第26話 〝激闘の決着〟

「炎よ――――――我が威を示せ‼」


 フレアベルゼの周りで狂竜剤の効果で暴れ回る一般人が吹き飛んだ。シスの性格を知っているフレアベルゼは、決してむやみにそんなことはしない。もう戻れないなら一息に楽にしてやろうという慈悲の一撃だった。


「魔王フレアベルゼ、我が王国式剣術の神髄を見るがいい」

「ふん、わっちは弱い者いじめは好きじゃありんせん。だが、覚悟を持って戦うなら話は別でありんす」


 ブリジットは何の興味も示していないが、シスとマグナスは勝負の行方を一時足らうとも見逃すまいと注視している。シスにとっては思い入れが深いフレアベルゼが、マグナスにとっては優秀な家臣であるホロウがどうなるかがかかっているのだ。真剣にならざるを得ない。


「シス・バレッタ……どっちが勝つと思う?」

「フレアベルゼの……――圧勝でしょうね」

「俺はホロウ・アストレアを失いたくない。もしもの時は頼むぞ」


ダンッと足を地面に打ち付けたのは、ホロウだ。フレアベルゼ相手に突撃するつもりなのだろう。なんという無茶。なんという無理。なんという無謀。だが、シスはこの手の相手がフレアベルゼのお気に入りだと理解していた。殺すことはないだろう。


「血沸き、肉躍る決闘……しかもこの上ない勇ましい者と戦うのは久しぶりでありんす」

「全てはフィオナ様の為、この命捨てる覚悟で勝負する‼」

「いい雄の顔でありんすな。わっちの主には劣りんすが」


 気が変化した。一方的に相手を殺すという意識が鋭く鋭利な刃物のようだ。逆にもう一方は、ただ快楽を貪ろうという不純な動機。血沸き肉躍る戦闘を好む獰猛なワルツを踊ろうとしている。その二つの気は嚙み合わず、バチバチと音を鳴らしているかのようだ。


「フレアベルゼ……――殺すなよ。殺したら嫌いになるからな……多分」

「わっちの主の嫌がる真似はしんせん。ただの小手調べでありんす」

「なら、さっさと……倒し……――ッ⁈」


 魔王アシュラに身体を貸してから、幾つもの強さがある者を見てきた。だが、まだまだ強さとは深みがあるものだ。シスはまだ深淵を覗き込む位置にすらいない。だがそこに至る心はある。昔の大魔導士が言った。〝想いは力〟だと。その信念は誰にも揺るがすことは不可能だ。


「王国式第七刃――――――黒曜一閃‼」


 思いっきり踏み込んだ足に魔力が宿る。筋肉が膨張し、爆発的なスピードが出る。だが、フレアベルゼは魔王だ。今までの戦闘経験だけでも一介の剣士など並ぶべくもない。颯爽とサイドステップ。しかし、出血。雪花石膏の白い腕に傷がつく。フレアベルゼの顔から余裕の笑みが消えた。


「くくくく、かかかか、ははは、わっちの……柔肌に傷をつけたのは二人目でありんす。許すことはできそうにありんせんね」

「殺したければ殺せ……だが、その咎はお前の主人に向かうぞ。首だけになっても、お前の主人を噛み殺してやる」

「それは聞き捨てならない話でありんすね」


 〝火焔の錆剣〟が宙からフレアベルゼの手に握られる。瞬間、その場にいた全員が一瞬死んだと感じ、生きていることにホッとした。ただ一人ホロウ・アストレアを除いて。その魔王と対等に渡り合う強靭な精神力は、諦念から来ていた。愛する女を失う男は強い。


「わっちの主よ、この魔剣士を殺すのはダメでありんすか?」

「ダメだ。絶対に……――それだけは許さない」

「わっちの主と同じくらい融通が利かない魔剣士でありんすね」

「フィオナ様とグレン陛下の気持ちを踏みにじらせるわけにはいかない」


 今度は、ホロウは、フレアベルゼにゆっくりと近づく。まるで蜃気楼のように残像が残る不思議な歩調だ。人間にこんな動きができるとはシスは驚きを禁じ得ない。


「王国式第五刃――――――夢幻残像‼」

「火焔の覇剣――――――極弐式・灰薔薇‼」


 ホロウの姿が幾十にも分かれて、フレアベルゼを襲う。フレアベルゼはそれを踊るようにして回避、熱風を帯びた不可視の斬撃をホロウに向けた。が、ホロウもまたそれを澄んでのところで避ける。一太刀一太刀が絶対的な死をシスに連想させた。


『フレアベルゼはかなり力を抜いているわね。いつもなら周囲を関係なく蹂躙するのが彼女の持ち味だしね』

「ベルはそんなことも分かるのか?」

『伊達に長く〝黄金妖精〟なんてやっていないわよ』

「その前があったみたいな言い方だな」


 それには答えず、ベルは続ける。


『二人はまだ人族の範疇の戦いをしているけど……本気になれば、この二層ごと吹き飛ぶんじゃないかしら』


 ギィィーンッという金属音。フレアベルゼが辛うじて、ホロウの神速の突きをいなした。だが、焦りとは程通り猛禽類のような鋭い目をしている。二人共強い。強すぎる。シスは二人を止める手立てが自分にはないことを悔しく思う。


「魔王フレアベルゼ……なぜ手を抜くんだ? もう数回は俺は死んだと思うが?」

「わっちがこうして戦っていられるのは、わっちの主の魔力があるからでありんす。想い人の寿命を削るような真似がどうしてできるでありんしょう?」

「悪いが、想い人諸共消えてなくなってもらう。魔導剣ブラッドテイルよ、我が生命を糧に本来の姿を現せ」


 ドンッという圧力がその場にいる全員にかかった。死神の鎌が首元に当たったような感覚がする。魔導剣は刃の部分が開き光の大剣となった。シスは、いにしえのレジェンドウェポンを思い出す。周囲を焼き尽くす殲滅の光の大剣。


「フレアベルゼ……――止めろ、止めてくれ‼」

「わっちの主よ……無論じゃ。こんな情けない自爆技使われては困りんす」


 シスが、ヒヤリとする程美しい笑顔をフレアベルゼは作った。


「王国式第最終刃――――――邪光大剣‼」

「火焔の覇剣――――――極弐式・山茶花‼」


 白い灼熱の光刃が横薙ぎに、振るわれ……ない。〝魔導剣ブラッドテイル〟は〝火焔の錆剣〟によって破壊された。根元から剣が融け、ホロウの命を糧にした光刃はあっけなく消える。


「くそ、くそ、フィオ様と約束したのに。最後まで守り続けると約束したのに」

「ホロウとか言ったな……男なら惚れた女がみすみす、生贄にされるのをどうして黙って見ていられるのでありんすか?」

「もうすぐ、新たな敵がやって来る。人族や亜人族、滅んでいないなら魔族にとっても敵だ」

「面白そうな話ですね。詳しく聞かせてくんなまし」


 ホロウ・アストレアが口を開こうとした瞬間、魔法による爆撃が第二層を包んだ。味方諸共、自分たちを殺そうとするのかと、シスは狂王グレンに心底から腸が煮えくり返る想いだった。しかし、目の前の戦士はそんな王とフィオを同格に扱い、殉じようとしている。シスは、その心中が全く分からない。


「優秀な召喚士のフィオ様は、グレン竜王陛下の予知と同じく、決してこの世に現れてはいけない存在を感じていた。その者たちの名前は――――――」

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