第37話 四年生、大一番(2)
四年生になり、マリエラとソフィーのクラスはA組。ヴァンとフィリップ、ロイもオースティンもダニエルもA組という勢揃いになった。ゲームのシナリオどおりである。
とは言え、四年生にもなればそれぞれ選択した専門分野の授業ばかりになるため、クラス分けはそこまで重要でない。
「マリエラ、今日の放課後ちょっといいかな」
こそりと話しかけてきたのはフィリップだった。ヴァンは女の子たちにつかまっている。
「はい大丈夫です。えーと、私だけでですか?」
「うん、一人で来てね。ロイが迎えに行くから待ってて」
なんだか似たようなことが一年生のときもあったなと思い出す。
放課後になり、あのときと同様、マガク部に来たロイに連れられて王室専用の部屋へ向かう。フィリップと向かい合わせに座り、早速だけどと質問された。
「最近ヴァンの様子がおかしいんだけど、マリエラは思い当たる原因ない?」
「えっ?」
「喧嘩とか、その、……付き合ってたら色々あるでしょう」
「いえ、喧嘩はしていませんし、付き合ってもないです」
「「はぁ!?」」
フィリップとロイの声が重なった。紅茶を淹れる途中のロイが、茶器でカチャンと音を立てる。珍しい。
「いやあの……たぶん付き合ってはないんですけど、まぁ、似たようなものかも、しれません」
「そうだよね、付き合ってるよね恋人だよね? あービックリした」
「あのう、ヴァンが付き合ってるって言ってたんですか?」
フィリップとロイは顔を見合わせた。そういえば、という顔をしている。
「ヴァンさんからそう聞いたことはありませんが、マリエラ様を離すことはあり得ないでしょうね。それはマリエラ様も分かっておいででは?」
それはきっとロイに言われたとおりで、失言だったとマリエラの顔は熱くなった。
「で、えと、ヴァンの様子がおかしいってのは」
「ここ最近、というかずっとかもしれない。ちゃんと眠れていないようなんだ。毎晩魘されているのに気付いたのは僕も最近なんだけど、それが、酷くて」
「そうなんですか?」
教室で見せる顔は普段と変わりない。
ただ、そういえば最近、マリエラを抱きしめるときの力が強い。縋るような、確かめるような、少し苦しいくらいにきつく抱きしめられる。
「……私も、よく見ておきますね」
「頼むよ。あいつ、何でも解決できてしまうし、解決してあげる側だから。自分のことも自分で何とかしようとして、人に頼ることを知らない」
マリエラは神妙に頷いた。
『マジラブ!』最大の分岐イベントである《災厄》との決戦は、後期課程の中頃、卒業の三ヶ月前に起こる。マリエラの奮闘もありメリバポイント貯蓄は回避できたと思われ、フィリップの結ばれENDになるのはほぼ確定だ。ソフィーは魔法使いとしての才能を努力で開かせ、聖人としての力も王宮魔法士に指南されつつ鍛錬している。
マリエラは少し肩の荷が下りたというか、気が緩んでしまったのかもしれない。
今までシナリオにはない異常事態が起こってきたのだから、《災厄》にまつわることもそうなる可能性を――想像していなかった。
新学年が始まってから一ヶ月経った二ノ月。マガク部に後輩が入ってきた。
「リアム・ディアロです。よろしくお願いします」
マリエラと身長があまり変わらない、小柄な少年である。うるりと濡れたような緑色の大きな瞳に、可愛らしく整った容姿、純朴そうな雰囲気だ。
部活仲間が彼を歓迎している中、マリエラは一人冷や汗をかいた。
(きた……! 五大悪魔の一人、《災厄》を見届ける判定者)
彼からは悪魔的な威圧感や匂いが一切無いが、本物の超上級悪魔である。上級天使や大精霊と同じように、下位世界である人間界への手出しを禁ずる規律が五大悪魔には課せられるため、危害を加えられる恐れはない。彼はただ、結果を見届けるために降りてきているのだ。
ゲームでは二周目以降に攻略可能キャラとなる。
(いよいよ、本当に《災厄》がくるんだ)
ぐっと拳を握りこんだ。のっとられるのはフィリップである。
(今の布陣なら大丈夫、絶対に大丈夫……!)
意気込んでいたマリエラの前に、リアムがとことこ寄ってきて小首を傾げた。
「よろしくお願いしますね、マリエラ先輩」
「えっ? あの、はい、よろしくお願いします」
リアムは一瞬、目を弓なりにして笑ったように見えた。
本能的な恐れなのか、体中に悪寒が走るほどマリエラはぞっとした。
「マリエラせんぱ~い!」
大きく叫んでこちらに手を振るリアムに、小さく手を振り返す。授業合間の移動中、マリエラを見つけるといつもああやって挨拶してくれるのだ。彼が何を考えているかは不明だが、本性を知っている分マリエラは怖い。周囲は可愛い後輩に懐かれているなぁと微笑ましく思っているようだが、全然懐かれている感じはしないのである。
「ねぇ、あれ誰」
「ヴァン様も気になりますよね。マガク部の後輩リアム君なんですけど、やたらめったらマリエラ様に懐いてるんです。部活でもマリエラ様に教えて教えてって纏わり付……慕ってるんですよ」
ソフィーにしてはなかなか辛辣な物言いである。
「あいつ、なんか嫌な感じがするんだけど」
「そりゃ、ヴァンにとっちゃマリエラ様に近づく男なんて皆嫌なヤツだろ」
ダニエルがあっけらかんとそう言った。彼もマリエラとヴァンの仲を知っているという事実に、マリエラは今さら気付く。
「それはそうなんだけど、それじゃない。脳がキリキリするような違和感というか」
「分かります。私もこうウズウズするような苛々するような違和感を抱くんです」
ヴァンとソフィーは流石である。普通の人間には分からないはずのものを感じ取っているのだろう。マリエラが彼に対して恐れを抱いているのは、本性を知っているからこそなのだ。
「えー、おれ全然分かんない」
ダニエルの感覚が本来普通である。
「ねぇ。マリエラ先輩って何者?」
ちょうど運悪く、部室でリアムと二人きりになった瞬間だった。向かいの机に頬杖をついて、超上級悪魔がにっこり笑う。
「一応公爵家に生まれた者ですが」
「そーゆー意味じゃないってこと分かってるよねぇ? 会った瞬間からボクのことビビッてんじゃん。こんなに可愛らしい姿をしてるのに、どうして?」
「気のせいじゃなくって?」
悪魔はニタァと笑った。マリエラが震え出すほど緊張しているのが分かってやっている。
(五大悪魔こっっっっっわ! なんで絡んでくるのよ……!)
「ボクぅ、マリエラ先輩のことが気になっちゃったぁ」
緑色の瞳が深紅に変わった。それだけでマリエラは総毛立ち、背中に冷や汗が流れる。
リアムが椅子を倒して立ち上がった。嫌だ、と思ったそのとき、バァンと扉が開かれる。ソフィーであった。
「マリエラ様ー! と、リアム君もいたの」
「ソフィーさん……大好き」
リアムは興がそがれたようで、ふいと視線をそらした。ソフィーが天使に見えた。
リアムには表面上相変わらず懐かれつつ、二人きりになることを必死に避けた。単純に怖いのである。
ヴァンの様子は相変わらずだ。表面上はいつも通り。しかしフィリップが言うには、今も毎晩魘されているらしい。マリエラがそれとなく聞いても躱されるし、フィリップも「大丈夫」と言われるだけだと言っていた。
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