第35話 何かある
今日の朝は、分厚い雲で覆われており、なんだか気分が乗らない。
見方を変えれば、何か悪いことでも起きるんじゃないか、という風にも捉えられる。
「まさか、な……はは……っ」
ブンブンと頭を振りながら、ベッドから降りる。
<ベスティア>の存在が、段々と知られ始めてきているのではないかと、少々嫌気がさす。
それは、蓮人だけではなく二人も同じだろう。
「——おはよう、蓮人」
「お、おぉ……おはよ」
一階に降りてリビングに入るなり挨拶をしてきたのは、以外にもピジーの方だった。
それに蓮人は動揺しながらも返す。
「そろそろ、時間の問題にもなってきたかもね」
そう言って手元に置かれた紅茶を、一口飲んでから続ける。
「私が死んだっていう痕跡もあるし、ね」
「…………」
その言葉に、またもう一度、血まみれになったピジーの姿が脳裏をよぎる。
あまりにも残酷で、どう表現したらいいか分からないくらいに、心が裂けそうだったことを思い出す。
「大丈夫よ。リリーがいるでしょ?」
「……ああ」
そんな蓮人を想ってなのか、いつもとは違く、少し柔らかい口調でそう伝えたピジー。
「フォレストは、どうしようもできません。少なくとも、私たちでは」
そう言いながら、朝食を運んできたのはフェアリーだった。
「まずは、これを食べて元気に学校に行きましょう!」
朝とか関係なく、いつも元気で明るい表情のフェアリー。
正直言って、彼女が羨ましかった。
「蓮人、座ったら?」
「う、うん」
ピジーにそう言われ、蓮人は慌ててソファに座る。
今日の朝食は、トーストしたパンにバターを塗ったもの。サラダ、ベーコン、目玉焼き……と、他の家庭と何ら変わりのない朝食だった。
「……今日は、一緒なのか?」
「ええ。あ、勘違いしないでよ。これは、こいつにそう言われたからだから」
「……こ、こいつって。と、とにかく、通学中にも<ベスティア>がいるかもしれないですから、念のためにと思いまして」
「なるほど……」
いつもは、蓮人と二人は通学時間をずらして登校している。
理由は簡単で、二人が蓮人の家に居候していると知られたくなかったから。
知られたら、後々の説明がめんどくさくなる。だから、だ。
「もしも、<ベスティア>のことを、先生とかから聞かれたらどうするんだ?」
「ま、その時はその時よ」
「な、何とかいい訳でもして逃れようかなって……」
結局のところ、そう聞かれた場合の良い対処は無いらしい。
しばらく歩いていると、生徒の姿がぽつりぽつりと見えてくる。
そして、その生徒がこちらを見ると、ビックリした様子で目を丸くする。
……当然と言えば当然なのだが。
右にフェアリー、左にピジー。つまり、両手に美少女がいる状態なので、まるで二人と付き合っているかのような誤解が生まれるのだ。
蓮人としては、早くこの場から逃げたい。けれど、もし<ベスティア>がうろついていたら、のことを考えるとそうはいかなかった。
何とかその視線に耐え続けること数分。
ようやく校門が見えてきた。
「あ、蓮人!」
と、校門で待ち構えていたのは玲華だった。
「れ、玲華……っ」
「あれれ、なんで二人と一緒なの—?」
もちろん、玲華はそのことについて訊いてくる。
「こ、これはアレだな……」
蓮人はそのことについて、どう言い逃れしようかと冷や汗をかく。
「れ、玲華さん……これには、こういうことがあってですね」
フェアリーが蓮人のサポートをする。
数秒後、玲華は「そう言うことか」と納得したような顔をした。
「てことは……二人とも、付き合ってるとかじゃない、と?」
「ちげぇぇぇぇわ!!」
二人よりも先に、そう叫んだ蓮人。
若干、二人から引かれたような気がしたが……。
「とにかく、行かないと」
ピジーが昇降口の時計を指さして言う。
時刻は、8時30分を過ぎた所だった。
「……だな」
朝の挨拶をしている先生に、何か言われないかとビクビクしながら通る。
「……良かった」
朝の挨拶をされた以外、何も言われることは無かった。
下駄箱に靴を入れ、校内用のスリッパに履き替える。
と、そこで。
「……君は」
一度だけ会ったことがある少女が、そこにいた。
「フェアリーちゃん、行こ?」
「え、でも……」
「いいから。ほら」
「あ……っ」
視界の端の方で、玲華とフェアリーが教室に向かうのが見える。
「蓮人さん、でしたね?」
「ああ……君は、紫原澪?」
「覚えていてくれて、ありがとうございます」
そう言って少女は、ペコリと礼儀良くお辞儀をした。
「そちらは?」
「……私?ああ、ピジー」
「ピジー……ふーん」
「ええと……俺に、何か用か?」
「ああ、そうだった。少し、お話したいと思って。いいかな?」
「……お昼休みとかでいいなら」
「じゃあ、お昼休み、図書室で」
「お、おう……」
少女はそれだけを言い残し、自分の教室へと去っていった。
「……何か、ある」
「え?」
すると、背後にいたピジーが何かを言った。
「蓮人、私も行く」
「え……ま、まあ、いいけど」
意味が分からないまま了承をしてしまった。
蓮人は後頭部をかきむしり、少し唸りながら教室へと向かった。
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