実戦投入

「もう一度だけ言ってくれ」

「はっ。西部各州からの報告によれば、件の『反乱軍』はオーヴェルニュ州シェーヌで蜂起し、同市を占拠した上で駐留部隊指揮官や市長らを殺害し『反革命反乱』を宣言。直ちに西部州兵総局指揮下の州兵部隊が鎮圧に向かいましたが、鎮圧部隊から反乱軍へと寝返る兵士が続出し、初期段階での鎮圧は失敗しました」

「続けてくれ」

「反乱軍はオーヴェルニュ州全域に拡大したのみならず、近隣のロシェミエール州やヴェーニュ州へと拡大。『西部動員法』に反対する農民なども多く加わり、3州は現在ほとんど反乱軍の支配下に置かれています」


 ルコテキア中央部、共和国革命議会に置かれた執務室において、革命議会国民党ナシオン下院院内総務のサンダリオ・アルバ・サバレタは共和国国防軍革命議会国防委員会付政軍連絡官のディアス中将の報告を受けていた。


 反乱の報告自体は既になされていた。しかし──共和国の政治的安定を確保するという任務の一翼を担う革命議会議員としては恥ずべきことであるが──地方での農民反乱自体は珍しいものではなかった。反革命的なものに限らず、租税減免や徴兵反対、待遇改善を訴え農民が決起するというのは、他の君主諸国と共和国で然程違いはなかった。


「国防軍の出動は」

「西部方面軍には既に出動準備命令を発出し、第44歩兵師団と第67歩兵師団が反乱軍に占拠された3州の近隣諸州へと展開中です。しかし、『ラダニア案件』によって主力部隊は国境部へと引き抜かれており、現在展開中の陸軍戦力での迅速な鎮圧は些か難しいというのが統合作戦本部の見解です」

「国境戦力を減らして西部鎮圧へと回すのは」

「長期的に見れば、可能であります。ただし作戦準備中の部隊を動かすことは作戦計画に多大な影響を与え、帝国軍を利する結果を生ずる蓋然性が高いことはご留意いただきたく思います」


 ディアス中将の言葉に、サバレタは眉根を寄せる。立場上明言はしないものの、共和国国防軍としては『ヴィルバス国境に展開中の陸軍部隊は動かせない』という意向であることは想像に難くない。


「ライン方面に展開中の部隊は?」

「院内総務閣下もご承知の通りライン政府は少なくとも現在においては中立政策を維持しており、彼の国と我が国の国力比を考えた際に国境の部隊を動かしたとてすぐさま何かしらの軍事行動を誘発する結果にはなり得ないと考えております。但し、情報部はライン政府が駐ヴィルバス大使館を通じてヴィルバス政府と同盟交渉を開始しつつあるという情報を掴んでおり、将来的にはどうなるかはわかりません」

「……どちらにせよ、国境に展開する部隊は動かすのは得策ではないと」

「残念ながら。西部動員法により補充されるはずだった兵員も此度の反乱によって徴兵作業が事実上中断された状態になり、その影響で国内に残留する各師団の充足率は悪化しております。臨時措置として一部師団を解隊しその兵員を他の師団に統合する作業を進めていますが、編制完了の目途は立っておりません」


 サバレタは大きく溜息を吐く。ヴィルバス帝国軍の動員やラダニアでの衝突の拡大を受けて共和国国防軍が対外戦争に向けて体制を整えてきたところに起きたこの反乱。全くの想定外の事態だ。いや、あるいは――


 その時であった。執務室に、ノックの音が響く。


『失礼いたします。院内総務閣下、本会議が間もなく始まります』


 ディアス中将との会談で席を外させていた秘書官の声が響く。それを聞いたサバレタは立ち上がり、ディアス中将と目を合わせる。


「これから私は大会議室へ向かうが、君は?」

「アルベルト国防次官の答弁補佐人として同席させていただくことになっております」

「そうか、ではまた後で会おう」

「ええ。それでは私は失礼いたします」


 ディアス中将はそう言って一礼すると、執務室を後にしてゆく。彼の背中を見送ったサバレタは、執務室の扉を開けて秘書官に呼びかけ、すぐに移動する旨を伝えた。


――――――――――


「我々は革命当時から既に幾度となく声を上げてきたが──ここに至っては、頑固なナシオンの諸兄にも我々の主張が理解していただけるだろう。オーヴェルニュは共和国からしなければならない。我々はすぐにでもあの不忠なるオーヴェルニュ、そして愚かにもその反乱に従った西部諸州を実力を以て革命化しなければならないのである!」


 数刻後、革命議会本会議場において。壇上に立つ男――前進革命党プログレス下院議員のフランシスコ・デ・ミランダはそう気炎を吐いた。


 革命議会諸政党の中で最も過激とされるプログレスの中でも、更に急進的と呼ばれる『修道院派』に所属する彼は革命当時抵抗を続けていたオーヴェルニュ州に対して軍民を問わず州内の『反革命勢力』を文字通り全滅させる『絶滅命令』を起草し、現在と同じように革命議会で反対する穏健共和派議員らと激しい議論を繰り広げていた。


「しかし、先ほどアルベルト次官からも説明があったように陸軍は隣国との国境に展開中で、国内に展開している部隊は一部を除いて充足率が低下している二線級部隊だ。そのような状況で西部3州のみならず周辺諸州をも飲み込もうとしている反乱軍とまともに戦えるのか?」

「何を言うか。確かに国防軍はこの反乱に対応できないかもしれない。しかし、我が国には存在するではないか。国防軍が対応できない事態に備えて出動させることが出来る部隊が。まさしくナシオンの諸兄によって作られた!」


 ミランダのその発言に、議場は喧騒に包まれる。議会の入口から見て左側の座席を占める親軍派政党・防衛戦線『青白赤』フロント・トリコロールの議員などは、顔を真っ赤にしながらミランダを睨みつけている。その中から一人の議員が立ち上がり、彼に対して若干の怒気を含みつつ言葉を発した。


「……ミランダ議員、それは――国防軍だけでは力不足であるがゆえに、革命親衛隊を反乱鎮圧に投入せよ。そう言いたいのか?」

「その通り。革命防衛法の第六条には『革命防衛組織は、共和国の危急の事態に対応するために必要であると共和国議会が認めた場合、公共の秩序を維持するために必要と認められる限度において実力行使を行うことが出来る』と規定されている。この条文を適用すれば、この『共和国の危急の事態』に革命親衛隊が対処するために出動することは合法的行為であろう!」

「……確かに法解釈上革命親衛隊が出動することに違法性はないかもしれないが、しかし革命親衛隊は小規模な農民反乱や街頭暴動に対して出動する程度しか想定されていないはず。此度の反乱はこれまでのものとはおよそ規模が違う。そのような事態に対して、革命親衛隊が有効な対抗策になり得るか、私は些か疑問に思うが」

「それはこれから話していただくことになる。……議長閣下、事前に申請させて頂いた通り、革命親衛隊総司令官アンセルヌ・エルネスト・ベタンクール大将閣下をお呼びいただいてもよろしいですか」


 ミランダの声に議長は鷹揚に頷き、傍らに控える係官に指示を出す。議会がますますの喧騒に包まれる中、議場には青い軍服を身に纏った一人の将校が入場し、答弁台へと上る。ベタンクール大将が登壇したのを確認したミランダは、壇上から彼に対して発言を促した。


「ベタンクール大将閣下、此度は召喚に応じていただきありがとうございます。革命前進党のフランシスコ・デ・ミランダと申します」

「共和国の緊急事態において、共和国の象徴たる革命議会の要請に応えぬ市民がどこにいましょうか。小官に応えられることならば、何なりと」

「感謝いたします。では、早速ですが閣下に質問をさせていただきます。閣下もご存知の通り、我らが共和国の西部は現在、反革命軍を名乗る暴徒によって武力制圧されており、本来ならばその対応をすべき国防軍は敵国の挑発行為、そして反革命分子による妨害行為によって展開が阻まれています」

「承知しております。……結論から申し上げますと、我が革命親衛隊は――国防軍との協働を前提とした上で――この反革命反乱を鎮圧し、祖国を混乱と恐怖に陥れる反革命勢力を速やかに排除することが可能であると考えております。そして、そのための準備も我々は既に完了しております」


 ベタンクール大将の発言に再び議場はどよめく。彼の言葉に我が意を得たりと、ミランダは頷きつつ言葉を続ける。


「それは心強い。より具体的に、どれほどの戦力を投入できるか伺ってもよろしいですかな?」

「もちろんです。ここルコテキアに駐留する首都特別親衛師団、中央方面親衛隊集団隷下の第1親衛擲弾兵師団及び第2親衛騎兵師団、南部方面親衛隊集団隷下の第8親衛混成師団は命令さえあれば1週間以内に戦闘地域に展開することが可能であります。また、第57親衛歩兵連隊を始めとする共和国中西部に駐屯する各独立部隊も同様であります。革命親衛隊としては、この反乱鎮圧のために兵員6万と大砲120門を供与する用意があると申し上げます」


 滔々と答えるベタンクール大将に対して、彼と同様に議会に召喚されている国防省のアルベルト国防次官や国防軍のディアス中将、そしてフロント・トリコロールの議員たちは苦々しい表情を浮かべた。


 ベタンクール大将の発言は、つまるところ国防軍が力不足であるのなら、革命親衛隊がそれを埋め合わせることが出来るという宣言に他ならない。


 それは国防軍にとっては極めて不愉快な事態であることは誰の目にも明白であった。


 これまで国防軍が革命親衛隊の存在を許容していたのは、彼らが『増強された警察部隊』としての位置に置かれており、『共和国唯一の野戦部隊』としての国防軍の立ち位置は名目上守られていたからである。


 プログレスをはじめとする急進派、もしくは早急な鎮圧を求めるナシオンの一部議員がベタンクール大将に対して期待を向ける中、ミランダは議長の方を再び向き、発言の許可を求めた。


「議長閣下、ここで私より議員提案をさせていただきたい。よろしいでしょうか」

「……許可しましょう。ミランダ議員、続けなさい」


 議長の許可を受けたミランダは議場に向き直ると、大きく息を吸い込んだ後に大声で発言する。


「私、革命議会上院議員フランシスコ・デ・ミランダはここに議員諸兄に対して提案いたします。1年間の時限規定付きでの──ルスター共和国革命親衛隊による反乱鎮圧と、それに伴う革命保安省の権限拡大を可能とする革命議会緊急令の制定を!」


 議場が三度どよめきに包まれた。フロント・トリコロールの議員たちは立ち上がってミランダに詰め寄ろうとするか、議場警備の共和国兵によって制止され、ナシオン議員の間では明らかに温度差が生まれていた。


 喧騒と混沌に包まれている議員たちを係官は議員提案に対する賛否表明を行うための投票用紙の配布を始める。


 投票の集計は迅速になされ、それを受けて議長が立ち上がり口を開いた。


「私はここに宣言する。この投票は神と共和国市民に誓って公正かつ有効に為された。その結果を公表するものとする」


 議長の言葉に、議場の喧騒は一気に静まる。それを見届けた議長は、投票の結果を宣言した。


「──賛成304票、反対288票、棄権8票。革命議会下院は、フランシスコ・デ・ミランダ議員による議員提案を可決する」


──────────


 教暦612年7月22日に革命議会下院を通過した『ルスター共和国西部における反革命反乱鎮圧を目的とする革命親衛隊の出動及び革命保安省の権限拡張に係る革命議会緊急令』は、即日上院へと送られ、深夜に可決・発令された。


 上院における可決を受け、直ちに革命親衛隊総司令部は隷下部隊に対して西部諸州への出動を準備するよう命令。


 恐怖と畏怖の声と共に歴史に刻まれた『蒼色の軍隊』ルスター共和国革命親衛隊の、その最初の戦役が始まろうとしていた。

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