11-2

「……あのときの私は、追い詰められていました。言い訳になってしまいますが。無力感と怒りで、頭がどうにかなってしまいそうだった。神を信じられなくなって、の恩寵に匹敵する力を得られないか、正しい意志を持ったものに正しい力が与えられないか……そんなことばかりを考えていた。奇跡について手当たり次第に探しているとき、この変幻の魔法というものを見つけたんです」


 メディの意識はふと現実から離れる。滲んでいた過去がふいに鮮やかに浮かび上がってくる。

 ――いまでも覚えている。

 秘匿されていた変幻の魔法を見つけたときの、あの興奮。あの高揚感。


 探しても探しても見つからなかったものが、ようやく見つかったような。

 ――それは、飢えた盗掘者が不可侵の宝に欲望の手で触れようとするのと何も変わらなかったというのに。


「……これだ、と思いました。その力が何の意味を持つのか、どんなふうに人に尽くすことができるか、なぜ封じられていたのかなんてこともわからずに……手を出してしまったんです」


 苦い後悔が体中に広がる。あのとき、もっと冷静になっていれば。もう少し考えていれば。何度かそんなことを考え、やがて考えることから逃げて忘れていった。


「変幻の魔法は、なんら人々の役に立つものではなかった。むしろ身につけないほうがましなものでした。当たり前ですよね。大きな狼に変身したところで、どうやって人々の役に立てるっていうんでしょう。できることといえば人を脅かすことだけです」


 メディは自嘲する。

 とっさにクロードが反論するような気配を見せたが、頭を振って制した。――気休めの言葉は、それが優しさから来るものであっても、受け取るつもりはなかった。


「私は神殿の誰にも顔向けできなくなりました。自分の愚かさに気づくのが遅くて、でも正面から処罰を受ける勇気も持てなくて――結局、すべてから逃げたんです」


 ――こんな人から離れた場所に住んでいるのも、誰とも交わらないで生きてきたのも、つまりは怯えていたからだ。

 露見する恐怖。捕まり糾弾される恐怖。化け物と怯えられる恐怖。

 つまりは、我が身可愛さに逃げたという一言に尽きる。

 何一つ向き合う勇気が持てなかったのだ。


 メディの言葉で空気が澱んだように、重苦しい沈黙が落ちた。


(……ああ、また)


 また要らぬことばかり吐露している。まるで言い訳するみたいに、クロードに長々と言葉を吐き出している。

 少しでも共感して欲しいとでも言うように。


 ――誰かにこうして話したくて、ずっと飢えてたのかもしれない。

 だがこれで、温かな思い出であったクロードとの関係も終わってしまうだろう。

 彼からの親愛や信用といったものを失ったに違いなかった。


 メディはすうっと大きく息を吸い、そして吐いた。静かに席を立つ。クロードの目がはっとしたように追ってくる。


「ここで見たことは、どうか忘れてください。私はまた逃げます。あなたには迷惑をかけません……だから、この場は」


 見逃してください、とメディは感情を抑えて言った。

 ――知られてしまった以上は、もうここにはいられない。どこかから自分のことが漏れ、本当に神殿の関係者に追われることになるだろう。


 とたん、クロードが音をたてて椅子から立ち上がった。


「だ、だめだっ!!」


 青年は突然声を荒げた。

 メディはびくりと肩を揺らした。思いもよらぬ反論に硬直する。


「ようやく……ようやくあなたに会えた。変幻の魔法だろうがなんだろうが、私には何の禁忌でもない。私にとってはもはや、運命であるとしか思えない」


 クロードの声は強く静かな激しさを帯び、目は爛々らんらんと輝いていた。感情の昂ぶりのためか、顔に赤みがさしている。

 空気からびりびりと伝わってくるような青年の激しさがメディを圧倒した。


「私は、狼(エクラ)が……人であったならどんなにいいかと考えていた。人であったら、私が迎えることができるのにと――」


 メディは内心であっと声をあげた。

 とたん、どっと心臓が激しく脈打ちはじめ、くらくらと目眩がした。


 ――クロードは、言っていた。


『何をなげうっても、彼女を――』


 メディの体は震えた。思わず後じさろうとすると、右腕をつかまれた。


「あなたが逃げる必要はない。私のところへ来てくれ。これからは、いかなるものからも私があなたを護る」

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