第32話 奮闘の三年生(7)

 七ノ月に入り、後期日程の始まりである。学園全体の雰囲気はこれまでと違って少しピリリと緊張感が漂うものだったが、生徒たちは元気だった。むしろ、以前より学習意欲も上がっていて活気づいている。ロイとダニエルはそれが顕著だった。休暇中、二人は王立魔法軍で鍛錬させてもらっていたらしく、顔つきが少し逞しくなっていた。

 それぞれ不安な気持ちはあるだろうに、前向きに努力して、それを乗り越えようとする力と雰囲気にマリエラは感動し、勇気が出る。


 マリエラとソフィーは感動の再会を果たした。と言うか、寮の部屋で再会できた途端、ソフィーに泣きながら抱きつかれた。王宮では丁重にもてなされていたようで、髪や肌がぴかぴかツルツル、皇室御用達の化粧水やヘアオイルの香りがした。たぶんフィリップの恋人だということが薄々バレており、そして好意的に迎えられたのだろうなと察した。

「うええええええんマリエラ様あああああ今日は一緒に寝ましょうねぇええええ」

「なんでそうなるの!?」

 結局、ソフィーのベッドで一緒に眠った。




 そして、特に事件もなく月日は流れた。ソフィーとフィリップも順調に愛を育んでいるようである。王室にはまだ告白していないらしいが、マリエラは確実にバレていると踏んでいる。二人の目が合うと、途端に空気が初々しい桃色に変わるからである。本人たちはあれで隠しているつもりらしいので、休暇中、王宮でどうだったかは想像がつく。

 アイコンタクトで挨拶しあう二人を見て、マリエラとロイは目を見合わせた。


「ねぇロイ様、あの二人のこと、陛下や王妃様にバレてますわよね?」

 マリエラがこっそり聞くと、ロイはふっと微笑んだ。肯定である。

「可愛らしいですよね。二人を見るために、非番の衛兵や女官たちが出勤していましたよ」

「わぁ……そうなんですか」

「僕としてはね、今はマリエラ様たちの方が興味深いですよ。結局のところ、お二人ってどうなんですか?」

「誰のことです?」

「おや、無粋でしたか。マリエラ様とヴァン殿のことですが」


 寝耳に水とはこのことだった。まさかロイから言われるとは。マリエラがよほど変な顔をしていたのか、ロイが思わずといったように笑った。


「いえ、すみません。余計なことを言いました。謝罪代わりに僕も白状しますと、マリエラ様たちの関係が少し羨ましくも思うんです。例のお二人のように初々しい初恋のような雰囲気はまるでないですが、マリエラ様たちには特別なつながりを感じるんですよ。それがどういうものなのかは分からないのですけど、僕は、ずっと彼のことも見てきましたから」

 攻略対象の一人であるロイも、孤独のなかにあるキャラクターだった。入学時に受けた印象もそう。ただ彼は、少し雰囲気が柔らかくなった。

ソフィーと結ばれなくとも、エンディング後の未来では様々な出会いがあろう。幼い頃から諜報機関に身を置いている彼の、安らぎもきっと。


「本当は、私もよく分からないんです」

「分からないのですか?」

「ええ。ソフィーたちを見ていると、特に」


 マリエラのヴァンへの感情は、あのようなキラキラした綺麗なものではない。

バッドENDを回避しようと邁進してきたなかで、マリエラの現実にゲーム知識が介入し、マリエラの人生が自分以外のものへと乖離しそうなとき。これはマリエラの現実なのだと、ちゃんとここに存在しているのだと、隣を見れば手をつないでくれているような、そんな存在だった。

恋とかそんな可愛らしいものではなく、いつの間にか、もっと泥臭いものになってしまった気がしている。


「ヴァン、なんだかんだ言いながら、優しいから」

「彼の本来の優しさを知っているのは少数でしょうね」

「気障ったらしいキラキラ貴公子ぶってますもんね。私はあの優しさは知りません」

「あんな風にされたいので?」

「想像したら鳥肌がたちそうですね」


 ロイは笑った。そうしていると、ごく普通の少年のようだ。

(ロイとこんな話をする日がくるとはね。なんだか感慨深い思い)

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