11-1

「……」

「……」


 一人の青年と一人の女性の間に、またも気詰まりな沈黙があった。

 小屋の中の小さなテーブルを挟み、二人はどこか所在なさげに座っている。


 メディは差し出された外套にくるまったあと、動揺のあまり家中をひっくり返すようにしてなんとか服を探し出し、身を包んだ。


 クロードの頬はまだ赤く、自分のほうを見ようとはしない。

 メディはますます申し訳なく、強い羞恥もまじって消え入りたくなった。

 それでも、クロードはこの場を去って行くことをしない。


「……事情を、聞かせてくれ」

「! あ、あのですね、私だって好きで全裸になったわけではなくて」

「!! そ、そうではない! その、見てしまったのは申し訳……、あ、あなたがエクラなんだろう!?」


 クロードは焦り慌てて半ば強引に本題に切り込み、メディもまた青年の言葉を勘違いして受け取ってしまったことに慌てた。


 二人してまた――黙り込む。

 だがその間に、メディにも落ち着きが戻ってくる。


(……もう、誤魔化しきれないわよね)


 先ほど、とどめのように目の前で変身を解いてしまったのだ。

 それでも、クロードの表面に嫌悪や恐怖といったものが見えないことにまだ救われるかもしれない。

 メディは、古びたテーブルの表面に目を落として言った。


「……黙っていてごめんなさい。クロードさんのいうエクラ……、十年前に会った狼は、私です」


 胸に凝っていたその塊が、ようやく言葉になってこぼれ落ちた。


 クロードがかすかに息を呑む音が聞こえた。それ以上クロードに何か言われるのをおそれるように、メディは言葉を継いだ。


「私の神殿に、変幻の魔法というものがありました。聖女の奇跡以上に、長く秘匿されていた魔法です」

「……あなたは、後から……その、狼に変身できるようになったということか?」


 ためらいがちに発せられた問いに、メディはぎこちなくうなずいた。

 クロードは抑えた、けれど長い息を吐く。信じがたい――とでも言いたいのかもしれなかった。


「……エクラが、ただの狼ではないことはわかっていた。時々……人間なのではないかと、思うことがあったから」


 形のよい唇から、ぽつりとそんな言葉がこぼれる。

 メディは膝上で手を握った。ごめんなさい、と再び謝った。


「あなたを欺こうとか、騙そうとしたわけではないんです」

「謝らないでくれ。私はただ、あなたのことが知りたいだけなんだ。どうして……はじめに、言ってくれなかったんだ?」


 クロードの声に再び熱がこもる。そこに糾弾の響きはなく、ただただ真摯で、メディは許してもらえたのだと、楽観してしまいそうになる。

 息を一つ整えたあと、意を決して続けた。


「……禁忌なんです、変幻の魔法は。神殿の関係者に露見すれば、彼らはみな私を誅戮ちゅうりくしようとするでしょう」


 クロードが息を詰めた。そんな、とうめくような声がこぼれる。


「人が、獣になる。そんな魔法は汚らわしく許されざるものです。実際、この魔法は、昔、王に盾突いた反逆者たちが持っていたもので、禁忌の記録として神殿が秘匿していたものなんです」

「それは……だが、汚らわしいなどと! 野良犬でも他の家畜でもない、雄々しい狼に変じることの何が汚らわしいと言う!」


 青年の声に俄然がぜん怒りが増し、メディは少し笑った。

 おそらく、狼に対してここまで好意的なのはクロードだけだ。幼い頃に助けたことで、彼を狼好きに変えてしまったのかもしれない。


 メディは目を上げなかった。


「……私が逃げたのは、そのためでもあります」


 クロードが、はっと唇を閉ざす。


「異世界から来たの話をしましたよね。彼女が羨ましくてねたましくて……その力を人々のために尽くそうとしない彼女が憎くて、辛かった。でも私には、彼女のような恩寵は与えられなかった。――だから、」


 だから、力を欲した。


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