第39話 四年生、大一番(4)

「きみたちは今から《災厄》に乗っ取られた彼と戦わねばならない~! 数百年に一度の大審判! 勝利には繁栄を、敗北には衰退を。なに、大陸全土に渡る呪いではなくせいぜい周辺諸国を巻き込むぐらいのものだよ。気楽にいこうね皆ァ~!」


 リアムが歌い上げるように喋る。突然のことに未だ状況が掴みきれないソフィーたちも、本能的に悟って体が震えている。

 ヴァンが顔を上げた。目の色が反転している。白目の部分が黒く染まり、瞳は真っ白だ。

 ヴァンの体から黒き突風が吹いた。マリエラたちは腕で顔をかばい、防御の姿勢を取る。ビリビリと重圧をもって体に響いてくる風は、衣服を切り裂いていく威力があった。

 ヴァンが自身の腕を押さえつけるようにしてまた俯く。ぜぇぜぇと肩で息をしながらガタガタ震えているようだった。


「ヴァン……まだ完全には乗っ取られてない……?」

「そうだね、抵抗してる。ヴァンが頑張ってくれてるうちに何とかしないと」


 フィリップは冷静で、引き寄せの魔法で自身の魔法具を掲げた。頭部には丸い環がつき、それに小さな環が数個かかっている錫杖だ。素材はクラウンゴールド、『王家の錫杖』である。

 フィリップは錫杖で床をドンと突いた。シャラン! と背筋が伸びるような音がホール全体に響く。ソフィーをはじめ、全員の顔つきが変わる。

 ソフィーも魔法具を引き寄せた。小さな鈴がクラウンゴールドの棒を包み囲むようにたくさんついている、『王家の神楽鈴』だ。


(二人とも用意してたんだ……!)


 ダニエルは大剣を、ロイは双剣、オースティンは銃と弾丸を。マリエラは後方支援型なので補助魔法具――公爵家で代々受け継いできた『白金の腕輪』を寮の部屋から引き寄せた。先の帰省の際、母から渡されたものだった。


『グッ……ア、ア!』


 ヴァンが呻き、腕を振り上げた。黒い衝撃波が襲いかかってくるのを、フィリップが錫杖を振って相殺させる。キィィンと耳に響くのに透き通る音色だ。

「ソフィー! 何が正解なのかは分からないが、たぶんきみが鍵だ、きみにしかできない。習ったことを片っ端からやってみて! あとの者は援護を!」

「はいフィリップ様!」


 シャランシャランと神楽鈴を振りながら、ソフィーが詠唱を始める。二人とも、王宮で魔法士たちから指導を受け鍛錬を重ねてきたはずなのだ。動揺していた先ほどとはうってかわり、勇ましい。

 ダニエルが大剣を振りかぶり、ヴァンに斬りかかった。防護壁のようなものに弾かれて届かない。その隙に背後からロイが襲いかかるが、黒い小さな竜巻にやられて飛ばされていく。オースティンの銃も、弾丸が当たる前に空中で静止され、バラバラバラと床に落ちた。

 マリエラは防御耐性向上魔法に攻撃威力強化魔法、回避行動支援魔法を全員にかけた。魔力のある限り、何度も何度も重ねがけしてゆく。


 ヴァン自身が《災厄》に抵抗し、五人がかりでかかってもこちらが劣勢である。ソフィーの魔法はどれもこれといった効き目はなく、それでも果敢に挑戦しているが、時間の経過とともに全員の傷が増えていく。

 俯いていたヴァンが顔を上げた。それだけで凄まじい風の斬撃が皆を襲い、肩や腕、脚などを負傷して血が流れる。床や壁、天井までもが破壊され、亀裂が走り、場所によっては崩壊している酷い有様だ。


(駄目だ。ヴァンがあれだけ抑えてくれているのに、攻撃が少しも届かない! だいたいどうしてヴァン? ヒロインの進んだルートのキャラが乗っ取られるはずなのにどうして)

 三日月のような黒い斬撃が飛んできて、マリエラの右肩をざくりと斬っていった。

(も、もしかして、ラッキースケベポイントみたいなものがあって……それが、ヴァンに一番貯まったから……? 嘘でしょ)


 ヴァンの目から血が流れ、ドォンと衝撃波が起こった。それぞれ防御するも敵わず、吹き飛ばされて床に体を打ち付ける。マリエラは軋む体を起こしてヴァンを見た。彼は頭を抱えて呻いている。


(……わたしのせい?)

 マリエラは呆然とした。

 悲惨ENDを回避するためにしてきた行動が、今の結果なら――。


『みンナ、逃げロ』

 ヴァンが澱みしゃがれた声で言った。

『おれガなんとかスる』


 フィリップが錫杖を鳴らして立ち上がった。ドンドンドンドンと床を突いて音を響かせているのも魔法の一種だろう。彼も頭から血を流し、ぷらんとしている左腕はもう使い物にならない状態だ。


「ヴァン、お前自爆するつもりだろ!」

『はヤく!』

「そんなの絶対駄目!」

 マリエラは立ち上がって叫んだ。ヴァンはやる気だ。

「ヴァンが……ヴァンが死ぬのなら、私も一緒に死んでやる!」

 ヴァンの白い瞳が揺れた。その足下から黒い影が噴出し、獣の鉤爪となってマリエラを襲ってくる。

 とっさに盾を張るが無惨にも砕かれ、正面から攻撃を受けた。

「――ッ!」


 左の胸と肩に鋭い痛みが走った。五本の爪に引き裂かれ、服はズタボロになり――ちょうど左胸が露出した。乳房にはすっぱりと爪痕をつけられ、白い肌から血が滲み出てくる。

「え」

 突然のポロリ展開にマリエラは思考が停止した。

「あ――――――!」

 突如叫んだのはソフィーである。傷だらけの体ですくっと立ち上がり、マリエラの傍に駆け寄ってきた。


「もぉ! なんでいつも、マリエラ様をえっちな目にあわせようとするんですか! なんですか! 護らなきゃいけないヴァン様が、こんなことしてどうするんですか!」

「そ、ソフィーさん?」

「男子たち! ぜったいぜったい見ちゃ駄目です!」

 オースティンをはじめ、皆が虚を突かれたようにこちらを凝視していたみたいだが、ソフィーに言われてそっと目を逸らした。


「どうしていつもこうなるんですか! このままじゃ……私たちは倒れて、マリエラ様のお召し物は襤褸切れみたいになってて、えっちな格好のマリエラ様は誰かに拉致監禁されていいようにされちゃうって相場が決まってるんです!」

「ソフィーちゃん? どこの相場?」

 しかも当たらずも遠からずな気がするじゃないか。


『無理。絶対無理。絶対許さない』

 ヴァンがすらすらと喋った。さっきまではカタコトだったのに。


「だいたいヴァン様、死んじゃったらマリエラ様が誰かに取られちゃうってことですよ!? 分かります!? ちゃんと分かってます!?」

「いや待って、私の意思」

『認めない。マリエラは俺のもの』

「だったら、根性みせてくださいよ!」

 ソフィーが叫び、ヴァンは歯を食いしばった。左手をぶるぶる震えながら持ち上げ、黒く尖った爪を自身の胸に突き刺した。

『オースティン、撃て!』

 オースティンがすぐさま撃った弾丸が腹部に命中し、青い靄がたつ。

「象が一瞬で泡を吹いて倒れるくらいの、毒薬の弾丸だよ。ようやく当たったなぁ。解毒薬はちゃんと用意してあるから」

 ヴァンはふらつき、口から血を吐いた。

『お前ら、殺す気で来い! フィリップ!」



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