本殿じゃない!!!

 辺りには闇が広がっているだけで何もわからないが、今、目を開けていることは実感できる。 

 しばらく待ってみても明るくなることはなく、方角も平衡感覚も失っているような感じで、無重力空間に浮いているような、そんな感じだった。

 これ、絶対何か間違ったよね!!!

 ふと、走馬灯の様に、家族が口を揃えて言っていたことを思い出す。


 「うちの神様はどうしようもない! 面倒くさい! って、こういう所を言われているんだろうな? 椿ちゃん、ポンコツ無駄美人すぎるよ! 次からは駄女神も追加しよう!」


 僕は、独りごちるのだった。

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