オーヴェルニュ蜂起

「民衆諸君!よく聞き給え!"人民のための政府"などと偽り首都でふんぞり返す共和国政府は、ヴィルバスとの国境紛争を理由にここオーヴェルニュの民を徴兵し、紛争に送り込もうとしている!」


 街の広場の中心で、軍服を身にまとった男が拳を握りながら観衆を前に言葉を紡ぐ。男の軍服は、国防軍のもの灰色でも、革命親衛隊のもの青色でもなく――かつての王国軍のもの白色であった。


 男の名前はエヴァリスト・ヴィヴィヴァン・ヴェスピニエ。かつて1人の州兵としてルスター革命戦争を反革命軍側で戦い、敗れた後外国に亡命していた経歴を持つ人物である。彼はある使命を持ち、観衆の前に立っていた。


 ヴェスピニエが言葉を発するたびに、観衆から力強い賛同の声が、あるいはルコテキアに座る権力者たちに対する憎悪の叫びが上がる。王国旗を振り出す人間まで現れるに至り、恐らく健全な共和国市民が見れば漏れなく卒倒するであろうことは想像に難くない。


 しかし、ヴェスピニエが語るこの場はルスターの敵国であるヴィルバス帝国領でも、あるいは大陸に存在する君主制諸国の領土でもない。王を吊った国であるルスター共和国の西部に位置するオーヴェルニュ州の州都――都市、シェーヌで彼は堂々と語っているのである。


 何故共和国においてここまで共和国を憎悪する声が上がるのか?その原因はオーヴェルニュ州が共和国に組み込まれたその過程にある。オーヴェルニュ州は伝統的に王政を支持する保守的な農民が大多数を占める州であり、それ故ルスター革命においてオーヴェルニュ州は州兵だけでなく農民でさえも革命軍に対し激烈な抵抗を行い、他の全ての州が革命軍の軍門に下ってなお半年に渡り抵抗を続けた。そして──ヴェスピニエも抵抗に加わった1人であった。


 最終的には十数万の民兵を投入した革命軍によって制圧され、オーヴェルニュ州兵は革命軍による壮絶な反革命派狩りによって多くが虐殺された。州都シェーヌは『反革命的である』とした共和国政府によって徹底的に破壊され、革命前は20万を数えた人口は5万程度にまで減少し、多くの市民が共和国軍によって処刑されるか農村地帯への追放を余儀なくされた。更に新たなオーヴェルニュ州都は唯一革命側に付いて戦った州東部のオーラックに移された。


「私は問おう、"何故ラダニアのために死なねばならんのだ?"と」


 怒りを言葉に含ませつつ、しかしあくまでも感情を昂らせずにヴェスピニエは観衆へと語り掛ける。現在共和国軍はルスター東北部に位置するラダニア地方を巡り、ヴィルバス帝国軍と国境紛争を戦っている。


 現状においては両軍ともに国境警備部隊同士の小競り合いで収まっているが、共和国軍総司令部は帝国に動員の兆しありと判断。ラダニア地方以外の対帝国国境に合わせて11個師団を増派すると共に後方予備戦力の充実のために徴兵令――後の世に"西部動員法"と呼ばれる命令の発令を共和国議会に求めた。


 その内容としては、それまで徴兵を免除、あるいは緩い条件で適用されていたロシェミエール・オーヴェルニュ・ヌーヴェル・ブレターニェの西部4州において十数万規模の徴兵を実施、更には各地方政府ごとに割り当てられた徴兵枠はを除いた市民から抽選で選ばれるというものであった。


 観衆から『そんな理由は存在しない!』という言葉の大合唱が返ってきたのを聞いたヴェスピニエは、語気を徐々に強める。


「首都から出ない政府の連中は、オーヴェルニュの民を2年前散々にいたぶったことも忘れ、あろうことかルスターの領土ですらないラダニアのために死ねと命じてきた!しかも、ご丁寧に多くの利益をオーヴェルニュから搾取し、連中に税金という形で上納するオーラックの豚共は戦場に行かないように便宜を図る始末ときた!」


 『ふざけるな!』『我々を馬鹿にするのも大概にしろ!』などと観衆は叫び、広場は異様な雰囲気に包まれる。それを見計らい、ヴェスピニエは近くに控える部下を呼び寄せ、耳打ちをした。


 彼の指示を受けた部下は足早に広場を去る。しばらくして広場に現れたのは、手足を拘束された複数の人間であった。腰丈のジャケットを纏った役人や国防軍の軍服を着た軍人など、その装いは様々であったが、彼らは皆、その首に『私は革命勢力にルスターを売り渡した売国奴です』と記された札が掛けられている。


 ヴェスピニエはこの演説に臨む前に、外国で集めた反革命派の同志を率いてシェーヌを速やかに占拠し、駐留軍や市政府の高官を前もって捕らえていた。オーヴェルニュに駐留する国防軍部隊から多くの同調者が出たことや市民がこれに加わったことで、彼は政府に気づかれることなくシェーヌの占拠に成功したのである。


「ご覧に入れよう民衆諸君。彼らは首に下げているように、我らのルスターを共和国政府に売り渡し、それに飽き足らず政府の犬として諸君に“ラダニアで死ね”と命令するためにここシェーヌにやってきた人間である」


 ヴェスピニエの言葉を聞き、観衆は拘束されて引き摺り出された人間に対しあらんばかりの罵声を浴びせる。自らの声が通る程度には罵声が落ち着いたタイミングで、彼は再び言葉を発する。


「オーヴェルニュ州長官、シェーヌ市長、国防軍シェーヌ駐留大隊長、市民警察シェーヌ支部長。──彼らの処置は、私は諸君らに委ねようと思う」


 ヴェスピニエのその言葉に観衆は歓声を上げる。拘束された人間達は恐怖に顔を歪め、必死に命乞いの言葉を口にするが、ヴェスピニエはそれらを無視して聴衆へと向き直る。


「民衆諸君!せっかくの機会だ!彼らが最も愛する、『民主主義』とやらの流儀に従って、彼ら自身の処遇を決めようではないか!彼らに慈悲をくれてやろうというものは右手を、罰をくれてやろうというものは左手を挙げ給え!」


 ヴェスピニエはそう言うと、聴衆に背を向け、広場の中心に置かれた演説台に両手をつく。直後、彼の目の前に座る数百人もの人間が一斉に手を挙げ始めた。その中に――ただ一人として、右手を掲げる者はいなかった。


「圧倒的、圧倒的多数ではないか!見えるか、『共和主義者』の諸兄よ!貴様らの愛する民主主義は、貴様らの死を望んだ!」


 そう言いながらヴェスピニエは部下に目配せし、哀れな生贄を熱狂する民衆へと差し出すように要求する。その意を組んだ部下が拘束されて身動きの取れない生贄の身体から一切の衣類を剥ぎ取り、広場の中心部に横たえた。


 それを合図に、熱狂する群衆が生贄へと群がる。ある者は自らが持つ拳銃を、またある者はナイフを手にして、哀れな犠牲者へと襲いかかる。広場に絶叫と鮮血が飛び交い、そのさなかでヴェスピニエは高らかに宣言する。


「ここに宣言しよう!我々は『革命に対する革命勢力』である。我々は4年もの間耐え忍んできた。我々は祖国を汚し、醜い戦争へと引きずり込もうとする裏切り者共がのさばるこの共和国に正義の鉄槌を下すものである!」


 後の世に『白色派ブラニスモの反乱』、あるいは『西部反革命戦争』と呼ばれた、共和国建国以来最大の反革命反乱が幕を開けた瞬間であった。

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