第18話 二年生、マリエラの受難はなくならない(3)

 通常必修科目は振り分けられたクラス単位で行うことが多い。二年生になると実践魔法に攻撃や防御といった要素が盛り込まれる。ソフィーは徐々に才能を開花させていった。攻撃魔法の飲み込みが早く、威力もやたら強いのである。


(元のゲームではこんなに攻撃力強かったかな……?)


 これまでソフィーを落ちこぼれのように思っていた生徒も、これには目を丸くし、冷や汗をかいているようだ。戦ったら負けるのである。そのソフィーと意気投合したのが、のちの将軍候補とも言われているダニエルだ。B組では二人がコンビを組み、切磋琢磨している。剣技などを含めばダニエルに軍配があがるだろうが、遠距離での魔法勝負でならソフィーにやや分がある程だ。


(いつの間にあそこまで強い子に……頼もしい!)

 マリエラはソフィーの補佐ができるように、防御魔法や補助魔法をメインに磨くことにした。そもそも攻撃魔法は得意ではない。

(もし敗北ENDルートに入っても、この調子だったら火力ゴリ押しで《災厄》に勝てるかもしれない)

 ソフィーとダニエルが真剣に話し合い、互いを高め合っているのを見てそう思った。

 そんな実践魔法の三限目を終え、マリエラたちはグラウンドから校内の更衣室に戻っているときだった。


「マリエラ様、ちょっといいですか?」

 やや高めの男子の声に、マリエラは振り返った。

「あなた、マクロン子爵の? いいですよ」

 濃い金髪の人畜無害そうな彼は、社交界で何度か会ったことがある。確か子爵家の次男坊だ。気を利かせたソフィーが「先に行っていますね」と去り、彼はほっと笑った。


「どうされましたか」

「あっ、の……僕たちD組さっき調理実習だったんです。課題はカップケーキで、これ、マリエラ様もらってくださいませんか」

「わたし、ですか?」

 彼と面識はあるものの、プレゼントを貰うほどの仲ではない。マリエラの戸惑いを感じたのか、マクロンが視線を揺らす。

「僕、本当はずっとマリエラ様と喋りたかったんです。これは、きっかけというか……」


 差し出された茶色い紙袋はふるふると震えていた。緊張で彼の腕が震えているのが分かり、マリエラはそれを受け取っていた。中にはブルーベリーとオレンジのカップケーキが二つある。

「あら、美味しそうですね」

「はっはい! 同じ班の子が料理上手で。そ、その、よければ我が領地名産の紅茶もあるので、一緒に是非――」

「ふーん、マクロン君、マリエラ嬢に興味あったんだぁ」


 だるそうで剣呑な声が割って入った。

 空気をぶった切るような雰囲気にぎょっとすると、ヴァンがいつの間にか真横に立っている。マリエラがもらった紙袋をさっと奪い、カップケーキ一つをまるごと食べた。マリエラは唖然とする。


「なっ……お前!」


 マクロンは小さく叫び、怒るというよりも、顔を青ざめさせて手を中途半端に伸ばしただけだった。何か変である。

 ヴァンはマクロンを気にも留めず、マリエラを見つめたままモグモグ噛んで飲み込んだ。

「マリエラ嬢さぁ、ほんと……」

 はぁ、と大仰な溜め息をついたヴァンはマクロンを向いた。


「マクロン君さぁ、これなに? 惚れ薬? 媚薬? その両方混ぜたヤツ? こんな変に濃いやつ、キミが作ったやつじゃないでしょ。思ったより精度高くて焦ったぁ~まぁ俺にかかれば体内で分解できるけどさ」


 ハ、と笑うそのさまは、小者をいたぶる悪魔のようだった。


「ち、違」

「残り一個は証拠品として預かるよ。マクロン君、前に言ってたもんね。好きな子と緊縛プレイしたいって猥談。その相手ってマリエラ嬢だったんだー」

 マリエラ、本当にロクな男から興味を持たれない。頭痛がしてきた。

「そっれは! ヴァンさんも言ってただろ、狂うくらい追い詰めたいって」

「そりゃあ好きな子には泣きすがられてみたいじゃーん」


 当たり前だろうとヴァンは自信満々に言った。

 男たちで一体どんな話をしているのだか……。


「で? 迂闊なマリエラ嬢、どうする?」

「……そのカップケーキを調べて、媚薬か何かしらの薬が入ってるようでしたら、マクロン様は今後私に関わらないようにしてください。実家の兄には報告します」

 それだけ? とヴァンが片眉を上げたが、マリエラは頷き返した。

マクロンは目元を歪め、泣きそうな顔をしている。


「……僕、入学前からずっと、マリエラ様が憧れの人で、本当に好きだったんだ」

「本当に好きなら、薬なんて盛ってはいけません」

 マクロンはビクッと震え、続けて謝罪を口にすると猛ダッシュで去って行った。

「はぁぁ……惚れ薬ねぇ。本当に私のこと好きだったのかな」

「盛られそうだった人が何を暢気に言ってんの? 俺言ったよね、気をつけろって」

「大丈夫よ。私にね、純粋な恋愛的好意を持ってくれる人なんて、早々いるわけないじゃない。一応、毒の鑑定くらいしたわ」

「……マジで言ってんの?」


 公爵家という強大なものが背後にあるマリエラなのだ。エロスチルを期待されているマリエラなのだ。それぐらいは分かっている。


「それよりあなたよ。体内で分解できるって言ってたけど大丈夫なの?」

「待って、今はその話じゃない。マリエラ嬢は色々たくさん誤解してる――」

「! ヴァン様、顔真っ赤じゃない!」


 見上げたヴァンの頬が赤く染まっていた。両手を伸ばして頬を包むとさらに真っ赤になり、瞳も涙で潤んだ。発熱時特有のそれである。


「大丈夫なんかじゃないじゃん! だいたいあなたね、毒って思ってんのに食べるのどうかしてんのよ! 莫迦じゃないの! 莫迦!」

 そうやって敗北ルートの時も毒殺されたのではないか――他人の毒を奪って。

「ちが、これはマリエラ嬢が」

「保健室に行くわよ!」


 マリエラはヴァンの手を掴んだ。子どものように熱い。

「あっつ!」とびっくりすると、ヴァンに手を振り払われた。いつになく乱暴できょとんとすると、ヴァンが少し焦った。


「ごめ、じゃなくて、大丈夫だから」

「全然大丈夫に見えない。あなた、これまで私のことは勝手に連れ回したりしてきたんだから、今回は大人しくなさい」


 マリエラはもう一度ヴァンの手を握り、保健室へと歩き出した。今度は黙ってついてくる。すれ違う生徒たちからは何事だろうと注目を浴びたが、どうでもよかった。ヴァンは毒に対して自分を過信している。マリエラには〝気をつけろ〟など言うくせに、疎かにしているのは自分の方ではないか。腹が立ってしょうがなかった。

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