第五章

第55話

 コンコン、とドアがノックされる。

「フォレストさん」

 魔界の魔人であるフォレストの名を呼ぶ。

 だが、返事は無い。不審に思い扉を開けると——そこには背を向けて座っているフォレストがいた。

 近づくと、フォレストの手元にあるタブレットに、なぜか澪の顔が表示されていた。それを見ながら唸るような声を出していたのである。

「フォレストさん?その子がどうかしたんですか?」

「……!」

 そこでようやくリークの存在に気付いたらしい。フォレストがややたるんだ目をこちらに向けてきた。

「ああ、リーク。——ちょっとな」

 言って、タブレットをタッチすると、徐々に澪の顔が小さくなっていく。

「それで、何の用だ?」

「ああ。えっと、開発者に近い者を見つけてきました」

「そうか」

 フォレストがそう言うと、リークは一度部屋を退出する。

「——こっちへ」

 数秒後、リークの背後には、傷だらけの少年が怯えた様子で立っていた。

「名前は?」

「……」

 何も言わない。ただ怯えているだけ。

 フォレストは椅子から立ち上がり、その少年の前に行くと、膝を折って目線を同じにした。

「俺はフォレスト。その傷、どうした?」

「……え……あの……か、かいぶつに襲われて……」

「……こいつ、まさか人間か?」

「いえ違います。妖精界から連れてきました」

「……」

 リークがそう言うと、フォレストは急に黙り込む。

「……れ、レネン……」

「なに?」

「僕は……レネン」

 少年の名は、レネン。

 フォレストには聞いたことがない名前だった。

「そうか。この少年が、本当に開発者なのか?」

 と、リークに対して言うと。

「まあ、<ベスティア>を開発するくらいの能力があるかは分かりませんが、ちょっと特殊なブロッサムを生み出したことがある、と言っていました」

 そう言われ、何を思ったのかフォレストは急に立ち上がり、机にあったタブレットを取る。

「この女、知ってるか?」

 画面には——先ほどリークが見た、澪の顔が表示されていた。

「……」

 無言で画面を見つめるレネン。

 そして数秒後——首を縦に振った。

「ぼ、僕が……作った」

「……だから、か」

 

————


「いて——っ」

 何かにぶつかる。

 街頭がチラホラついているものの、何にぶつかったのかがハッキリと見えない。

「……?」

 頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

 段々と目が暗闇に慣れてくると、そこにいたのはやや身長が高いスーツ姿の男だった。

「ごめんなさい、不注意でした」

 軽く謝りながら歩こうとすると、名前を呼ばれる。

「……紫原、澪か?」

「えっ?どうして名前を……」

 ピタリと足を止める。名前を知っているという事は、不審者に違いないと澪は思った。

 だが、よく見てみると見たことがある顔だということが分かった。

「……あ、魔人さん」


 妖精界と魔界が混在していた時代——そこに、もう紫原澪は存在していた。


 何度か会って話をしたことがある。

 それは、最初の魔人——ディークストがいた時代であった。

「あの、私に何の用ですか?」

「お前が、魔の神の鍵を持っているんだろう?」

「…………」

 澪はごくりと生唾を飲み込む。

 フォレストはどうしてそのことを知っているのだろう。

「大人しく渡せば、何もしない」

「……あいにく、だけど」

 ポツリと言葉を発する。

「今持ってないんだよね」

「……なに」

 両手を前に出し、何も持っていないことを証明する。

「くそ……、ならどこにあるんだ!?」

 その瞬間、澪の首をガシッと掴んだフォレスト。

「うぐ……ッ、言う訳、無いじゃん……ッ」

 かすれた声でそう言う澪。

「…………っ」

 右手の力をさらに強める。

 そろそろ息の根が止まるだろう——と思った時。

「な——ッ」

 何かの力によって、フォレストは後ろに転げる。いわば、衝撃波と言ったほうが早い。

「……その姿は……」

 見ると、そこには紫と青が入り混じった服を身にまとった澪が肩で息をしていた。

「……私は、アイリス」

 アイリス——それが、ブロッサムへと変身した姿だった。

「ぐ……渡さないなら、ここで、お前を殺してやる」

「……いいですよ。どうせ、殺せないんだから」

 おもむろに立ち上がり、フォレストは右手をアイリスへと向ける。

「これが最後だ。……鍵は、どこだ」

「人の話聞いてなかったんですか?言わないって、言ったでしょ」

「……ふんッ」

 右手を上へ上げると、アイリスの身体がふわりと浮く。

 そして次の瞬間——地面に、叩きつけられる。

「ごほ——ッ!」

 地面にひびが入り、多少の血が床につく。

 その身体を、右へ―—左へと引きずると、さらに血の量が多くなっていく。

 が、アイリスもやられてるだけではなかった。

 すぐさまその力に抗い、その場に立ち上がる。

「なに……っ」

 さらに力をこめるが——アイリスは微動だにしなかった。

「これで、どうですか……ッ!」

 両手には、緻密なやや古式の長銃を持ち、すぐさま引き金を引いた。

 その銃口から弾丸が発射される。ピジーの時と似たようだったが、でも違う。

 弾丸かと思えば、それは徐々に紫色の光玉へと変化していき——フォレストの右頬をかすめる。

 ——切り傷のような跡が付き、血が流れる。

「外した……ッ」

 すぐさま態勢を整え、引き金を引こうとする——

「終わりだ」

「な……ッ!?」

 気が付くと、目の前には形相を一変させたフォレストが、アイリスの首に、小さなナイフを突きつける。

「や、やめ……っ」

「ここで、死ね」

 

 ——グサッ


 何とも不快な音が響く。

「あ……ッ、ぃ……」

 ——刺してから、右へスライドさせる。

「……」

 血が付いたナイフを、裾の所でふき取る。

「……持ってないか」

 崩れるようにして倒れたアイリスの死体を探るが、鍵らしきものは見当たらなかった。



————

「……あいつは、俺の能力に抗ったんだ」

 画面に表示された澪の顔を見ながら、そう言ったフォレスト。

「もとはといえば、ブロッサムは……適性が無いと、なれないんだ。けど、僕が改造して……適性無しでも、ブロッサムにしたんだ」

「なんでそんなことを?」

 横に立っていたリークが、レネンの顔を見ながら言う。

「ただの、興味本位……。別に、理由なんか、ない」

「お前は、何者なんだ」

 興味本位でブロッサムを作り出したというレネンに、フォレストは少々気味悪さを感じていた。

「GOA《ガルト・オブ・アロン》……の、一人だよ」

「「GOA……?」」

 GOAは、ブロッサムそのものを作り出す会社である。

 妖精界の森深くにある、人目につかない場所にひっそりとたたずんでいる。

 ブロッサムとは、魔力に対して適性がある人物が、妖精から花の結晶を授かることでブロッサムになれる。

 どこで、誰がブロッサムになるかは分からない。そんな中、たまたま見つけたのがリリー・グレイという普通の高校生だった。

 だが、適性がない人間だとしても、GOAの手に掛かれば——ブロッサムへと変身する。

 無論、適性がない人物をブロッサムへとするものだから、それが脅威になることも。ブロッサムの力を制御できずに暴れまわる者もいるとか。

「あなたの力に抗えたのは……普通のブロッサムじゃないからだと、僕は思う」

 これで、理解ができた。

 ピジーは簡単に抑えることができるのに、澪は徐々にこちらの力に抗ってくる理由が。

「これ、見て」

 レネンが言うと、右手にはリークと同じようなスマートフォンを握っていた。

 その画面を二人に見せる。

「なんだ……これは」

 画面には、澪の写真と、よくわからない細かな数字が表示されていた。

「全身に、魔力耐性を施したんだ。だから、あなたの持っている力を、多少だけどはじくことができる。これは、通常のブロッサムよりも、高度な魔力耐性なんだ。……けど、代償ももちろんある。恐らく、ここ数年しか生きられない」

「……そうなれば、鍵の奪還どころじゃなくなる」

 リークが静かにそう言う。

 GOAが作るブロッサムは、全てが完ぺきではない。大人しいやつもいれば、殺すことだけに思考がいくやつもいる。


 すべてのものに言えることは——殺すか、否かである。

 

 と、フォレストが持っていたタブレットに、おかしな現象が映り込む。

「澪……?」

 路地裏に横たわった澪を、<ベスティア>が食っている。

「……あれ、一度殺したんじゃなかったんですか?」

「殺したはずだが……なぜこんなところに——ん?」

 その瞬間、<ベスティア>が真っ二つに引き裂かれたかと思うと、血だらけの澪がよろよろと立ち上がった。

「……まさか」

 その現象に、レネンが言葉を漏らす。

「これは、すごい進化だ……」

 レネンがその映像に食いつく。ごくりと唾を飲み込んだ。


 

 





 

 






 

 

 

 

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