第4話


結局、学園では終始陰口を叩かれ続けられた。


屋敷に帰った後も、いつもなら「見返してやる」と意気込んで鍛錬を始めるところなのだが、どうもやる気が起きない。


スキルは鍛錬で得られる物ではないらしいし、これ以上俺が鍛錬をする必要があるのだろうか。だって、今の俺に必要なのは、証だけなんだから。

そう考え直し、俺は鍛錬するのを諦めた。


とは言え今はまだ日中。何もしないでいると劣等感やらなんやらで良い事がないので何か暇をつぶせないかと思案する。


...そうだ、久しぶりに町に出てみよう。少しは気が晴れるかもしれない。





町に出たのはいいものの、俺は何をすればいいのか分からなかった。

町なんて走り込みの時にしか出ないし、俺は本当に何も知らないのだ。一応金は持ってきたが使い道が飯屋以外に思いつかない。


適当にぶらぶらしつつ、何か気でも晴らせないものかと考えながら歩いていると、いつの間にか表通りから離れてしまった。


「しまった、どこだここ」


ハッとして周りを見渡す。

汚い壁とところどころ欠けている石畳。

うずくまって虚空を見つめながらブツブツと独り言を言っている浮浪者。


スラム、とまでは行かなくともかなり治安が悪い場所に来てしまったようだ。

このままここにいたら碌な事にならないだろうし早く離れてしまおう――



――いや、別にいいか。

何かに巻き込まれても、もう俺には何も失うものなんかない。名声もクソもないんだから、なんなら碌な目に合ったら俺に期待する連中も居なくなるだろう。そうすれば肩の荷も降りるという物だ。

ライトはそんな自暴自棄な考えに至り、ズンズンと脇目も振らずスラム街を進んでいくのだった。




しばらく歩いていると、閑静な――というか不気味な静けさがある裏道に似合わない剣戟の音と人の怒号が聞こえてきた。

これは...間違いない。人と人が争っている音だ。

いつもなら衛兵にでも伝えに行くところだが、面白そうだし見に行ってみよう。いやまぁ人が争っているのを面白そうってのは不謹慎な自覚はあるが。


そう思いながらも音のする方向へ進んで行く。

戦闘音の大きさからして、少し離れているところだろうし少し急ぐか。そう走り出した俺の考えは、しかし全くの当て外れだった。


戦いが行われていたのは、すぐそこだったのだ。

こんなにも近い場所なのになぜそうと分からなかったのかと一瞬愕然としたが、その理由は直ぐに分かった。


一つは彼らがその様な戦い方をするからなのだろう。スラムの住人同士の諍いならばこうはならないであろうが、彼らは努めて音を立てないようにしながら戦っていた。


戦っているのは黒ずくめの男達。

その動きから皆手練れであることが分かるが、全員どこかしらを負傷しており、苦戦していることが分かる。


そしてもう一つの理由。それは戦いがあまりにも一方的であるからだろう。


黒ずくめの男たちが戦っているのは不気味な仮面を付けた男だった。

片手に剣を持ち、しかしそれを構えもせずにだらりと下ろしている。

明らかに全力を出していない仮面の男だったが、黒ずくめの連中はそんな仮面の男を酷く警戒して距離を取る事が出来ていなかった。


それは何故か。その理由は直ぐに気付かされる事になる。


黒ずくめの男の内一人が痺れを切らしたかのように飛び出した。

だが仮面の男は何の反応もしない。その光景に既視感を覚える。そしてその既視感の正体も分かっていた。

ヒロと戦った時も、こんな感じだったのだ。


そんなライトの考えを肯定するかのように、仮面の男は魔術を放った。



「無詠唱...!?」



――無言で。






この手で殺した人間は数知れず、業界ではそこそこ有名な暗殺者。

それが俺だ。


これでも腕には自信がある。いや、“あった”と言った方がいいか。

ともかく、腕に自信のあった俺はどこぞのお偉いさんから「凶悪犯罪者を殺せ」という依頼を受けた。

しかも、この依頼を受けたのは俺だけではないらしい。

数にして数十人。


馬鹿なんじゃねぇの。そんな感想を抱くのも無理のない事だろう。

暗殺者の本業は相手から身を隠す事。そんな数じゃ暗殺者の強みを消すようなもんだろう。違う方向から潜入するなりタイミングをずらすなりやりようはあるであろうが、それにしたって多すぎだ。

そんな意味の言葉を依頼者に伝え、しかし帰って来たのは「相手は一人だけだ」という言葉。つまり警備も監視も気にせずに標的だけという事だった。


どうもキナ臭い。腕の立つ暗殺者を何人も集めて、殺す対象はたった一人の犯罪者。しかも報酬は言い値と来た。

これは確実に裏があると見た方がいいだろう。

いや、それともその凶悪犯罪者とやらがそれほど強いのか。だが、どちらにしても、これほどの戦力があればどんな相手だろうと殺せる。


....そう思っていた。

実際に、ソイツと対峙する時までは。



普通、暗殺者が正面戦闘をすることなどない。そもそも暗殺者とは、書いて字の通り、暗がりから殺す者だ。戦闘など本分ではない。

しかし、だからといって戦えないわけでもない。標的を討ち漏らしたときや、場合によっては警備を正面突破することもあるため、正面戦闘も出来ない訳ではないのだ。

だがさっきも言った通り、暗殺者の本分は暗殺にある。


だからと言うのもおかしな話だが、俺達は標的を暗殺するため、依頼者から聞いた情報に従ってのい標的のいるらしいボロボロの宿へ忍び込んだ。外観から想像できるような廊下――普通に歩けば軋んで音が立つだろうそこを足音を全く立てずに進む。


やがて部屋の前に辿り着き、先頭に居る男が「突入」のハンドサインを送る。

そして、そのハンドサインを確認した俺達が突入した。


ここまで来れば音など気にする必要もない。先頭を担当する数人もの暗殺者共がベッドの上で呑気に寝ている男――何故か仮面を付けている――目掛けて殺到し、その体に猛毒が塗りたくられたナイフが何本も突き刺さった。


即死だろう。急所である頭や心臓にもしっかりと突き立てられたナイフを見て、その場に居た暗殺者はそう確信する。


なんだ、やけに簡単な仕事だったな――俺もまた、そう安堵した時だった。


体にナイフが刺さったその男が起き上がり、近くに立っていた暗殺者を切り殺した。

あまりの突然のことに一瞬呆気にとられる。何故生きている、何故動ける、というかその剣はどこから出したんだ。

そう疑問が尽きなかったが、冷静さを取り戻したらしい暗殺者が今度こそ標的を殺そうと異常な速さで飛び掛かる。


だが、その暗殺者もまた剣を一振りされただけで殺された。


「俺を暗殺するなんて無謀だよ無謀!」


それを聞いた暗殺者達の行動は早かった。一瞬でその男のいない方へ走り出したのだ。多分俺含めた全員が思った事だろう。

“...あんなもの、俺たちの手に負えるようなものじゃない!!”と。


というか暗殺者なら初撃で殺せなかった時点で逃げるべきなのだから、別にそれは何もおかしい事のない行動だろう。


しかし、逃げ回るのも長く続かず遂には追いつかれた。

俺達は逃げるのをやめて、半ば諦めながらもせめて一矢報いようとそれぞれの武器を構える。


しかし腹を括った凄腕の暗殺者集団でもコイツに一矢与える事すらかなわず、一人、また一人と殺されていった。

何とか最後まで生き残っといた俺だが、悪運も尽きたらしい。

ゆったりとした動作で近づいてきたそいつに対し、ただで殺されてなるものかと斬りかかる。それは、死に対して少しでも足掻こうとする本能によるものか、人生で最高の一撃だった。

しかし、音をも置き去りにしてしまいそうなその一撃も、この男によって余裕をもって受け流される。


「ははっ」


俺の全身全霊をもってしても、俺の剣はコイツには届かない。

そして、コイツの剣が俺に迫ってくるのを見ながら、自らの死を悟る。


なんとなくコイツに目を向けると、コイツの服には返り血の一つもついていない。

俺らが全力で殺しにかかっても、お前には服が血で汚れないように気にしながら戦う余裕があったってのか?


「...やっぱこんな仕事受けんじゃなかったな」


剣が振るわれる。何処までも速く、鋭い一振りだった。

痛みを感じる間もなく、俺の意識は一瞬で途絶える。





ヒロのように無詠唱魔術を扱い、手練れの集団を一方的に攻撃している仮面の男。

ライトは時を忘れてその男を見続けた。

そして、その仮面の男が最後の一人を斬り捨てる。


その瞬間ライトは、何故かそれに対して強い憧れを抱いた。

何故か分からないが、この男の戦い方は自分の理想のそれだと思った。



「あの...」



だからだろう。

たった今大勢の人を殺したばかりの怪しい人間に声を掛けるなんていう愚行を犯してしまったのは。


俺の声を聞いた男が、ゆっくりとした動作で俺のほうを向く。

仮面の奥からこちらを覗く目には、間違いなく殺気が籠っていた。



―――――――――――――――――――

今更なんだが修正速度が遅すぎる。これじゃあ一生追いつかねぇよ...

あと話数のズレは気にしないでください。前話もその前も1,200とか舐めた文字数だったんでくっつけて一話にたせいです。

※4月19日 再修正

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