第三章

第23話 〝反逆者との邂逅〟

 〝神骸宮殿〟は四層に分かれている。最下層が竜王国民ではない者の住む貧民街、第二層には正式な王国民が住む。そして第三層は神官たちが寝起きする場。最上層は、王族と一部の者しか入れない。人の数でいえば、圧倒的に貧民街の方が多い。彼らは神骸宮殿からのパンで食いつないでいる連中だ。〝狂竜剤〟――――〝ドラグドラッグ〟を密かに作っているのは貧民街だともいわれている。それだけ治安が悪く、王国騎士も一人では立ち寄らない。


「我が主様……人がすごく見ています」

「竜馬一匹で数年は暮らせるのが貧民街だからね。おまけに食べ物や魔道具の類も満載だし」

「我が主様の持ち物を狙うなら氷砕するだけよ」

「〝断罪の冷嬢〟のまんまの台詞だね。レナスだけど殺したりはしなくていいからね」

「でも我が主様……」


 シスは……シスバレッタは、最大限の笑顔を作る。それを見たレナスも感情の薄そうな綺麗な顔をほころばせる。シスはその笑顔で悲痛な思いを隠していた。もし、救出ができなかったら即刻自害しようと考えている。フィオに兄が絞首刑になるところなど見せたくなかった。


「我が主様……シス様……必ず妹様を助け出しましょう」

「ああ……――間違いは許されないからな。信頼しているよレナス」


 また、シス・バレッタという少年の最大限の笑顔を作る。レナスは嬉しいようで馬車の周りをスキップし始めた。そこに風切り音。二刀流の剣士がアリスに迫る。最初に察知したのはレナス、一瞬遅れてシス。荷台で寝ているブリジットは落第点。

 シスは魔鉄鋼の剣を抜き、レナスは剣士が着地する前に氷の弾丸を無数に放つ。


 ――――だが、剣士は全ての弾丸を迎撃する。


 そこらで目に余るほどいる並の剣士ではないとシスは感じた。少なくとも、いつか見た巨人族の将軍アイゼンに感じた恐怖と似通っている。だが殺意は波打たない凪の海のようだ。それだけに何が狙いか分からない。


「お前たち、いまだかっぱらえ‼」

「わ?! なんなのよ? あんたたちは‼」


 馬車に群がる貧民たち。〝ドラググレイヴ〟の他はいつも持っている〝魔王の書〟しか残らなかった。いつの間にか剣士はとんずらこいている。レナスの怒り様がもの凄い。シスは離れていたから被害にはならなかったが、その辺に生えていた花や飛び立とうとした蝶が凍りつき動かなくなっている。


「やられた。あんなに強い剣士が泥棒の手伝いをしているなんて」

「訳ありなんじゃない、あーガキ共に踏まれた足が痛い」

「ブリジットは、よく寝てられたよな。貧民街の圧力を感じなかったのか?」

「アタシ、自信ありまくりだから……あれ……ない‼」


 ブリジットはなにかを探し始めるももう馬車には何も残っていない。〝ドラググレイヴ〟を除いて。ブリジットは顔が真っ青になった。そしてキンキンする大声で叫んだ。


「〝魔王の傘〟がない‼ 大変‼」

「ブリジット……――バカなの? 死ぬの? 一番盗まれちゃいけないものだろう?」

「だって、人形のクッキーちゃんがいないと寝れないんだもの」


 そう言ってボロボロの人形を高らかに掲げる。絵にはなっているが、まったく格好もよくないし、威張れる状況でもないといえた。シスは大きな、大きなため息を吐く。なんで尻拭いをするのが自分なんだと。

 だが、ブリジット・レイラ・アリントンは、当たり前のようにこう言った。


「同盟関係結んでいるんだから、当たり前じゃない」

「自分のものくらい……――自分で管理しろよ‼」

「ドラクーヌと戦う時も協力したじゃない」

「あれは勝手に……――迷宮の中に入ってきたからだろう」


 シスに正論で殴られて、ムスッとして不貞腐れるブリジットは、空を見て悲鳴を上げた。数百の機械がくっ付けられたモンスターであるメタルビーが何十という数で貧民街を跳梁跋扈し始める。半年前のシスの記憶が蘇る。これは貧民狩りなのかと疑心が沸く。


「坊ちゃんたち、こっちに隠れろ‼」


 声は、さっきの二刀流の剣士からだった。石で蓋がされているそれを退けてブリジットとレナス、それに〝ドラググレイヴ〟を抱えてシスは最後に石で蓋をする。中は迷路のようになっていた。二刀流の剣士の男の持つカンテラだけが道標だ。持ち主から認められたからか、〝ドラググレイヴ〟は普通に持つことができる。


「今……このタイミングで神骸宮殿にやって来たのは不運だったな」

「…………不運ってどういう意味ですか?」

「紛争状態になっているからさ。俺の名前は、マグナス・ジオ・ロンドニキア」

「狂王グレンの唯一の息子じゃない?」


 ブリジットが驚いて大声を出す。シスは一人ずつ自己紹介していく。


「――――が、僕らの紹介ですね」

「魔王を召喚するだって?! 一国の将軍どころじゃ収まらない戦闘力だぞ?」

「でも、所詮は人間の魔力という枷がありますから。護衛程度が関の山かと」

「はっ、シス・バレッタ。気に入ったぜ。お前……――俺が王になったら家臣になれ」


 ――――ええ⁈


 シスはその発言に驚き、耳を疑った。帝都を潰され、拠り所だった〝泥棒組合〟も燃やされた恨みは強い。更に言えば両親は亡くなったし、フィオは〝竜贄の儀〟で殺されるかもしれない。だが、シスは人を見る目はある方だった。マグナス王子のことを信頼足り得ると考えていることに冷静にだが、興奮している。


「狂わされた王である父グレンは、狂竜剤――――ドラグドラッグを貧民街にばら撒くつもりらしい」

「そんなことしたら、大変なことになる。仮にも竜王なのだからその分別くらいは……」

「狂わされたっていっているだろ。百舌ベルガモット宰相に狂竜剤を飲まされて狂ったんだ。真祖ドラクーヌ・ジオ・ロンドニキアの名に傷がつく。竜の血が薄まってきたのかもな」

「マグナス陛下……――本当に父を殺すのですか?」

「シス・バレッタ……違うだろ。本当に殺せるのですか、じゃないのか?」


 シスは、肯定の証として小さくうなずいた。


「俺は……正直者が好きだ。お前の妹フィオとは何度か話をした。賢く誠実な子だった。やはり、俺は決めたぞ。召喚士の一族の生き残り二人を家臣にすると」


 マグナス王子は、偉く愉快そうだった。まるで希望という星が流れ落ちてきたような面持ちだ。シスは、貧民を主力とした部隊が作られていることに驚かずにはいられなかった。訓練が行き届いたかのような士気の高さ。一朝一夕では作れない雰囲気だ。


「気が付いたか……子供ながらもいい目を持っている。俺の夢は俺の王国、俺の立つ大地から不幸を取り除くことだ。毎日飯をたっぷり食って、子を育て、老いて死ぬ。当たり前のことだが、それは王者になるよりも幸せかもしれない。そんな幸せを世界に示したい。ロンドニキア大陸を見つけたドラクーヌ・ジオ・ロンドニキアに恥じない王に俺はなりたい」

「ずっと……――狂った父王を討つ機会を探っていたんですね?」

「ああ……母が死ぬとき決意した」


 マグナス王子は、シスに問うた。


「我が野望に加担してくれないか? シス・バレッタ?」

「ええ、喜んで……――と言いたいですが、妹を救ったらベオグランデ自治領に戻ります。僕を保護して死んでしまった人もいますし……召喚士一族の名門バレッタ家を立て直すのが使命の一つだと思っています。でも約束できることが一つだけ……あります」

「言ってみてくれ」

「マグナス陛下が窮地に陥ったら必ず力になります。いつでもどこでも何をしてでも助けます」


 マグナスはそれを聞くとふははははと笑う。そしてシスの手を握る。


「たった今から俺とシスは友達だ。今までで初めての関係だ」


 そこへボロを纏った兵士が一人報告に来た。


「狂竜剤……が散布され始めた地区があります」


 シスは魔王レナスと吸血姫ブリジットを連れて――――――した。

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