第31話 奮闘の三年生(6)
研究所からシュベルト公爵邸までは馬車で二十分ほどだ。用意してもらっていたなかでヴァンが選んだのは、開発中の魔動力式三輪駆動車であった。マリエラの前世のバイクとよく似ている。その横にサイドカーが取り付けられており、マリエラはそこに乗った。
「我が研究所としても使ってもらえて嬉しいです。まだまだ喰う魔力が多くって、でも従来通り魔法石を使うのは燃費が悪いし切れたとき困るでしょう。便利に使えるよう、試行錯誤しているところなの。データとらせてくださいね」
職員はうきうきしながら機械を取り付けている。
「……ねぇ、あんな魔法陣を作動させたあとだけど、大丈夫なの?」
「俺を誰だと思ってんの? まだまだヨユーだよ」
得意げな顔をするヴァンに、「ほえー」と気の抜けた返事を返した。移動人数にもよるが、大型空間転移魔法陣を作動させるには、優秀な魔法士五人分の魔力をごっそり奪うのだと聞いている。
操縦桿の中央に嵌め込んである魔法石にヴァンは手を当て、魔力を注ぎ込んで起動させた。ブオオン……と音までバイクに似ている。
「すごい! 余裕綽々で起動させられる人初めて!」
職員たちはキャッキャとはしゃいでいた。これはすごい発明になるだろうが、改善の余地は大いにあるようだ。
「それでは行ってらっしゃいませ!」
ヴァンはまるで慣れた様子で三輪駆動車を発進させた。風をきる横顔は、童心にかえったように目を輝かせている。楽しいらしい。
シュベルト領は王国の穀倉地帯である。小麦の栽培を筆頭に、農業と酪農がさかんだ。そして魔法科学研究に力を入れている。
研究所を出て公爵邸までの道のりはずっと農地である。夏らしくからりとした天候に吹き抜ける風、どこまでも続く小麦畑が波うっていた。
落ち込んでいても気が晴れるような、爽快な光景だ。
「マリエラの故郷、いいところだね」
「ありがとう」
三輪駆動車は馬車よりも速く進み、少し小高い丘にそびえ立つシュベルト公爵家本邸に着いた。代々受け継がれてきた屋敷は巨大な箱のようであるが実はコの字型の建物だ。白い壁に青鈍色の屋根、ガラス窓が等間隔に並び、神話の神々をモチーフにした彫刻が多数飾られている。この裏側には庭や池が広がっている。
「さすがシュベルト公爵家……でかいね」
「田舎だしね。でも広すぎて冬はひどく寒いのよ」
窓から下を見た使用人がマリエラたちに気付いたようだ。マリエラはゆるく手を振った。すぐに出てきてくれるだろう。荷物を手に持ち、ヴァンを振り返る。
「ヴァン、ここまでありがとう。学園でずっとついててくれたことも、感謝してる」
「……。マリエラさ、昨日の夜に一瞬目覚めたとき、記憶がこんがらがってたのか〝まだ死にたくない。皆と、ヴァンと未来をみていたい〟って言ったんだ」
それは、死ぬと悟ったあのとき、マリエラが最後に思ったことだった。
「それはさぁ、俺たちもだよ。ソフィーさんやフィリップは勿論、オースティンは君を商会に引き入れたいらしいし、ダニエルは頼りになる姉御って思ってるみたいだし、あのロイも一目置いてる。特に今回のことで、ダニエルとロイは相当悔いている」
悪魔が召喚されたあのとき。ダニエルには武器がなかったし、ロイはそもそも後方支援か暗殺向きなのである。それにまだアカデミー三年生なのだ。〝裁きの雷〟で追い払えるヴァンがそもそもの規格外だ。
ヴァンが下を向いた。髪が邪魔をして表情が見えない。
「俺だってね……マリエラと未来を生きたいよ、当たり前じゃん。やりたいこと山ほどあるんだから、……もう絶対死ぬな」
「……うん」
泣きそうな沈黙が落ちた。
マリエラは気分を変えるように、明るく訊いてみる。
「ヴァンがやりたいことって何?」
「いろいろォ。マリエラはそのうち分かる」
目を細め、にやりと笑ったヴァンは三輪駆動車を起動させて行ってしまった。言い逃げである。
「一息休んで行けば良かったのに」
玄関の方が何やら騒がしくなっている。「お嬢様!」「ご無事だった!」「あっ旦那様まで来た」など聞こえるので、アカデミーで起こったことは把握しているらしい。父を筆頭に、皆が走ってくる。
「マリエラ、ただいま戻りました!」
夏期休暇はのんびり過ごした。ソフィーとは手紙のやり取りをして近況を報告しあった。
王宮に滞在しているソフィーは様々な検査を行ったらしく、どの分類にも当てはまらない『癒やしの力』であることが証明された。御伽噺で言う《聖人》である。今、王宮仕えの魔法士から訓練を受けているとのこと。その魔法士曰く、《災厄》についての文献はあさっているのだが、王宮が焼失した以前のことなので資料があまりないのだという。
アカデミーからは教師が来た。今回起きた事件についての説明と、謝罪である。上級悪魔が召喚された経緯はヴァンが言っていたとおり。しかし、学園を守護しているはずの常駐魔法には問題がなく、何度も精査したが穴もなかった。召喚自体が偶然に偶然を何重にも重ねたような悲劇であり、不明瞭なことが多い。教師たちの顔も暗かった。
しかし、このような異変が最近、大陸各地で起きていると報告があがっている。御伽噺でいう《災厄》のような、そういう巡りにあるのでは、と魔法士学会でも話されているところだ。
後期からもアカデミーに通うか意志を確認され、マリエラは即答した。両親も頷く。教師たちは今回のことを説明しに、全生徒のもとへ訪問しているらしい。大変であろう。
マリエラは元のゲームのシナリオが佳境に入ってきたなと感じていた。
そのほか、変わったことと言えば父にヴァンのことを訊ねられたことだ。昼下がり、ぼんやり庭園を眺めていたら父が隣に座ってきたのである。いつも冷静沈着な父に珍しく、そわそわしていた。
「そのー、マリエラはヴァン・ルーヴィック君と仲がいいのか?」
「ヴァンですか? ええまぁ、仲は良い方だと思いますけど……急にどうしたんです」
「いや! なに、アカデミーからここまで送ってくれたのは彼だろう? 研究所の面々がな、あの三輪駆動車のデータを沢山とれたと喜んでいて。ほんとうに凄まじい、特等級魔法使いなのだな」
「そうですね。ヴァンがいなかったら、多分クラスメイトのほとんどは死んでいました。私もきっとそう」
「そ、そうか」
父は他にも言いたいことがありそうな様子で、結局は黙ったままだった。
「お父様? 何か他にも言いたいことがありそうですけど」
「う、うーん……。マリエラは、嫌なことは嫌とハッキリ言う淑女だよね?」
「はい」
「ならまぁ、いいかなぁ」
マリエラが帰省して数日後には兄たちも帰ってき、家族だけの晩餐会を開いた。母と妹とお茶したり、兄たちとボードゲームで勝負したり、穏やかで楽しい休暇であった。
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