第三章  公になる事柄

第28話 何事もなかった感じ

五月十一日(木) 時刻は8時。ホームルームが始まるまで30分の余裕はある。

「……なんともないんだな」


 数日前、ピジーが<ネメシス>へと変身し、<ベスティア>を殺そうとするも、謎のスーツ男が現れ、全く歯が立たなかった。

 自分の攻撃が止められ、逆に自分の攻撃を食らうという事に。

 一度死んでしまったピジーを、何とかリリーが助け出したのだった。


「おはようございまーす」

「はい、おはよう」


 昇降口では、いつも通り先生に挨拶を交わす生徒。

「あんなことがあったなんて、信じられないな」

 そんな光景を見ると、数日前の出来事がまるで夢だったかのように、通常通りに戻っていたのだ。

 脳裏を、血まみれになったピジーがよぎる。

「…………」

 ブンブンと頭を横に振り、思い出さないように別のことを考え始める。

「おっはよー蓮人!」

「うおっ!?」

 その時、背後からバシッ!と肩を叩かれた。

「れ、玲華……」

「うん!」

 そこには、蓮人の幼馴染である立花玲華が、満面の笑みでこちらを見ていた。

「あれれ、いつもの蓮人じゃないねー?どうしたの?」

「う、うるせぇ!」

 顔が暗くなっていることに気づかれてしまった。急いで校舎内に入ろうとスタスタ歩き始める。

「ねぇねぇ、どうしたのー?」

 それと同時に、玲華も蓮人の横についた。

「だ、だからお前には関係ないって!」

「んーもぅ、そんなに頼りないかな私」

「ち、違う。これは、俺の問題なんだ」

「ふーん?」

 疑問気に首を傾げる。

 もちろん、彼女に「ピジーが一度死んだ」などとは言えない。

 というより、言ったところでなんだという感じではあるが。

「おはよー先生!」

 昇降口付近に立っていた、20後半の男性教師に、友達のように馴れ馴れしく挨拶をする。

「ちょっと玲華さん。おはようございますでしょ?」

「あははっ、すいませんでしたー」

 呆れた顔でそう言い、次は蓮人の方を見た。

「……蓮人くんもおはよう」

「あ、ああはい。おはようございます……」

 気の抜けた挨拶をして、昇降口に入ろうとする。

 すると、「蓮人くん」と、呼び止められた。

「その子の教育、ちゃんとしてくださいよ?」

「えぇ?なんで俺が……?」

「周りの生徒が言ってますよ?あの二人は付き合ってるんだーって」

「ち、違う!……あぁ、あの、違います!それは、ただの誤解です!」

「あ、そんなんですか……だとしても、ちゃんとしてくださいよ」

「…………は、はぁ」

 周りから付き合っていると思われている。確かに、そう見えなくはないかもしれない。

 幼馴染っていうこともあるから、そんじょそこらの男女関係のような感じでは接していない。なんというか、恋人同士のような、それこそ手をつなぐとか。

 …………いや、それはあっちからされるだけであって。

「ねぇー、蓮人?聞いてる?」

「えっ、ああ、ごめんなんだ?」

 玲華の声が聞こえ、顔を上げるとぷくぅとお餅みたいに頬を膨らます玲華がいた。

「放課後、一緒に買い物しよー?」

「あ、ああ……別にいいけど」

「ありがと!」

「——ッ!?」

 その瞬間、頬に柔らかい何かが触れた感触があった。

「蓮人ってば優しいよね、いろんな人からモテると思うんだけどなぁ?」

「……お前、どういうつもりだ?」

「えへっ、別に深い意味はないよ。それより、ホームルーム始まるから行こ」

「…………」

 頬に手を触れてみると、ほのかに暖かい感じがあった。




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