第25話 〝竜王の護剣〟

「(~♪♪~~♪~♪~♪♪~)」


 シスは口笛を吹く。するとシスの周りから黄金の粒子が漂い、小さな人の形を取った。


「なんなのよ~まだ日が落ち切っていないじゃないの?」

「ベル、黄金妖精の真骨頂を発揮して欲しい。フィオを探して欲しいんだ」

「匂いを追えってことね。いいわよ」


 リンドベル・ベルリリーはクンクンと匂いを嗅ぎ、第一層から第二層へとつながる大昇降機へ向かう。黄金妖精を見たマグナス王子は、少なからず驚いている。黄金妖精は滅多に人の前に現れない〝闇の眷属〟だからだ。竜王国では怖れる者がかなり多い。


「シス、お前は妖精憑きだったのか……まあ、他言は無用だな」


 リンドベルの声が聞こえる。第二層の状況をシスに簡潔に伝えた。


「マグナス陛下、第二層は地獄絵図らしいです。錯乱した住人が、殺し合いをしているようです」

「竜狂剤は効果が切れるまで、他人への敵意を異常なほど高める。効果は三日間続く。生贄が一〇〇〇〇を超えない内に、我が父、狂王グレンを殺すしかないだろう」

「物騒なことを言いますね、マグナス陛下」


 大昇降機の上から声がした。現れたのは魔導機竜に乗った五人の魔導士だった。こちらは貧民の兵士が数十人とシス、ブリジット、マグナスたちだけだ。炎のブレスや魔法を唱えられたらあっという間に全滅させられる。


 シスは〝魔王の書〟を残った右腕で抱えながら詠唱を開始する。〝紋章樹〟が光り輝く。


「冥府より出しものよ、汝に命ず、大いなる業火をもって――――我の盾となり、敵を穿つ矛となれ! 顕現せよ、【火焔の鉄姫】フレアベルゼよ!」


 眩い閃光と共に、焔に包まれた美しい女性魔族の姿が現れた。顔半分は仮面で覆われており、魔族を表す二本の立派な角が生えている。その奇跡と同義の光景を見たマグナスたちは初めて見る魔族の姿に少なからず狼狽していた。


「グレン様の言う通りだ。魔族を従えている罪人とマグナス王子は仲間だった。お前たち、攻撃開始だ」


 魔導機竜が炎のブレスを吐こうと、キュイイイィィィイイインと魔力を一点に集中させる。魔導士も、歴戦の強者のようで高速詠唱を開始した。

 シスが間に合わないかと思ったところで、大人びた姿の魔王フレアベルゼは叫んだ。


「炎よ――――――我が威を示せ‼」


 ズダーンッと爆発音がして、機竜が炎で焼かれ、墜落する。魔導士たちは炙ったミンチのようになって地上に落ちた。フレアベルゼの大人の姿を久しぶりに見た気がするが、シスは頼もしさを覚える。そしてレナスへ向ける好意よりも一歩踏み込んだ募る想いも感じた。


「まだまだ、やってくるぞ。俺は魔法はダメだ。シス、魔王フレアベルゼ頼んだ‼」


 そこに一人声をかけられなかったブリジットが涙目を作り、マグナスに抗議の声をあげる。


「なんでアタシには声をかけないのよ‼」

「いや……ブリジット・レイラ・アリントン……君はそれほど腕が立つ方じゃないだろう?」

「私には、この〝魔王の傘〟があるのよ。絶対活躍するんだから見てなさいよ」


 シスはじっとフレアベルゼを見ていた。同い年くらいの姿で黄金律が擬人化したような姿だったが、今度はコノヨノ法則から外れたような美しさを放っている。シスは自然と目が合う。


「わっちの主よ、これはわっちが殺した〝巨神ニケ〟ではありんせんか?」

「名前までは伝わっていないんだ。この巨神を操って何かやろうとしている連中を止めるんだ」

「悔しゅうござりんす。わっちが念入りに消し炭にする前に勇者に殺されんした」


 神代の話だと聞いた。フレアベルゼは古き魔王だ。魔族の中でもその血が濃く、勇者や神を相手に戦い抜いた猛者の中の猛者。現にそれ以後フレアベルゼを凌ぐ炎を使う魔王は現れていない。


 大昇降機が第二層へと到着する中で一人の王国魔導騎士が立っていた。尋常ならざる相手だというのは、深紅の甲冑や魔導剣と思わしき武器、意志の強そうな瞳から見て取れる。一撃で倒そうとすれば倒せるフレアベルゼだと思ったが、その口角は結んだままだった。


「【竜王の護剣】ホロウ・アストレア……フィオ様の思いに報いる為、推して参る‼」

「フィオ? お前……――フィオに会ったのか?」

「隻腕の召喚士……フィオ様を呼び捨てになど、英神ザインが許しても……俺が許さない」

「ホロウとか言ったな。僕は……――血の繋がらない兄だ」


 ――――なッ⁈


 シスの一言で、相手の魔導騎士の気が揺れた。当然のようにフレアベルゼは攻撃を仕掛ける。


「炎よ――――――我が威を示せ‼」


 自分の最も強い思いのある憧憬が力を出す古い魔法。シスからは到底逃げられない大きさと速さを兼ね備えた炎を放った。だが、瞬間的に、剣士はその炎を白剣で切り裂く。聖剣というにはあまりにも飾りがなく、魔剣というには魔性に欠ける。


「わっちの炎を完全に無効化したのでありんすか。さては魔剣士でありんしょう」

「その通りだ。そしてそこにおられる方はマグナス・ジオ・ロンドニキア様ではありませんか?」

「【竜王の護剣】があの泣き虫のホロウ・アストレアになるとはな。〝魔王の眼鏡〟を付けてから、よからぬことしか考えていない。ホロウ。お前が大切そうに名を言うフィオ。バレッタは〝竜贄の儀〟に使われて、この〝有翼の巨神〟を操る魂にされるんだぞ?」

「妹を……――フィオを追って犠牲を生みながらやって来たんだ。返してもらう」


 ――――純粋すぎる殺気を感じる。


 ホロウ・アストレアは〝竜王の御剣〟だ。それは人の域を超えた化け物という証左でもある。ホロウ・アストレアは、竜王国の高名な魔導士の一族だった。だが、三歳で上級魔法を全て覚えてしまった神童であり、次期〝魔導元帥〟になる〝スペルマスター〟といわれたのは五歳の時だ。

 しかし、フィオ・バレッタに恋し、狂王グレンの命で、残酷にも全ての魔法の才を捨てる決断を迫られた。魔法の才が高ければ高いほど強い〝魔剣士〟になれる。


「そこの魔族……名前を訊きたい。初めてこの〝魔導剣ブラッドテイル〟が血を吸う相手だ」

「わっちを倒そうというのでありんすか? 笑止千万でありんす。寝言寝て言って欲しゅうござりんす」


 リンッと音が鳴った。間違いなくシスは耳にした。それはフィオが付けていた鈴の音と同じだ。フレアベルゼを狙うと思っていたら、シスの眼前にホロウが近づく。紙一枚のところで回避は不可能だった。


「わっちの目の前でわっちの主を殺すつもりでありんすか? 笑えない冗談でありんすね」


 ギーンッと金属がぶつかり合う音がした。フレアベルゼは〝火焔の錆剣〟で余裕綽々と一撃を防いで見せる。魔剣士になりたての者とは格が違う。魔導剣と錆剣がぶつかり合い、火花を生んだ。力は拮抗状態かと思われたが、ホロウは先にバックステップ。距離を取る。


「さすがに〝竜王陛下〟が憂うだけはある強者だ。だが、これもフィオ様との約束の為……平和の為、死んでもらう」


 そこで大きな一喝が入る。


「百舌ベルガモットの傀儡となった〝狂王〟グレンの言葉をまだ信じるか‼」

「マグナス陛下……あなたは何も見通せていない」


 そう言うと、〝竜王の護剣〟と〝火焔の鉄姫〟の本格的な戦闘が始まる。

 それは古の勇者と呼ばれた者を彷彿とさせる鬼人のごとき戦いぶりだった。

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