第29話 広まる噂

 教室に入るなりまず目に入ったのは、椅子に座って静かに本を読むピジーだった。

 蓮人はなんとなしに、ピジーに声をかける。

「ぴ、ビシー、おはよう」

「…………」

 ピジーはチラッとこちらを見たが、不機嫌そうな顔をして再び手元にある本に目を落とした。

 まだ仲良くなれていないことにため息を軽くつき、自分の席へと座る。

「おはよ蓮人くん」

「お、おうリリー」

 すると、隣に座っていたリリーが、こちらを向き微笑みながら挨拶をしてきた。

「ピジーちゃんは大丈夫?」

「ああ、何とか回復はしたよ。これもリリーのおかげだ」

「ううん、まさか回復の力があったんて思ってなかったよ」

「ホントだな」

 リリーには感謝しかない。ピジーを生き返らせてくれてありがとう。

 これを機に、ピジーと仲良くなりたいんだが……。

「おはようございます、蓮人さん!」

 すると、駆け足で蓮人の席に来たのはフェアリーだった。

 人間ではなく、妖精。ほのかに桜色の髪をフワフワさせながら、ニコニコしている。

「う、うん、おはよう」

「ピジーとは話しました?」

「……いや、挨拶はしたけど、不機嫌そうな顔だった」

「はぁ、あの子ってば……ごめんなさい蓮人さん。もうちょっと仲良くなるようにしますので……」

「い、いやいや、そんなことしなくていいよ」

 ピジーの信頼は、自分で勝ち取らないといけないと思っている。

「まぁ、ピジーについて何かあったら言ってくださいね」

「あ、ああ……」

 そう言って、スカートをフリフリさせながら自分の席に戻っていった。

 荷物をカバンから出していると、ホームルームのチャイムが鳴り響く。

「はーい皆さん、席についてねー」

 扉が開き、化学担当教師・斎藤詩音が、いつもの優しい口調でそう生徒にづける。

 教卓につき出席簿を開こうとし——その手を止める。

「まず初めに、今日は授業がありません」

 さっきの口調とは全然違い、少し重い口調でそう言う。

「……授業がない?」

 もちろん、全生徒の頭上には「?」マークが浮かんでいた。

「今朝、理科準備室にて、とんでもないことが起きていました」

 そこまで言い、少し間を開け口を開く。

「……床に、血のようなものが流れていたんです」

「……ッ」

 詩音の言葉に、蓮人、ピジー、フェアリーが息を呑む。

「何か知っている人がいたら、この後言いに来てくださいね」

 起立、さようなら。と日直が言い、クラスにいた生徒たちの間では「どういうこと?」などと言う声が聞こえてくる。

「…………」

 無理もない。アレは、ピジーの血だ。

 再びピジーの残虐な姿が、脳裏をよぎった。

「——蓮人。来て」

「………えっ?」

 顔を上げると、そこにはいつも通り不機嫌そうな顔をしているピジーの姿があった。

フェアリーとは違い、大人っぽい顔立ちに空色の髪が特徴的だった。

「ま、待ってくれ。この後、玲華との約束が——」

「——タイムストップ」

 その瞬間、ざわついてた教室から何も音が聞こえなくなった。

外で走っている車の音、生徒の声、息遣い……「音」という概念が、キッパリと断ち切られた瞬間だった。

「……<ネメシス>……」

「これでいいでしょ?」

 気が付けば、数日前と同じ、黒いドレスのようなものを纏った姿——<ネメシス>へと変身をしていた。

「行くよ」

 ピジーはそう言い、教室を去っていく。蓮人は慌てて、彼女の後ろを付いて行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る