第54話

 その日の夜。蓮人はリビングのソファに座り、ぐるぐると思考を巡らせていた。

「…………」

 テレビに映っているニュースをぼーっと眺めながら、細く、長く息を吐いた。

 恐らく明日も、澪は学校に登校してくるだろう。

 それは、知っているからだ。澪が、一度死んだはずなのに学校に登校してきたことを。

 もしそうなら、自分はどうしたらいい?


 また、今日のように澪に襲われて、ピジーが殺すのか?


 なぜ生き返ってくるのか。なぜ襲いにくるのか。

 前者については、もう蘇生能力があるから、としか考えられない。そればかりは、自分にはどうしようもないことである。

 だが、後者については何か自分にできることがある気がする。

 澪が襲いに来るのは、何か理由があるはず。それを突き止めればいいだろうと。

 襲いに来なければ、澪は殺されることもなくなるし、ピジーが殺すこともなくなる。

 今日分かったことは、自分に危険が伴った場合、ピジーが何とかしてくれること。

 それが、「殺す」という手段だったとしても。

「………」

 ブロッサム同士の戦いなんて、何の意味があるというのだろうか。

 ピジーの死。澪の死。もう——誰かが死ぬ光景を見たくない。

 もう一度、長く陰鬱な空気を外に出す。

 と——廊下の奥から玄関が開く音が聞こえる。

「え……?」

 蓮人はテレビを消し、リビングの入り口に目をやった。

インターホンも鳴らさずに入ってくるということは……ピジーだろうか。

「蓮人くん……?」

 リビングの扉が開いたかと思うと、そこから金色の髪が目に入る。

「リリー……」

 おずおずと顔を出しているのは、リリーであった。

「えと……入っていい?」

 既に家に入っている時点で、そんなことを言うのは遅い気がするが、気にしないでおこう。

「あ、ああ」

 リリーは小さく頷いてリビングに入ると、対面のソファへ座った。

「怪我はない?」

 蓮人の顔を見ながら心配そうにそう訊いてくる。

「大丈夫だよ」

 蓮人がそう答えると、リリーはほっとしたように表情が明るくなった。

「ね、隣行っていいかな?」

「い、良いけど」

 席を立ち、蓮人の右側に座るリリー。

 すると、リリーが両手で蓮人を包み込むようにして抱きしめる。

「り、リリー?おま、何やって……」

 身体に柔らかい感触を覚えて、蓮人は額に汗をかきながらそう言う。

「ん……こうしたら、少しは落ち着くかなと思って」

「……逆に緊張するんですけど」

「ホントに?……逆効果だったかなぁ」

 そう言って、あははとリリーが笑う。

その笑いにつられ、蓮人も少しほほ笑む。

 たしかに、リリーの言う通りだった。少し、心が落ちついた気がする。

そのまま、どれくらいそうしていたか。階段から誰かが降りてくる音がする。

「蓮人さん——あっ!?」

 と、勢いよくリビングの扉が開いたかと思うと、そこにはウサギパジャマの格好をしたフェアリーが、その光景に目を丸くしていた。

「あ、いや、フェアリー、これはだな……ッ」

「これは違うの!ただ、蓮人くんに勇気を与えたくて——」

「素敵ですっ!」

「……は?」

 意外な反応に、蓮人は口をあんぐりとさせた。

「別に蓮人さんと何かしてても、私は文句は言いませんよ。だけど——やるなら、私も混ぜてください、リリーさんっ」

「え……あ、うん。良いよね、蓮人くん?」

「——ッ」

 返答をするよりも前に。

 フェアリーが空いている左半身にくっついてきた。

 さらに柔らかい感触が全身に流れてくる。

 と。

「——あんたたち、何してんの?」

 冷淡な、静かな怒りを感じれるような声が、リビングに響く。

「あ、あぁ……お、おかえり、ピジー」

 ガガガと壊れた機械のように声のした方を向くと。

 そこには、ひどく疲れた様子のピジーが立っていた。

「そ、そういえば夜ご飯まだだったよな!何にする?ハンバーグ?カレー?」

 両方からの束縛をほどき、素早く立ち上がると逃げるようにしてキッチンへと向かった。

「ええと、カレーがいいです!」

「そうか!リリーは?食っていくか?」

「あ、蓮人くんがいいなら……食べようかな」

「よっし、じゃあ張り切って作るぞー!」


「……無視かよ」

 ピジーはワイワイとはしゃぐ三人の姿を見ながらソファについた。



 



 


 

 








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