3-2
メディは目を泳がせた。
「その、あなたはその狼を飼いたいんですか? でも、狼は飼い慣らせない……とか聞きますし、人と離れて自然に暮らさせたほうがいいかと……」
「飼うなどと! 私は彼女と一緒に暮らしたいだけだ!!」
勢いよく反論され、メディは怯んだ。その様子を見てか、クロード青年がはっとしたように目を伏せた。
「その……、もう一度会いたいんだ。彼女をずっと忘れられなくて……」
はにかんだような口調。青年の目元がほのかに赤くなる。
(う……!)
メディは思わず胸がきゅんと締め付けられるのを感じた。
――ずっと忘れられなかった。
そんなふうに言われれば平静ではいられない。自分も、しばしばあの日のことを思い出していたのだ。
うっかり喉元まで、私も、という言葉がこみあげた。再会できて嬉しい、立派になった、と彼に言いたかった。
――が。
(ま、待て待て待て……クロード少年は、狼の正体を知らない、わけであるから……)
つまり“ただの狼”なわけだが、クロード青年はまるで貴婦人に憧れる若き騎士のような様子である。それはなにかおかしい気もする。
少し頭の冷えたメディとは裏腹に、クロードは思い出の中の狼を見ているのか、虚空に視線を遊ばせて言った。
「彼女のあの、すばらしい毛並み……いまでも忘れられない。天国のような手触りで……」
うっとりと語る声。
メディはまたもぎくりとした。
――クロード少年が、この毛並みを気に入っていたことをいま思い出した。
『ふわふわで温かい……なんて気持ちがいいんだろう。ずっと触っていたいよ』
ぎゅっと首に抱きつき、顔をうずめられたことを思い出す。その状態になると、クロード少年はしばらく動かなかったのだ。
甘えん坊でかわいいなあ、なんて思っていたのだが――。
成長したクロード青年は、恍惚とした表情で言った。
「もう一度、もう一度だけでいい、あの美しい毛並みにこの手を触れさせられたら……!」
(か、体目当てっ!?)
メディは露骨にたじろいだ。
――正直、毛並みは自慢ではある。褒められるのは嬉しい。が、こんな形で他人を魅了してしまうとは。しかもあのときの少年だ。
メディがうろたえていることに気づいたのか、クロードははっとしたように現実に意識を戻し、咳払いをした。
それでも、鋭利な頬のあたりがほんのり赤い。
「とにかく、私はしばらくこのあたりを捜したいと思っている。それで、その、図々しい頼みではあるが、狼を捜すのに協力していただけないだろうか。むろん、私にできる範囲で謝礼なども……」
「捜すって……、まさかこの森の中で寝泊まりするつもりですか!?」
メディは焦って思わず言い返した。この森の中には、頻繁ではないが魔物が出る。
いや、とクロードは短く否定した。
「森の外にある村に泊めてもらうことにする」
真面目な調子で言った。
メディはやや安堵したが、それだとだいぶ往復で時間をとられるだろう、とも思った。この森を知らないからであろう、かなりの無謀だ。
だが、そのほうがいいのだろうか。捜索の時間を短縮させられる。クロード青年も疲弊するだろう。疲れて、早く捜索を切り上げてくれるかもしれない。
(……いやな奴ね、私)
頭では自分に都合の良い方向へ向かっているとわかっても、メディはじわりと罪悪感に襲われた。
クロードの捜索は無駄になるとわかっていながら、止めもしない。
「では、もし狼の姿を見かけたり、声を聞いたりしたらぜひ教えてくれ。一日に一度は、ここに立ち寄らせてほしい」
メディはやや怯み、かといって言葉を濁すことしかできず、重くうなずいた。
クロードは踵を返す。とっさにその背に声をかけようとして、メディは口を閉ざした。
去って行く青年の背中には、必ず見つけるという固い意志と気力とが漲(みなぎ)っているように見えた。
――彼の探し求めるものは見つかるはずがないのだ。
それがわかっていながら青年を止められない。うまく説明する方法がわからないからだ。
真実を言うわけにはいかない。
彼だけにではない。それが誰であっても、言うわけにはいかなかった。
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