第24話 〝巨神の生贄〟

 シスは魔王レナスと吸血姫ブリジットを連れて狂竜剤――――ドラグドラッグを打ち消しに行こうとした。レナスの氷と吸血鬼の眷属化で一時的になら薬の作用を抑えられるとシスは思ったのだ。だが、それを聞いてもマグナスは動くことを禁じる。


「貧民街の連中は戦えない者はもう逃げている。いくら狂竜剤をばら撒かれようが、地下までは浸透しないはずだ」

「あのさー、それよりアタシの〝魔王の傘〟返してくれない?」

「部下に命令して、取り戻せるように配慮しよう」

「貧民街が王政府は目障りだから狂わせようとしているのですか?」

「シス、違う。俺が王都で殺されかけて、落ちのびたのが神骸宮殿貧民街だったからだろう」

「王都にも敵がいるんですね」

「ああ……憎き叔父――――ルンペル・ジオ・ロンドニキアだ」


 王族になると叔父でさえ敵になるのかと戦慄を覚え、驚くシスだった。だが、マグナスは驚きを隠せないシスを好意的に見ている様子だ。ははははと笑いながらシスの肩を持つ。安心しろという意味だ。


「こちらには魔王を召喚する救国の召喚士がいるんだ。問題はない。〝竜贄の儀〟を父グレンを殺し止めれば、万事解決する」


 そこへスッと黒い和服のような服を着た者が現れる。シスは〝暗殺組合〟の者かと警戒心を強くする。それもマグナスには伝わったようで、笑いを堪えきれない様子だった。


「紹介しよう。犬童忍、俺のボディーガード兼情報収集係だ。桜花國から来たニンジャだ」

「マグナス陛下、市民権のある者が住む第二階層でも狂竜剤を使用する気配があります」

「それは確定した情報か?」

「はい、アイン・タースワンという王国魔導士を捕まえ軽く尋問したらすぐに失禁して、情報を吐きました」

「犬童……お前のは〝軽く〟ではなく〝過酷〟だ」


 一人若い兵士がやって来て〝魔王の傘〟をブリジットに渡す。

 ブリジットは愛傘に頬ずりしていた。シスはそれを見て少し気持ちが悪くなる。


「なんで、シスはドン引きしているのよ」

「大切な者だというのは分かるけれど……頬ずりまでするものかな?」

「私はこの〝壊れた羅針盤〟が愛おしくて堪らないのよ」

「我が主様……ちょっと強い敵が出てくるかもしれないわ」

「え? レナスここは地下だよ? 敵なんか出てくるわけ……」


 ズーンッと天井が崩れ、神骸宮殿の白い有翼の巨神の姿が見える。土煙が消えないうちに、レナスは剣を交えていた。巨大な蛮刀が相手だ。


「強き風よ――――――ここに吹き荒べ――――――ウィンドシールド‼」


 シスが詠唱すると土煙が晴れて、相手の正体が分かった。竜王国将軍アイゼンの兄ガイウスだ。だが様子がおかしい。口は半開きになり、涎が垂れて、目はどこを見ているのか、はっきりしていなかった。


「……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す」

「洗脳されているのか⁈」


 シスは驚きの声を出す。だが、その声がガイウスの焦点の合わない目をシスに向ける契機になった。蛮刀がシス目掛けて振り下ろされる。ギーンッという金属音がしてレナスが再び攻撃を防いだ。だが、生来の馬鹿力はなんと魔王を上回った。


「くそっ、僕の魔力がもっと高ければ、こんな奴一息に倒せるのに」

「わ、我が主様……命を分けてくださればこの巨人族を倒して見せます」

「命を分ける?」


 そこで〝魔王の書〟が開き、大魔導士ルツィフェーロの魂の分身が話す。


『汝の寿命を与えることで、〝歴代魔王〟の力を本来のものに戻せる‼』

「ルツィフェーロよ、で、〝代償の生命力〟は?」

『魔王が本来の力を使った時間が寿命から削られる‼』

「どうすればいいんだ? 僕の身体を貸してやるからやってみろ」


 シスが〝魔王の書〟を持ちながら、詠唱を始める。〝魔王の書〟がパラパラと勝手に捲れていく。それをマグナスもブリジットスラも目を見開いて見つめている。


『汝、〝魔王レナス〟の根源たる力を呼び覚ます。我が命を糧に更なる力を呼び起こせ‼』


 レナスの身体がほんのり赤いものを纏った。それは純粋な魔力の色。レナスはガイウスの猛攻を小剣で軽くいなして、腕を切り落とす。そして小剣でもう片方の腕と打ち合いながら、並行詠唱。


「全てを止める氷よ――――――今ここに顕現せよ――――――我が敵を尽く凍てつかせよ――――――アブソリュートゼロ」


 大きく蛮刀を振りかぶろうとガイウスが動こうとした瞬間すべての動きが止まった。


「す、すごい……これが未来の大召喚士シス・バレッタの真骨頂か‼」

「あんなの反則よ……シス……アンタ一体なんなの?」


 マグナス王子と吸血姫ブリジットが呆けて口を開いた。

 しかし、シスはそれどころではなかった。血の塊を吐瀉し、視界が暗くなる。倒れそうになった時支えてくれたのは戦闘が終わったレナスだった。黄金色の粒子を放ちながら姿が薄くなっている。


「レナス……――さっきのは使うと魔王が消えてしまうんだな」

「ええ、我が主様……しばらく私のことを召喚することはできなくなるわ」

「レナス……長い間助かった。お疲れ様」


 ――また呼んでね。

 ――――寂しいのは嫌だから。

 ――――――我が主様とは契りを交わしたから。


 レナスが完全に消えると不死鳥のスカーフが残り、風でシスの手に戻っていった。シスはそれを首に巻く。シスは感謝していた。〝火焔の鉄姫〟フレアベルゼや〝人斬り〟阿修羅や〝断罪の冷嬢〟レナスたちに。彼女たちがいなければ、シスは路頭に迷って野垂れ死んでいただろう。だが、シスには彼女たちがいた。僥倖という他はない。


「消えちゃったわね……レナス様」

「ああ……――暫くしたら、また呼べるさ」

「それより……――二人共上を見ろ」

「ああ?! 二層が火の海に包まれている?」


 雲に届かんばかりの高さの貧民街の上の層から人が落ちてくる。なぜこんなことをするのかがシスには全く不明だった。それを見透かしたマグナス王子が重い口を開く。


「…………復活を狙っているのかもしれない」

「復活? 何の話ですか?」

「この世界に現れ討伐された一三体の〝巨神〟のうちの一柱をだ」

「それって〝神骸宮殿〟の〝有翼の巨神〟をですか?」

「一〇〇〇〇の人の子と一人の純潔なる乙女の魂を贄に巨神は動くだろう」

「〝巨神伝〟二〇六ページ第二章五節ですね」

「驚いた。なぜそんなに正確に知っているんだ?」


 マグナス王子は心底からの驚きの表情を作っている。後ろにいるブリジットもだ。


「僕は元々……――召喚士としては失敗作だったんです。でも夢を見続けて、魔導書や関連書籍は全て読みました。印象的な一文なんかはすぐに思い出せます」

「それより……シス……アンタはバカなの? 殺される純潔の乙女ってアンタの妹じゃないの?」

「あ⁈」


 シスは〝魔王の書〟を地面に落とした。それを見てマグナスが一言。


「反乱軍全員で頂上を目指す。シス……お前はすぐに次の魔王を召喚しろ。上級魔法薬を持ってくるから、それで魔力を回復したらすぐに召喚するんだ」

「マグナス陛下……――ありがとうございます」


 夜の緞帳が――――――降りようとしていた。

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