第5話 怪物にでも成り下がる

「そんなことができるんです? いや、できたとして、何故お前がそのことを僕に教えるのです?」


 明確な悪意を感じます。


「だ、騙されませんよ」


「いや、お前は女神を天に戻したいはずだ」


「そうですけど。お前こそ、目的はなんです?」


「代替わりだ」


「というと?」


「鍵の怪物は一人ではないということだ。どのみち俺は死ぬが、次の怪物が生まれる。俺は異界を繋ぎ魔物を放った。正直、それで人の世が滅ぼうがどうなろうが知ったことではない。俺は扉さえ開くことができたら自由になれたんだ。だから、お前には次の怪物になってもらう」


「え、僕がですか? ふざけるのはやめて下さい」


「これは契約だ。人を女神にする方法は一つ、生贄だ。誰かが怪物にならなくてはならない」


 え? 破滅の使いが怪物ではないのですか? 人を怪物として捧げて女神が成るのです? 


「女神様が天上に戻り、魔との繋がりも断つことができると? その代わりに、僕が鍵の怪物にならなければならない?」


「とても単純明快だ。お前は確実に契約する。怪物に堕ちることは、名誉なことだろう?」


 こんな醜悪な存在に、この僕が成り下がるのです? いや、考えを改めてみましょう。僕なら女神ローザ様を救えるのです。どの道、この怪物も命は尽きるのです。僕がどのような形で怪物になるのか想像もつきませんが、僕一人の犠牲でローザ様が救えるのならば。


「早く決めろ。俺の命が尽きる」


 こいつの命が尽きた場合、異界との扉は開いたままです。これからも魔物による犠牲者が増え続けることでしょう。


「……分かりました」


 僕は苦虫を噛むように伝えます。女神ローザ様。あなたが天上に戻ることができるのならば。僕は怪物にでも成り下がります。


 怪物は大きな口で呪文のような禍々しい文言を発しました。怪物の身体が煙に巻かれ、僕に向かってきます。


 慌てて後退しましたが、煙は僕を飲み込みます。息ができません。


 けれども、息ができました。僕の第一声は獣の唸り声でした。


 鍵の怪物は息絶えました。けれども、僕はローブを脱ぎ捨てて咆哮します。僕の皮膚を灰色の毛が突き破り、僕は僕でなくなったことを嘆きました。この声も、女神を憎むような悲しい声でした。


 意識が完全になくなる前に、僕は短剣をローザ様に届けなければなりません。脳内をほの暗い感情が這ってきます。


〈僕は鍵の怪物。扉を開けるのが使命。今は誰かのおかげで開いています。閉じられる前に女神ヲ殺セ〉


 できません。僕はローザ様の手のそばに短剣を置きます。


〈女神ヲ殺セ〉


 僕にはできません。できません……。感情がせめぎ合います。ローザ様が目覚めるまで。僕は耐えてみせます。


「それまで。僕ハ、ここニ、イマス、ズット、イル」


 何分過ぎたのでしょうか。僕は意識を保てなくなりそうです。




 白いドレス。透きとおるブロンズの髪。


 ドレスの肩から胸元にかけてあしらわれたフリルが揺れます。


 ローザ様が息を吹き返しました……。


 僕に気づいてくれます。手元に短剣があることに気づいてくれましたね。


 お願いします。殺して下さい。


 よだれが落ちます。ローザ様がのけぞって目を覚まします。驚きで声が出ないようです。一拍おいて、僕の姿をお認めになります。


「ジュスト! 助けて!」


 僕の名前を呼んでくれましたね。これで、僕は満足して死ねます。


 僕が僕で亡くなる前に殺して下さい。


 そして、ローザ様は女神に戻って下さいね。復讐なんてことは考えなくてすむように。


 僕は、ローザ様が黄金の椅子に座っている姿をいつも思い描いていました。


 だから、今、目の前でローザ様が何に恐怖しているのかだんだん分からなくなっても、ローザ様の姿だけは思い描けるんです。


 僕の意思とはちぐはぐな動きをしている僕の身体。お願いします。ローザ様、殺して下さい。僕はあなたの生贄です。


「グガアアアアア」

 


――――――――――――――――――――――――――――――――




 私は黄金の椅子に座った。ここから深く暗い穴を見つめ続けるの。


 こちらに迫ってくるように渦を巻く穴は、私の赤い瞳で見つめている間はその大きさを変えない。誰もとおることのできない小さな穴になる。


「ジュスト。ごめんなさい。私がとどめを刺した怪物はあなただったのね。ごめんなさい。本当にごめんなさい」

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復讐の女神のために神官は、怪物にでも成り下がる 影津 @getawake

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