3-1

 そんな馬鹿な、ととっさに否定してしまったのは、あまりにも別人になっていたからだった。

 十年という時が経っていると頭ではわかっていても、背の高さや体の厚み、輪郭まで何もかもが違いすぎる。まるで別の生き物のようだ。


 あの少年は繊細で庇護欲をかきたててくるようなところがあった。

 が、このクロードはそのどちらもなく、引き締まった凜々しい立ち姿で、力強く立派な青年の姿をしている。あの胸をしめつけるような優しげな声もどこにもなく、体の内側に響いてくるような低い美声だ。


 ――しかしよく見れば明るい麦色の髪や、澄んだ新緑色の双眸はあのときの少年と一緒だといえなくもない。

 いや、言われてみれば納得できてしまうかもしれない。

 あの少年が、これほど大きく、立派になったのだとしたら。


(わ、わああああ……!)


 まったく予想外の再会だった。感動とそれ以外のものがまじった複雑な感情で胸がいっぱいになる。

 かなうなら、諸手を挙げて歓迎し、ねんごろな言葉をかけたい。


 だがそうはできないのがひどくもどかしく、心苦しかった。


 クロードの目がおずおずとメディを見た。


「もしやあの狼は、あなたの飼っているものだったりするのだろうか?」

「い、いえ!!」


 メディはとっさに否定した。

 ――あの狼がなどとは決して知られてはならない。関係がないと突っぱねるしかない。


 クロードはさして不審を抱いた様子もなく、首肯した。


「そうか。狼は決して人に飼い慣らせないと聞くが……」


 そう言って、緑の目がじっとメディに見据えられた。


「……それならば、なぜあの狼はここに私を連れてきたのだろうか。どうも慣れているようであった。あなたは、いつからここにお住まいに?」


 ――ぎくっ、とメディは身を強ばらせた。

 どくどくと鼓動が乱れはじめ、冷や汗が出そうになる。


「ちょ、ちょっと私にはわからないんですけども。あなたが助けられたということなら、その、なにか人間に良さそうな寝床だと思ったんじゃないですかね。狼という生き物は賢いといいますし。私は、前からここに住んでますが、たまに外に出てしばらく留守にすることもありますので……」


 メディは早口に弁解した。とっさに口をついた嘘にしては、なんとかそれらしく聞こえる。

 そうか、とクロードは納得と疑問とが等分にまじったような声色だった。


「確かに狼は賢いからな」


 なぜかそこだけ、しみじみと、妙に力強くうなずいた。


「え、ええと! あなたは、どうしてその、地獄の番犬みたいな狼を探しているんですか?」


 やや強引に話の矛先を逸らすと、しかしクロードは訝しくは思わなかったらしく、ああ、と低くよく響く声で言った。

 そしてなぜか、少し照れたように目を伏せた。


「……に会いたくて。叶うなら共に暮らしたいと思っているんだ」


 ――彼女。会いたい。共に暮らす。

 メディは目を白黒させた。


(んんんん!?)


 わけがわからない。しかしとは。

 内心でどぎまぎしながらも必死に平静を装い、なんとか問うた。


「そ、その、狼っておん……雌なんですか? 地獄の番犬みたいに大きいなら、雄なのではないですか?」

「――いや、彼女のあのきらめく瞳、私に優しくすりつけてきた頭や鼻、私を護ろうとしてくれた慈悲深さ、母性……きっと女性だと思う」


 青年は力強く断定し、その目に熱がこもる。

 メディは怯んだ。――クロードの口調は、まるで人間の女性を語っているかのような。


(も、もしかしてばれて……いやそんなはずは!)


 肝が冷えるような思いで、青年をうかがう。

 クロードはますます力をこめて続けた。


「私はずっと彼女を忘れられなかった。彼女は強く気高く、温かで……」


 メディはむせそうになった。


「慈悲深く、強靭で凜々しく、まさに理想とすべき存在だった。私は彼女にまともに返礼もしないまま、今日このときまで来てしまって」


(お、お礼なんていいです十分です……!!)


 メディはだらだらと冷や汗をかいた。甚だしく美化され、何か大いに誤解されてしまっている。

 自分は、クロードのいうほど素晴らしい狼では断じてないのだ。

 いたたまれなさに逃げ出したくなっていると、クロードがおずおずとこちらを見た。


「……そういうわけで私は彼女を探しているのだが、あなたはこの森で彼女を見かけなかっただろうか? 黒く大きな、美しい毛並みの雌狼を」

「み、見てないです! 全然、見てないです!」


 ――なんせ彼の目の前にいる人間がそうなのだから。

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