共和国革命親衛隊

 


 ルスター共和国革命親衛隊。共和国国防軍と共に共和国を防衛する戦力の一翼を担っている『革命の尖兵』は、共和国政治の混沌から生み出された代物であると言っても良いであろう。


 ルスター革命以降、史上初めて市民の手によって自らの王を吊った市民革命共和国──ルスター共和国は、男性普通選挙によって選ばれる共和国議会、議会によって信任される執政政府、法律知識人から民選される裁判官による共和国統合裁判所、そして徴兵制に基づき編制される共和国国防軍によって共和国政府の正当性を担保する体制が構築され、度重なる内政干渉にも関わらず盤石の体制を築いた。


 ──ように見えていた。実際のところ、この期間というのは後の世に『千日政変』と呼ばれるほど、ルスター史上最も混沌とした政治情勢の時代であった。王政転覆という点でのみ一致していた革命各派の連合は、王を吊った直後に空中分解した。


 あくまでも共和国に対し協力的な貴族や豪商らとは妥協し、外国との関係修復を図るべきと主張する穏健共和派モデール


 市民革命の完遂を主張し、外国に対しても妥協なき態度で臨むべきとする過激共和派エクトレミステ


 市民革命の更に一歩先の段階である民主自治、すなわち中央政府の廃絶と小規模な自治政府による連邦国家を形成するべきであるとする連邦派フェデラル


 さらには軍を後ろ盾にする軍事独裁政権を打ち立て、反革命的な外国勢力を排除することを最優先するべきとした軍権派ミリタリステ


 これら各派閥が共和国議会において――もしくは首都ルコテキアの街頭において革命の主導権イニシアティブを握らんとした動乱の時代。それが革命直後のルスター共和国であったのだ。軍事的な手段を用いたクーデターは未遂も含めて4回、そうでない政治的なクーデターも含めればその数は2桁を数える。


 そして、その過程において大きな存在となったのが、ルスター共和国国防軍であり――主に軍権派や過激共和派が政権奪取を狙うにあたって重要な役割を果たした。


 現在のルスター政府を掌握する穏健共和派が政党化した『国民党ナシオン』と過激共和派から分派した『統合共和党インテグラ』の連合政権は常に国防軍による政権転覆を恐れ、彼らを牽制する存在を求めた。


 教暦609年9月11日、国民党議員団によってある法律が共和国議会に提出される。その名は『共和国防衛における革命防衛組織の設置並びに運用に関する法律』。通称革命防衛法と呼ばれることになるその法律は、革命当時に重要な役割を担った市民義勇兵である『革命警備隊』をモデルとする新たな軍事組織の設立を求めた法律であった。


 軍権派を中心とする政党『共和国防衛戦線"青白赤"フロント・トリコロール』などによる激しい反対や当時の国防軍中央幕僚部長による異例の非難宣言が出されるなど、国防軍などによる反乱すら噂されたほどの混乱を経て、2ヶ月後の11月23日に法案は成立し、革命防衛組織は創設された。


 『革命親衛隊』と名付けられたその組織は、男女平等・入隊による徴兵免除などを掲げたこともあり、失業者や革命以後もしばしば劣悪な待遇に身を置くことを余儀なくされた女性を取り込んで急激に勢力を拡大させていった。


 612年現在において革命親衛隊は現役兵力8個師団10万、予備兵力として『親衛隊国防予備民兵団』13個師団16万の戦力を有し、『革命防衛のための責務の一切を管轄する』として新設された革命保安省の指揮下にある。


──────────


「……革命親衛隊の方が、ここに何の用ですかな」


 院長の声のトーンが変わったのをマリアは感じ取った。


「あぁいえ、勘違いなさらないでください。我々は何か咎めるためにここに来たわけではありません」

「では何故……」


 孤児院長は警戒心を隠さない声色で、女性――コルデー大尉に訊ねる。


「……我々は、端的に言えば募兵に来ました」

「募兵ですか?御冗談を、ここにいるのはまだ年端も行かない子供たちですよ」

「もちろん承知しております。しかし、我々は国防軍とは違い入隊の年齢制限は存在しません」」


 眉を顰める孤児院長に対してコルデー大尉は淡々と答える。


「そういう問題では……」

「失礼ですが――この共和国において、身分証明が出来ない孤児に対する権利は殆ど保障されていません。公立学校への入学権は存在せず、公務員の要件にも父母の所在が明らかであることが求められます。この国は『市民のための』共和国であることは当然ご存じでしょう」

「……それは、重々承知していますが。それと、あなた方の募兵に何の関係が」

革命親衛隊我々は、国防軍とは違い完全志願制を採用しています。もし戸籍がない孤児であったとしても、入隊後に上官や年上の隊員との間で養子縁組を組ませることも可能です。つまり我々が申しあげたいのは――革命親衛隊は彼らのような孤児にとって多くの可能性を与える組織であるということなのです」

「しかし、そうは言ってもあなた方は革命防衛組織として有事の際には出動しなければならない。命の危険があるというのに……」

「それこそが我々が入隊を勧める理由です。我々は"革命の防衛"を共和国市民――その代表である共和国議会から委託された組織として共和国市民の期待を背負う組織です。それはこの国において最も栄誉ある職務であると信じております」


 なお食い下がる孤児院長に、コルデー大尉は冷徹な表情で言葉を返す。その言葉に、マリアはハッとした。『革命を守る』ことを勧める存在が現れるでしょう――かつて聞いた予言が、まさに今実現したのである。


 しかし、孤児院長は中々折れない。対するコルデー大尉も粘り強く説得を続けるが、それでも孤児院長が首を縦に振る様子はない。そんな状況がしばらく続き、根負けしたのか、ついにコルデー大尉はため息をついた。


「……そこまでおっしゃるのならば無理強いは致しません。今日はひとまずここらでお暇させていただきましょう。突然の訪問、誠に申し訳ありませんでした。また後日、改めて伺うことがあるかもしれません」


 そして、コルデー大尉はそのまま部下を連れて退去しようと踵を返す。


『マリア、啓示の時は今来たりました。使者にあなたの意思を告げるのです』


 その時であった。マリアの脳内で、4年前の啓示と全く同じ声が響く。その声が聞こえた時、マリアの心中で覚悟は固まった。彼女は小走り気味にコルデー大尉の下に駆けより、勇気を出して話しかける。


「あ、あの……!待ってください!!」

「うん?」


 コルデー大尉はマリアの声を聴くと、歩みを止めて彼女の方へ振り返った。そして彼女の顔を見て、少し驚いたような表情を浮かべつつ、目線をやや下げ口を開く。


「君は……あの時の子だったか。無事に帰れたみたいだね」

「その時はありがとうございました……って、そうじゃなくて。あの、私を――私は革命親衛隊に入ります!」


 駆け寄ったマリアを孤児院長ら職員やアメリーたちが茫然と、あるいは心配そうに見守る中で、マリアは羞恥に耐えはっきりと自分の意思を示した。


 その瞬間、コルデー大尉の表情は一瞬驚きに染まる。しかし、すぐに元の冷静な表情へと戻り、コルデー大尉は静かに頷いた。


 一方、孤児院の関係者はざわめき出す。孤児院長はマリアとコルデー大尉の間に割って入り、マリアの肩を掴んだ。


「マリア、本気で言っているのかい?君は戦場がどんなに悲惨なのか少しは……いや、ともかく。こんな言い方はしたくはないが、君がこの人たちについていけば――もしかしたら、人殺しになってしまうかもしれないんだよ?」

「はい、院長先生。分かっています」

「ならどうして!?」

「……院長先生。先生も知っていると思いますが、私は文字通り革命で命を救われました。命を救ってくれた存在に恩を返すことが出来るというのは、とても素晴らしいことだと思うんです」

「それは……だが、マリア。君はまだ子供じゃないか。それに、これからの未来だって……」

「院長先生、心配しないでください。……これは私の決意です。もう、決めたことです」


 マリアは自分の肩を掴む院長の手を取り、優しく微笑みながら答える。その笑顔を見た院長は、それ以上何も言うことが出来なかった。マリアは立ち上がり、今度はコルデー大尉の方を向き直る。その瞳には、迷いはなかった。


「分かった。我々は君の覚悟を受け容れよう。……君の名前を聞かせてもらっても構わないかな」

「はい、私の名前は――マリア・ジャンヌ・ヴィユヌーヴです」

「いい名前だ。では、改めて。我々革命親衛隊は、貴女を歓迎しよう」


 コルデー大尉はそう言って、右手を差し出した。マリアも彼女の手を握り返し、握手を交わす。


 ――後に『革命の聖女』、あるいは『共和国の女梟雄』と呼ばれる少女、マリア・ジャンヌ・ヴィユヌーヴ。彼女の覇道は、この日を境として始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る