第22話 二年生、マリエラの受難はなくならない(7)

 それから一ヶ月経ち、陽は高く眩しく照らす五ノ月。

二年生は二泊三日の臨海研修がある。学園から魔法式大型移動車で一時間行ったところにある宿舎に泊まり、海での魔法実習を行う。教育課程の一環であるが、生徒にとってはお楽しみイベントである。

 白い砂浜、陽光を受けてきらめく青い海、天候にも恵まれた清々しい快晴。


「「「海だ――――!」」」

「コラッ! まず集合、点呼、説明がありますッ!」

 着いて早々、海へと走り出す生徒たちに教師が叫んだ。

 かくいうマリエラたちも、高揚感にはやる胸をおさえている。

「マリエラ様は海に来たことありますか?」

「近隣に来たことはあるけれど、入ったことはないわね。とても綺麗」


 宿舎利用客専用なのか、海には誰もいない。ざざん……と寄せては返す静かな波、風にのった潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。自由時間が楽しみである。

 部屋は四人一部屋で割り当てられている。まず荷物を下ろし、体操着に着替えて浜辺に集合だ。まずするのはビーチバレー。勿論普通のバレーではなく、ボールに魔力を込めることによって威力や軌道が変わる魔法バレーである。


「思っていたよりキツいですね」

「脚がかなりしんどいわね」

 

魔力も体内で作られるのだ。そのため、体力作りはカリキュラムに組み込まれている。

 マリエラたちB組で実力を発揮させていたのはやはりダニエルとソフィーであった。ダニエルは単純に運動神経が良く何でも拾うリベロ、ソフィーは魔力を込めたスパイクがえげつないアタッカー。ヒロインってこんな感じだっけ……? とマリエラが不安になるくらい、ソフィーの攻撃力が増しつつある。


「マリエラさまぁ、なんだかあっちのD組、私たちのクラスとは雰囲気が違いますね」

「あくまでレクリエーションの、楽しそうな感じのバレーね。私たちはガチで勝負し過ぎたわ。とてもしんどい」

「あんな感じでも良かったんですねぇ。あ、ヴァン様、女の子たちに囲まれてますね」


 ヴァンたちがいるD組は陽キャの集まりというかパーティーというか、見るからにキャッキャウフフとしていた。無論ヴァンは本気など出さず、女の子にトスを上げたり、サポートしてあげたりしていた。にこにこと気障に笑い談笑しているあの口は、どうせ優しい甘い台詞でも吐いているのだろう。


「モテますねぇヴァン様」

「海辺だと尚更そう見えるわねぇ」


 バレーが終わり、魔法で砂の城を作って競った後は、班ごとに夕食を作る。メニューはお決まりのカレーだ。アカデミーの生徒は半数が貴族であるので尚更、四苦八苦している班が多いなか、マリエラの班は違った。食堂の娘であるソフィーと、ダニエルが料理に手慣れていたからだ。マリエラも酷いことはしなかったし、もう一人の男子も指示をちゃんと聞くタイプであったので美味しいカレーが完成した。


 陽が沈み、本日最後のレクリエーションとして魔法花火の打ち上げがあった。それぞれ事前に用意した魔法式で、海の空に向かって魔法花火を打つのである。

「私、マリエラ様への愛をこめて作りました。見ててくださいね!」


 えい! とソフィーが打ち上げたのは、藤色の大きな花火で、ぱっと光ったあとにサラサラと光の粒子が下へ落ちる、藤の花を彷彿とさせる見事なものだった。

(いつの間にこんな魔法を使えるように……)

 マリエラは感動した。涙で視界が滲む。

「ありがとうソフィーさん。私もね、ソフィーさんを連想して作ってきました」

 いざ! と打った魔法花火は、白とピンクの二色で作った五輪の桃の花。マリエラの魔力では派手なことはできないが、事前に魔法式を組むのなら凝ったことはできる。


「まっマリエラさまあああ!」

 ソフィーが抱きついてきて、マリエラはよしよしと頭を撫でた。すると、隣にいたダニエルが凝視してくる。

「……マリエラ様とソフィーさんって、そのー……そういう関係?」

(なんだと?)


 マリエラは急いで首を振り、ソフィーは意味が分かっておらずキョトンとしていた。

 知らないところでダニエルのメリバENDポイントが貯まっていそうな発言ではないか。

 魔法花火のトリは何と言ってもヴァンだ。教師の合図で彼が魔法を打つと、ドドドドドドババババババと海の上に大量の大玉花火が上がる。生徒も教師も、ほぅ……とうっとり夜空を見上げた。赤、白、黄色に青や緑、様々な花火があがり、最後は金色花火のオンパレード。まるで花火大会のようだった。



 各自部屋に戻り、就寝となるのだが――いつもと違った環境で上がったテンションは冷めないようで、B組の女子十名は一室に集まることになった。マリエラもソフィーに手を引かれて一応参加している。こういうとき決まって議題に上がるのが恋愛の類だ。もうすぐ結婚する子も一人いるので質問攻めにされていた。


 好きな人がいるだとか、いいと思っている人は誰だとか、皆瞳をきらきらさせながら語っている。気を遣ってか、マリエラが質問を向けられることはなかった。ソフィーはダニエルとの仲を疑われていたが、本人がきっぱり「ない」と否定した。

 そうか、ダニエルはないのか。だったらやはりソフィーは……と、マリエラはどこぞの王子を思い出した。

図書館でのあのとき、彼の澄んだ碧眼には覚悟のようなものが見えたのだが、ソフィーには伝わっているのだろうか。




 翌日。早朝から海岸沿いの走り込みをさせられ、宿舎に戻って全員で朝ご飯を摂る。食堂には八十人分の朝食がずらりと用意されていた。コッペパンにスクランブルエッグ、こんがり焼いたウインナー、そしてサラダとスープ、ヨーグルト。運動の後のご飯は美味しく、グレープフルーツジュースまでついていた。トレーごと返却口に返し、部屋に戻るとしばしの休憩である。この次に魔法実習があるので水着に着替えておく。


 水着は学園指定のものはなく自由である。マリエラは白のフリルタイプの可愛いビキニにした。髪はポニーテールに結び直す。ちなみに、水着実習は男女別だ。

 ソフィーは薄ピンクの生地に白い小花模様が散らされている、ワンピースタイプの水着のようだ。彼女の場合、その豊満すぎる胸をおさめるにはビキニタイプは心許ない。


「ソフィーさんはもちろん、皆さんとっても可愛いわね」

「マリエラ様はお美しいです!」

「あはは。ありがとう」


 マリエラとソフィーは少し早いが海に出ることにした。同じように考えた生徒は他にもいて、海辺には女子の半数、二十人近くがいた。足先を波に浸からせたり、水をかけあったりして遊んでいる生徒もいる。

 マリエラとソフィーも海に近づき、波打ち際をぺちぺちと歩いた。砂の粒子は細かく柔く、立てた爪先は簡単に埋まる。日差しは熱いが、海水に浸る足裏は冷たい。


「マリエラ様ぁ、気持ちいーですねー」

「そうねー。実習なの忘れてしまいそう」


 まるでバカンスに来たようだ。眩しい太陽の光に照らされて、水面がきらきらと反射して波打っている。その遠く海の向こうに、小さな塊がモコリと現れてすぐに引っ込んだ。なんだろう、と目を凝らす。地鳴りのような音が響いてきた。何かが起こっている。


「ソフィーさん、何だかおかしいわ――」


 マリエラが身構えたそのときだった。ザザザザアアアアアアア――と現れたのは巨大なイカの魔物で、体長は見るからに数十メートル以上ある。クラーケンだ。

 あちこちから生徒たちの悲鳴が上がる。


「退避――!! すぐに先生を、ヴァンを呼んで!」


 マリエラが力の限り叫んだ。生徒のほとんどは海から上がり、宿舎に向かって駆けだしている。マリエラは周囲を見渡し――波打ち際で恐怖に腰を抜かして震えているクラスメイトの元へ走った。


「立ちなさい! しっかりして! 逃げるのよ!」

「あっ、ま、マリエラ様、動けない……っ」


 彼女は歯をガチガチ鳴らし、泣きながらこちらを向いた。そこにクラーケンの足の一本が鞭のようにしなって伸びてくる。


「〝風よ! 刃尖らせて切り裂け!〟」


 マリエラの風魔法はクラーケンの足先を切り落とした。図体が大きいだけで実は弱いのかと思えば、切られたところから足はすぐに再生し、マリエラたちに向かってきた。

 マリエラはクラスメイトを無理矢理立たせ、引きずるように退避する。間に合わない。

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