新たなる居場所

「……分かった。私は君の選択を尊重しよう、マリア。君の選択に、神の御加護があらんことを」

「ありがとうございます。院長先生」


 マリアは孤児院長の部屋に移動し、説得すること30分。ようやく院長を説き伏せることに成功した。孤児院から出ていくことを認める書類を携えた彼女は、コルデー大尉やその部下に伴われ孤児院を後にする。


 ドアに手を掛けたマリアの後ろでは、涙を湛えた青色の双眸が彼女の後姿をじっと見つめていた。


――――――――――


「…………」


 孤児院を出ると、外は既に夕暮れになっていた。コルデー大尉らに連れられて孤児院を離れたマリアは、1時間ほど歩いたのちに革命親衛隊の支部だという建物に到着する。


「大尉殿、お戻りになられましたか。上で大隊長殿がお待ちです。……そちらは?」

「ご苦労。こっちは新しく入隊する子だよ。もしここで預かることになったら仲良くしてやってくれたまえ」

「は、はぁ。承知しました」


 建物に入ると、コルデー大尉と同じ軍服を着た親衛隊員が幾人もいた。彼らはコルデー大尉を見て敬礼の姿勢を取り、次にマリアの姿を認めて僅かに眉をひそめる。いかに年齢性別不問の革命親衛隊と言えど、僅か14歳のマリアのような少女は極めて珍しいと言ってもいいようである。


 コルデー大尉はそのまま階段へ向かい、最上階へ登っていく。マリアも彼女に付いていき、階段を上って廊下を進む。やがて、とある一室の前で立ち止まったコルデー大尉は扉をノックした。


「コルデーです。ご入室の許可を頂きたいのですが」

『ああ、入れ』


 部屋の中からは野太い男の声が聞こえてくる。失礼します、と一言添えてからコルデー大尉は部屋へ入った。マリアもその後ろに続く。


「少佐殿、只今戻りました」

「うむ。……そっちは、募兵の成果かね?」

「はっ、残念ながら一名しか確保できませんでしたが……。こちらの少女がその志願者になります」

「ほぅ、これはまた可愛らしい志願者もいたものだな。君、名前は」


 室内に入ると、そこには大柄な男が居た。年齢は40代前半くらいだろうか。短く刈り込まれた髪と、浅黒い肌が特徴的だった。少佐と呼ばれたその男に名前を聞かれたマリアは一瞬だけ躊躇った後、自分の本名を告げる。


「はい、マリア――マリア・ジャンヌ・ヴィユヌーヴです」

「……何故革命親衛隊ここに?」

「私は……私は革命を守るために」

「ほう」


 まるで値踏みするような視線で自分を見つめる男の目を、マリアはしっかりと見据えて答える。男はその答えを聞き、彼女に興味を惹かれたように小さく口角を上げた。


「入隊理由としては満点回答だ、お嬢ちゃん。その年でそんなことを言えるようになった理由が気になるが、まぁいい。そこの大尉殿に聞いているかもしれんが、我々革命親衛隊は来るもの拒まず主義でね。王党派や犯罪者じゃない限りにおいてお嬢ちゃんは歓迎される。……共和国のためにその身を捧げる覚悟はあるかね?」

「はい、私の身は、共和国の――革命の剣となる覚悟です」

「そうか。ならば我らは君を歓迎しよう。この紙に必要事項を書き込んでくれればそれでいい。そうすれば君はすぐにでも革命の盾となり、剣となる」


 男はそういうと一枚の紙を机の上に置く。マリアはそれに目を通し、必要な情報を書き込んでいく。最後の『貴方は政治的及び道義的に正当であり、なおかつ全て人民の要請に基づき成立した自由かつ民主主義的なルスター共和国を全面的に支持し、そしてこれに対する脅威を排除する全ての行動に賛成し、その行動に対して己の身をもって奉仕する覚悟を有しますか?』という項目に『はいウイ』と書き記し、その下にある署名欄に『マリア・ジャンヌ・ヴィユヌーヴ』と記す。


 その紙を手渡すと、男は満足げに笑ってそれを受け取った。


「おめでとう、お嬢ちゃん――いや、ヴィユヌーヴ。これで君は無事我らの一員となった。……では改めて、私は首都特別親衛師団第12親衛歩兵大隊長のクレール・ブルメスター少佐だ」


 男――ブルメスター少佐はそう名乗ると、マリアに向けて手を差し出す。マリアはその手を握り返し、握手を交わした。見た目に違わず、ゴツゴツとした大きな手に彼女は驚く。先ほどまでとは違って、親しみを込めた笑顔を浮かべている少佐の表情に少し安堵した。


「そしてそっちのが、既に聞いているだろうが副大隊長のコルデー大尉。しばらくの間君の世話は彼女がしてくれるだろう。何かあったら彼女に言うといい。頼んだよ、大尉殿」

「了解しました、大隊長殿。……じゃあヴィユヌーヴ二等兵、ついてきてくれるかな。色々と説明しておきたいことがあるから」

「はい、分かりました」


 マリアはコルデー大尉に連れられて部屋を出る。そのまま廊下を進み、1階降りたところがコルデー大尉に宛がわれた執務室だった。中に入ると、書類が山積みになったデスクと来客用のソファが置かれている。


 コルデー大尉に促されてソファーに座ったマリアは、向かい合う形で腰掛けた彼女と向き合う。


(綺麗な人だな)


 改めて対面して、マリアはコルデー大尉を観察する。初めて見たときにも腰まで伸びた青髪や精緻な彫刻のような容貌に驚いたものだが、こうして間近で見るとその美しさがよく分かる。背丈は高く、そのスタイルの良さも相まって女性としての魅力はかなり高い部類に入るのではないだろうか。加えてその落ち着いた雰囲気が、彼女の魅力を引き立てていた。


「そんなに私を見ても何も出ないよ、ヴィユヌーヴ二等兵」

「あ、すみません。つい……」

「謝る必要はないよ。……今から色々話をするけど、その前に何か飲もうか。コーヒーか紅茶、どっちが好き?」

「えっと、それなら……紅茶でお願いします」

「分かった。ちょっと待っててね」


 そう言って席を立ったコルデー大尉は、奥の小部屋へと入っていく。そしてしばらくするとティーポットやカップを載せたトレイを持って戻ってきた。慣れた様子でそれらをテーブルの上に置き、お茶の準備を始める。


 マリアはその様子を、ただ黙って見ていた。それから少しして、テーブルの上に紅茶の入ったティーカップが2つ載せられ、部屋の中には香ばしい香りが立ち込める。マリアとコルデー大尉向かい合う形で座り、互いにカップに口を付ける。


 一口飲んだ瞬間、かぐわしい香りが口いっぱいに広がる。相当いい茶葉なのだろう、彼女の舌にも馴染む優しい味だった。数分後、カップの中身は空になる。ふぅとひと息ついて、マリアはコルデー大尉に視線を向けた。


「さて、改めて。第12親衛歩兵大隊副大隊長のコルデー大尉だ。女性隊員に関する庶務も担当している。まずは──ようこそ、革命親衛隊へ。我々は君を歓迎する」

「あっ、えっと、ヴィユヌーヴ……二等兵です。よろしくお願いします」

「うん、よろしく。それで──君は正式に配属が決定するまでこの第12親衛歩兵大隊の教育中隊預かりとなる。その上で、今から君にいくつか質問させてもらう」


 そういうと、コルデー大尉はポケットから手帳を取り出した。それを見ながら、彼女はマリアに対して質問を始めた。


「じゃあ始めようか。まず──人を殺したことはあるかな?」

「……え?」


 マリアは耳を疑った。目の前の大尉から発された質問が聞き間違いであることを願いながら、問い返す。


「あの……聞き間違いでしょうか?人を殺したことがあるか、と聞こえた気がしたのですが……」

「ん?合ってるよ。私は君が今までに人が殺したことがあるかを聞いているんだ」

「……いえ、ありません」


 表情一つ変えずに答え、マリアの回答を手帳にメモするコルデー大尉に、マリアは一瞬根源的な恐怖を覚える。逆に、この質問に対して頷く人がいるのだろうか、と思いながらマリアは恐る恐る問い返す。


「なぜこんな質問を……?」

「……我々は軍隊とは異質な存在とはいえ、革命の敵から我が共和国を守ることがその任務となる。そして――その過程において、直接的に『敵』を殺すことも厭わない人間を我々は欲しているわけだ。当然、人を殺したことがないことはいいことだ。少なくとも市民社会の中においては、という前提を付けた上での話だがね」

「……」

「しかし、戦場ではその善良さが時に命取りになる。だからこそ我々はまず問うのさ、『人を殺したことはあるか』と」


 コルデー大尉のどこか冷徹さを感じさせる瞳に、マリアは無意識に唾を飲み込む。もしかしたら、とんでもない組織に来てしまったのかもしれない、という考えが脳裏に過ぎり、眼を逸らしそうになる。しかし、その考えを無理やり取り払い、マリアはコルデー大尉に向き直った。


「理解してもらえたかな?それでは次の質問に行こう。――君は、誰かが殺されるところを見たことがあるかな?」

「……!」


 コルデー大尉のその質問に、マリアは顔を強張らせる。それと同時に、4年前の記憶が脳裏に蘇ったフラッシュバックした


 外の世界に開放されたあの日、館の外で見た光景。首と胴体が切り離された死体や、槍で壁に縫い付けられた死体、さらには兵士が掲げた首に対して周りにいる人間が石を投げつけた光景。そして――己が父の生首が、まるで球技に使われる球のように兵士たちによって蹴り転がされ、壁にぶつかって鈍い音を立てる様子。


 呼吸が早くなり、激しい頭痛がマリアを襲った。急激な喉の渇きを感じ、マリアは飲みかけの紅茶を一気に飲み干そうとする。しかし、急に嚥下しようとしたため気管に液が入ってしまい、むせてしまった。


 コルデー大尉はマリアの様子が明らかにおかしいことに気づき、急いで彼女を介抱し、部屋に備え付けられたベッドに横たえた。


「大丈夫か?すぐに医務班を呼ぼう」

「だ、大丈夫……です……。少しむせてしまっただけなので……」

「体に嘘をついて無理をすることは戦場で命取りになる。まだ君は任務には就いていない。休むことについて責任はない。しばらく安静にするんだ」

「はぁ……はぁ……わ、分かりました」


 そういうと、コルデー大尉は水が入った容器をマリアの傍らに置き、部屋を出ていった。彼女が出て行ったのを確認すると、マリアは水を――今度はむせないように、出来るだけ慎重に――飲み、呼吸を整えた。


 さっきのようなことが起きたこと自体は初めてではなかった。孤児院に入ってすぐのころは、夢にあの日の光景が出てきて、思わず叫んで起きてしまい、それが原因で他の子と大喧嘩になったこともあった。しかし年月を経るごとに夢に出ることはなくなり、また出たとしても発作的な症状を起こすことは殆どなくなっていた。


 しかし、さっきのコルデー大尉の質問が引き金となって、マリアはあの光景を──父の生首を目にした瞬間の感情を思い出し、発作が出てしまった。……コルデー大尉の言うように、恐らく革命親衛隊この組織に入ったからには、そう言う光景――人が大勢死ぬ光景、あるいは己の手で人を殺すような事態を目にして、それに対する自分の感情を割り切っていかなければならなくなるのだろう。


 果たしてそれが自分に出来るのか、という疑問が彼女の中で渦巻いていた。

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