第3話

そういえば「俺クリスマスまでに彼女作るわw」とか言ってたアイツ、今頃どうしてるんだろうか。


―――――――――――――――――――――



学園の練習場はどんな魔法を使っても壊されないよう頑丈な造りになている上、魔術的な保護もされている。建物その者は腕の良い職人が、保護用の結界に関してはあの魔術王が関わっているらしい。故に、滅多に傷付かないのだ。


――だが、そんな練習場が傷だらけになっていた。上級魔術を連発してもこうはならないという程の傷だ。


そして、そんな練習場にいるのは二人。

無傷で、いかにも「期待外れだ」とでも言いそうな表情の“黒髪黒目”の少年。

傷だらけで、無様に地べたに倒れこみ、悔しさと絶望をごちゃ混ぜにしたような顔をしている少年。

どちらが勝者で、どちらが敗者かは、誰の目から見ても明らかだった―――






結論から言おう。


俺は負けた。

ぽっと出の得体の知れん転校生に、ボコボコにされた。手も足も出なかった。

地面に大の字になって空を仰ぎながら、こうなった経緯を思い返す。


俺は開始の合図と同時に俺は走り出した。油断せず、しかし一瞬で終わらせるつもりで斬り伏せる――模擬戦用の木剣なので実際は斬る事など出来ないのだが――つもりで剣を上段に構えて疾走した。


しかし、ソイツは何の反応もしない。

魔術の間合いに踏み入っても、なおソイツ――ヒロは反応を示さなかった。


俺は振り上げた剣に力を込め、振り下ろしの予備動作として息を鋭く吸う。それが吐き出される時はお前が地に倒れる時だと、敵意を以て睨みつけても尚ヒロは立ち尽くすのみだった。


舐めているのか、それとも反応出来ないのが。

後者はないだろう。目は俺の動きをしっかりと捉えていたのだから。


罠かもしれないと、そんな思いが一瞬脳裏を過る。

しかしそれはあり得ないと言わざるを得なかった。ここまで来ると、どんな魔術でも間に合わないだろう。ダラリと垂れ下げられた木剣は防御に間に合わないだろう。


だから、「喧嘩吹っ掛けてきたくせに雑魚かったな」なんて思って、もう終わった気でいた。


だがしかし、俺のそんな思いとは裏腹に魔術は放たれた。

そう、なんの予備動作もせずにで魔術を放って来たのだ。


理解出来なかった。

魔術の頂点と呼ばれる無詠唱を、この世界でたった一人しか扱う事の出来ない無詠唱を、どうしてこんな奴が使えるというのだ。奴の年齢から考えるに、生まれた瞬間から魔術を使い続けてもその境地に達する事など出来はしない筈だ。

ましてやコイツは剣の鍛錬もして来たのだろう。その二つの両立など不可能だ。


しかしそんな不可能を可能とする力がこの世界にはあるある。俺がいくら願っても手に入らない、人智をこえた力であるスキルだ。

ヒロはおそらくスキル持っているのだろう、それも無詠唱魔術を使えるという破格の強力さを持つそれを。


これでは相手がどんな魔術を放ってくるのか予測できない。というかタイミングもクソもないので唐突に襲ってくる魔術を避けるなど不可能に近いのだ。

勝ち目なんて端からなかったのかもしれない。


それでも何とか魔術を避けて一度距離を取った。だがそれは悪手だった。無詠唱で魔術を放ってくるアイツに対して、俺は何の遠距離攻撃手段も持っていないのだから。


そこから先の展開は単純なものだった。

コイツの魔法を避けようと必死に避け、少しでもチャンスを掴もうとして逃げ回る。

だが、それもついに限界を迎え、俺はコイツが放った雷のような魔術に直撃して立ち上がることができなくなってしまった。


そして今に至る。


地面に転がる俺を見下しながら、ヒロはどこか落胆したような表情を浮かべながら口を開いた。


「うーん、なんか違うんだよなぁ...」


どこまでも舐め腐ったような態度。

しかしその言葉に歯向かうほどの力は、もうどこにも残ってない。


「し...勝者、ヒロ!」


審判が、今更のように分かり切った結果を言い渡す。

かつてない程に屈辱的な、完全な敗北であった。








目を覚ます。

習慣のおかげだろう、微睡など介入する余地はなく俺の意識は覚醒した。


だが、今ばかりは微睡んでいたかった。何も考えずに、思考を放棄したかった。


脳裏を過るは昨日の光景。倒れ伏す俺、それを見下すアイツ。そして掛けられた屈辱的な言葉。


「ハァ...クソが、やってられっか」


寝起きと共に零れるのは欠伸ではなく溜息だった。


剣に全てを捧げ、血のにじむような努力を繰り返し、強くなろうと必死になって。だがスキルという不条理な力によって触れることすら出来ずに敗北した。


そして、最後の一言。その言葉にどんな意味が込められているのかは知るところではないが、しかし落胆の感情がある事は明快だった。何より、ライトはその感情を向けられ慣れているのだ。その言葉だけで気付くには十分であった。

勝手に期待して勝手に落胆する。あぁ、正に今までの俺に放たれた言葉と同じだ。父と比べ、劣っていると上から目線で言い放つ。


誰も努力を、過程を、俺がどんな思いで剣を振るっているかを知ろうともせず、ただ弱いという結果のみを見て批判する。


全てが馬鹿らしい。

もう、努力する必要がないように思えてきた...


そんな取り留めのない事を考えながらベットでダラダラしながら時間をつぶす。そういえば、こんなにダラけたのはいつぶりだろうか――


「...行くか」


だが学園をサボるのは違う。それではなんとなく負けた気がするのだ。俺は俺を何も知らずに批判するような連中には負けたくなかった。





教室に着くと案の定というべきか、俺を盗み見ながらコソコソしゃべっている奴が何人もいる。話してる内容はこんな感じだ。


「アイツ昨日無様に負けたらしいぜ」

「またかよ」

「証もないし...」


...聞かれないように話しているつもりなのか、それともわざと聞かせようとしてるのはこの際どうでもいいとして。


なんとなく察してはいたけど、やっぱりそうなるかぁ...と何処か諦めに近い考えを抱きながらも、しかしその感情は苛立ちで荒ぶれていた。


コソコソ喋ってる奴らを黙らせるために目を上げると、昨日のアイツ...名前は確かヒロとか言う奴と目が合った。

こんなヤツと目を合わせるなんてゴメンだねと視線を横にずらすと、そこにはヒロに親し気に話し掛けている女子生徒が。


いや、待てよ?あの女子生徒って...聖女!?


教会の象徴があんな得体の知れないヤツの近くに居て良いのか?ってかどうして面識があるんだよ...と疑問が尽きないが、しかし先程ヒロと目が合った時にあちらもそれに気付いたらしい。ヒロはこちらを見据えながら真っすぐ歩いて来ている為、仕方なく思考を中断する。


そして、ここまで歩いて来たヒロが口を開いた。


「自己紹介が遅れたけどヒロっていうんだ。よろしく」


そう言って手を差し伸べて来る。握手のつもりか?


「ライトだ」


だが、俺はその手を掴まず、口だけで素っ気なく返事をした。


…分かってる。

負けたからって、その相手に強く当たるなんて情けないし、ダサいなんてことは。

けど、どうにも割り切れない。コイツの目が、態度が、気に食わない。


「...じゃ」


それだけ言って、ヒロは去っていった。

それ言いに来ただけかよ。やっぱムカつくわアイツ。



―――――――――――

※2月29日 修正

※4月19日 再修正

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る