第3話 〝紋章樹の発現〟

 フィオと話してから眠りに就いた夜中。


「お前が――――今度は――――……王になれ」


 眠っていると微かな声だがはっきりと何者かの聞こえた。黙れと叫びたいが口が動かない。まるで鎖で縛られているかのような圧力が身体のみならず心にもかかっている。


「お主が――――次の――――……王になるのだ」


 縛りつけられていた感覚が消えるとシスは飛び跳ねるようにして起き上がった。ガラス瓶に入った水を飲んで、苦々しい夢の残滓を冷たい水と一緒に流し込んだ。まだ季節は寒季だ。しかしもう一度眠りたいとはどうしても思えない。


 ズダーンッズダーンッズドドドドドドドドドン。耳がつんざくような爆発が響き、何かの衝撃で窓ガラスが全て割れた。シスは、エンシェントドラゴンでも来襲したのかと思い、ガラス片に気を付けながら外を見る。


「帝都が燃えている……――いったい何が起きているんだ⁈」

「お兄さま……都が燃えているわ。私怖いわ」


 シスの部屋のドアからガチャリと音がして、フィオが入って来た。何が起きたのか分からず、混乱している様子だ。シスはフィオをあまり刺激しないように、自分の驚きと恐怖を心の奥底に封じ込める。

 そしてシスは震えているフィオを抱きしめてやった。震えは少しずつ弱まり、シスはフィオを離してやる。


「お兄さまは……何が起きていると思うの?」

「帝都を襲うなんて考えるのは、〝狂王〟グレン・ジオ・ロンドニキアくらいだろうな。もしくは、二〇〇年前に滅んだとされる魔族……」

「お兄さま、私……怖いわ。何か嫌なことがこれから起こりそう」


 父アーヴィンが、らしくもなく慌てて部屋へはいって来た。


「シス、フィオ……――地下室に行くぞ。母さんが待っている」


 シスは机の上の〝王の書〟と赤い魔水晶のはまった白い杖をと魔剣をホルスターに差し込み部屋を出た。執事やメイドが戦々恐々としており、空気が張り詰めている。執事長が何かをシスの父アーヴィンに伝えると険しい顔を作った。シスはその顔を見て状況の深刻さを理解する。


「お父さん……――ロンドニキア竜王国からの攻撃ですか?」

「…………シス、お前には隠しておくことはできないな。その通りだ。魔導機竜という飛竜を機械化した新兵器で襲われている。帝都は南側の海の他は山に囲まれた天然の要塞だ。だが、山に配置した魔導砲が全て奇襲爆撃で壊された。これから行われるのは市街戦だ」

「そんな……帝国魔導騎士団がいるじゃないですか?」

「敵は機械化された飛竜と一騎当千の魔導士だ。ロンドニキア竜王国の魔導士は強い」


 そう言いながら、アーヴィンはシスとフィオを抱きしめる。一階に降りると魔導騎士が集まっていた。アーヴィンを見て敬礼をする。逞しい巨漢の兵士たちが負ける姿など幼いシスたち兄妹には想像もできなかった。


「兵士長……俺の家族をどうか守り抜いて欲しい」

「帝国の〝三傑〟の御一人アーヴィン・バレッタ様の家族には指一本触れさせません」

「お父さま、私怖いわ……どこにもいかないで……」

「フィオ、よーく聞きなさい。俺たち帝国の男は五〇〇年以上この土地を守ってきたんだ」


 シスも心配そうに震える声をかける。


「お父さんも……――招集がかかっているんですね?」

「召喚士の名門バレッタ家の当主だからな。一族の戦える者を集めて、大召喚魔法を使う予定だ」

「それって命に係わるんじゃないですか?」

「座して死を待つよりはいい。それにバレッタ家には二つの希望がある」

「二つの希望……――?」


 ――――シスとフィオ二人のことさ。


「では、行ってくる。シス、母さんとフィオを頼んだぞ」

「はい、分かりました。父さんも……――生きて帰ってきてください」


 沈痛な面持ちを崩さなかった父のアーヴィンは、シスに対して笑いかける。シスにはそれが二度ともう見られない笑顔なのだと考えが過ぎった。父アーヴィンは死ぬつもりなのだ。シスたち家族や兄弟、友人知人……この帝都で暮らす人々の為に。


「じゃあな、シス、〝王の書〟だけは誰にも渡してはならないぞ」

「お、お父さん……――僕、頑張りますから……頑張りますから」


 ――――だから、安心して戦って欲しい。


 口には出さなかったら、一生後悔すると思った。アーヴィンがいなくなると魔導騎士たちが地下室へとシスとフィオを案内する。そんなものがあるとはシスは知らなかった。暗い階段を魔石灯で照らしながら連れていかれる。


「ここが避難に使われる部屋でございます」


 魔導騎士の若い団員がそう話す。顔色は青白く何かに恐怖しているとシスは感じた。多分、それはシスと同じで死ぬかもしれないという気持ちだろう。正直なところ、シスは心が折れそうになっていた。アーヴィンがいなくなったことはシスにとって心細い。


 ――――いつも守られていたんだな。


 母テレシアとフィオは絶対に守り通して見せる。シスは心の奥底で消えぬ火が灯ったことを感じた。厚い魔鉄鋼の扉が閉められる。中からではないと容易には壊せない扉だ。先程の青白い顔をした若い騎士が閂を閉めた。


「ああ、シス、フィオ……よく聞きなさい。もう父さんは帰って来ません。今からバレッタ家の当主はシス……あなたです。そしてフィオはシスを支えなさい。これが私が言える当主の妻の言葉です」


 爆発音や物が砕かれる音召喚獣の悲鳴それらが地下室へと響き渡った。シスは、母テレシアやフィオに心配をかけまいと爪が肉へ食い込むまで手を握りしめている。

 唐突にシスの右手が熱くなった。〝王の書〟に印されているは竜の紋章がシスの手の甲に浮かんでいる。


「お兄さま……腕が……腕が……腕が……」

「ああ……アーヴィン、あなたがいてくれたら。シス……服を脱ぎなさい」


 シスは、母に言われて、服を脱ぐとそこには大小無数の鮮血のように赤い紋章が右腕から心臓へと延びていた。


「これは……?! 紋章が樹のように……?!」

「お兄さま……〝紋章樹〟とでもいうのかしら?」

「ああ……紋章が浮かぶだけでも波乱の人生を歩むといわれているのに……こんなことが起きるなんて……ああ……神よ……何故我が子を試すのですか……?」


 シスの右手の熱は徐々に引いていき軽い鈍痛へと変わった。鮮血のような色は、無くなり黒くタトゥーのようになる。青白い顔をした若い魔導騎士はそれを不気味そうに見つめていた。服をもう一度来終わる頃異変が起きる。魔鉄鋼製の扉がドーンッドドーンッと叩かれて歪み始めたのだ。


「魔鉄鋼製の扉が歪むだと……?!」


 剣を引き抜く魔導騎士。奥へと対比するシスたち。だが、フィオがどうしようもない恐怖で泣き出してしまう。シスは優しく力いっぱい抱きしめてやった。

 そして……――シスはあの言葉を思い出す。


 ――――夢を見続けろ、それがお前の才能だ。


 シスの心に灯った炎が激しく燃え上がる。感情が爆発し裂帛の大声。そして魔剣〝緋王〟を抜き放つ。だが、異常事態が青白い顔をした若い魔導騎士が閂を抜こうとしているのだ。


「今すぐ開けるから……殺さないでください」

「……士……殺……せ‼」


 開けるなと叫ぶ前に反応した者が一人。フィオだ。泣き虫のフィオが召喚魔法を高速詠唱した。シスは類稀ない素質を感じる。それと同時に感じるのは扉の向こうの恐ろしい強さ。


「理を紐解く我が命ずる――――――大地を断つ刃を持ちし古の巨人――――――我が求めに応じここに顕現せよ――――――アイアンソウルゴーレム‼」


 フィオの召喚獣が召喚された。扉も破られれば、若い魔導騎士は殺されるかもしれない。


 魔鉄鋼製の扉から現れたのは――――――だ。

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