第7話『図書館のお姉さん』

 異世界───バロックを訪れてから一か月が経った。

 傷も疲れも癒え、ケイゴ、ミッチ、カナ、フータローの四人は屋敷から離れ、クレナから譲り受けた小屋へと移動。騎士学校時代のクレナが友人たちとの鍛練に使用していた庭付きの小屋、13歳で卒業するまで正体を隠し続ける為の策であった。

 以降、誰も近づくわけでも手入れするわけでもなく、長い間、放置してあったことから外観や室内は埃やクモの巣などで荒れていて四人はまず、掃除することから始める。


「クレナさんから紹介されたお手伝いさん、遠慮する必要なかったんじゃない?」

「思っていたより、荒れていたな。掃除のしがいがあるってもんだろ」

「ケイゴくんは午後から図書館に行く予定だよね。ね」

「いや、『行く?』って聞いたら『行かない』だったっしょ」

「うん、行かないよ。でも、片付けはギリギリまで手伝ってってよ」

「めんどぉ……じゃあ早めに終わらせるぞ!」

「おぉ~~う!!」


 本格的な異世界生活の開始。

 初日からの怒涛な始まりとはうって変わり、袖を肩まで捲っては汗だくに家具を外に運びだす。これから互いに共同生活を行うために掃除の仕方で揉めた。

 カナ、ケイゴは自分の領域さえ汚れていなければ、ミッチはきっちり角まで隅々に。ただ加熱しすぎないのはフータローが他人事のように振る舞うため。一端には確実に関わっているはずなのにここまで無関心に揉め合う合間を雑巾がけで通過するので次第にどうでもよくなってゆく。そんなこんなで『異世界サークル』の面々は大喧嘩にはなったことがない。

 フータローが居なければどうなっていたのか、は誰にも分からない。


 傷んだ箇所の修復は後にして片付けや掃除は一旦、ひと区切り。

 昼前、案内のためケイゴを迎えにクレナの配下が手に昼食を持って訪問。


「今回、図書館への道案内を仰せつかりました、ユウ=カッキー四等級騎士です。よろしくお願いいたします!」


 笑顔弾ける好青年。

 シートを小屋の前の庭に敷けば、ちょっとしたピクニック気分。広げられた食事と飲み物を各々が手に取ってひと休み。


「いただきまーす!!」

「わざわざ、ありがとうございます。地図さえいただければひとりでも行きますのに」

「図書館は教会の所有物、今回のように依頼状が受理され許可がなければ敷地に立ち入ることすら叶いません。場所はバロックにあるのですけどね。いくら領地内にあろうとも教会は離れた存在、いわばもうひとつの国家です」

「………あぁ、護衛も兼ねてくれているのですか」

「その通りです。今回は二名分の入場を許可いただけております。───以前、教会の私有地内でバロックの学者が刺される事件があってですね、それがちょっと揉めまして……備えあればなんとやらです」

「物騒ですねぇ」


 昼食を済まし、ケイゴは汗や埃で汚れた軽装から着替えては支度。異世界で手に入れた一式を身に纏う。転移したときからの衣服はすでに汚れや破れが酷く、これまたクレナからの支給で補っている。これ以上、重なる恩に首が回らなくなりそうだと断る素振りを見せるが毎度「私に恥をかかせるの?」と丸め込まれてしまう。すでに大物の風格。

 まぁ悩ましいのは周りからの「クレナ様からのご厚意を無視する気?」という視線も痛々しく。誕生日以降からの雰囲気というか、主人と使用人たちの距離感というかケイゴは若干、居心地の悪さを感じる。


「では向かいましょうか」

「じゃあ行ってくる。あれだからな!迷惑かけるなよ」

「こっちの台詞。ヘタに物壊したりしちゃダメだからね!」


 案内役ユウの後を付いてゆく。街を通り、外出のため関門を抜けると外には竜車。

 未知との遭遇。仕組みはこっちで言うところの馬車とほぼ同じ。ハーネスで亜竜と車輪の付いた箱の形をした客室を繋げ、前部分の台には手綱を握る運転手。

 異世界ではタクシー感覚で使用されているらしいが、一般的な成人男性の身長を持つケイゴが見上げるほどの体長と先に「どうぞ」と乗車を勧められても思わず尻込みする亜竜のビジュアル。『主従』の契約魔法から暴走の危険はないとは言われても、と疑心暗鬼で亜竜と目を合わせては視線を外さないように客室へと乗り込む。


「今時、珍しいですね。契約魔法は条件を満たしてから発動するのでより強固なものです。呪い、に近いのかもしれませんね。詳しくは知りませんが」

「へぇ………って動きだしたっ!?」


 走り出してしばらく進むとその真価に気づく。

 心地良い……?走るのは舗装された道路ということもあるが揺れが少なく、スピードも速すぎず遅すぎず───悪くない。窓から覗く景色の自然な流れ。ここまで快適で疲れないのは運転手の技量もあるのだろう。

 気づけばケイゴは竜車の虜に。午前の疲れを癒すように、小気味良い振動にふと、目蓋を閉じれば軽く眠ってしまう。


 トントンッ。

 肩を叩かれ揺らされる。仮眠から、重い目蓋と締まらない頬を無理に手で引き伸ばせば運転手からの報告で目を覚ます。

「もうすぐです」


 ちょっと揺れては減速、そして間を置いて停止。

 運転手が降りては回り込み、前に台を用意してからドアをあける。もう竜車のトリコのケイゴは割高な料金のことなどいざ知らず、奉仕の精神に感服しながら目の前の建造物に目を向ける。

 アンティークな装飾が施された石造りの小さな教会。その入り口には牧師らしき男性がお出迎えを。ユウは制服の内ポケットにしまった書状と封入された入場券を取り出しては男性へと提示する。


「はい、確認させていただきました。ようこそ!『セイントリック図書館』へ───クレナ様には大変、お世話になっておりますのでこちらからお迎えに参れましたら良かったのですが。申し訳ございません」

「いえいえ!教会の事情が複雑なのは存じております。今回は迅速な対応、手配していただき、ありがとうございます!」

「……それにしても一般の方は珍しいですね。図書館は主に学者や研究者などの文官お抱えのスペシャリストが利用される事が多いのです。珍しいってだけで全然、許可さえお持ちであればどなたでもご利用できますが」


 確認を終えた入場券をユウ、ケイゴと手渡しては破るように進める。

 栞のような縦長の薄い紙に文字が並び、異様な雰囲気を持つ。牧師の発言に戸惑いながらも横で平気そうに破るユウに続いて恐る恐るケイゴも。

 ビリッ!


「………?」

「これでもう大丈夫です。図書館には当然、司書がいます。今、おふたりが破った入場券には魔力が込められておりまして、破ることでその一部が体内へと宿ります。その証拠から彼女は見分けるのです」

「まるで番人みたいな言い方ですね」

「それは、ご自身でお確かめください。では開場いたします」


 戸を叩く合図から両開きのドアが同時に開く。

 眩しくて内側の様子が窺えない。これまた何事もなくドアを通り中へと進むユウを追いかけてはケイゴも入る。


 敷居の境界を越えると眩しさから目を細める。目蓋をゆっくり動かし辺りを見渡すと四方八方、ガラス張りの天井までの吹き抜け見上げる隅々に本棚が立ち並んでいた。直前の小さめの教会の外観からは予想もできない広さの屋内に圧倒されていると前の受付にはひとりの女性が座ってにこやかにこちらを見ていた。


「確認させていただきました。本日はご来館いただき誠にありがとうございます。ここ、セイントリック図書館ではいかなる暴力行為も示威行為も認められておりません。会話は構いませんが他の来館者のご迷惑になるような行動や言動はお控えください。ご理解とご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします」


「では、全世界の知識が集められた本館で心ゆくまでそのひとときをお楽しみください♡」


 子供の頃に通った図書館、そこで受付にいたお姉さん。小さいながらに触れる家族や学校の先生以外の大人の女性。魅力的で魅惑的、そんなセイントリック図書館の司書のお姉さんに心奪われたユウは受付近くの休憩席、目が合わないように背を向けては足を揃えて背を丸め座る。幼い純情。ケイゴはそんな様子を尻目に受付へと問い合わせる。


「『王位継承戦』について詳しく知れる本はどこにありますか?」

「───お客さまはシルバーでのご来館ですので1、2、3階層、見渡す全ての蔵書が閲覧可能です。『王位継承戦』のカテゴリーは最上階3階、左奥の棚に並べられております。移動の際は受付向かって左のエレベーターを使用していただければ。もちろん階段からも」

「エレベーター、使わせていただきます」


 ユウは忙しそうだ。そんな配慮を見せて、ケイゴは3階へと向かうことを告げると案内された通りに歩を進め、エレベーターに乗り込む。ボタンは上から3、2、1…B1。地下を示すボタン以外は順番に光っている、どうやら資格はないのだ、とケイゴは3階を押す。


「見た感じ、客は俺ひとり」


「っぽいけどなぁ───あっ!?」


 エレベーターの扉が閉まり、一呼吸の後、再び開く。時間にしてはほんの数秒、まるで瞬間移動したかのような感覚に陥る。降りては転落防止の鉄柵に手を掛け、下を覗くと受付の司書と近くに座るユウの姿。

 造りとしては科学的、ただ埋めるのは魔力の存在。ちょっとした『魔力』への探求心が沸くが今はそれではないと左奥の本棚へと向かう。


 ───魔法、といえばミッチの不思議な体験。未来視……かどうかも分からないが調べる必要はあるかもな


 セイントリック図書館の蔵書は持ち出し・書き写し厳禁。数はピカイチ、所狭しにドミノ倒しのように配置された棚には小口が向かい合わせに本が並んでいる。記憶容量許す限りの情報を、ケイゴは腕いっぱいに持てるだけ持って、読書スペースに腰掛ける。

『王位継承戦』『魔力』『危険生物』……と自身や仲間、周りに危険をもたらす可能性について。とくに『王位継承戦』関連は妖精エルフ村での一件やクレナの反応からかなり風雲急を告げる物事だと認識している。


「屋敷の書斎でも思ったけど、文字も普通に読めるな───『破ることで魔力の一部が宿る』なんとなく腑に落ちたような、全然のような」

「『王位継承戦』は世界王の血筋、もしくは譲り受けるアイテムを所持することで参加が可能である、ね。ここら辺はまぁ……ん?王妃の序列も関係すんのね。ややこし」

「魔力を数学的に組み立て使用するのが『魔術』、魔力によって絵物語を実現するのが『魔法』。入場券もエレベーターも魔術、にあたるのか」


「これもだよ」


 ひとつの気配も感じなかった。

 今でさえ、幻覚のように。右腕に突きつけられた銃口の感触だけが現実だと知らせる。隣で同じように座る男はケイゴが開いたページの文字を空いた手の指でなぞっては興味なさそうに頬杖をつく。


「楽しくおしゃべりしようよ。かえって怪しまれる」

「お前は…」

「殺し屋。暗殺が得意なね」


 気づけばケイゴ周辺、近くの本棚の陰から複数人、視線を感じる。わざわざ隠れるってことは……目的は読書ではないよな、と竜車で癒したはずの疲労がぶり返す。


「目的は?」

「話が早くて助かるよ。その落ち着きようと位置を把握するための無駄のない視線の動き、キミ、軍人か何か?」

「…………」

「はいはい。目的はね、大方の予想通り、クレナ=バーディネリの暗殺。ただ、どうやっても近づけないのよねぇ。キミ、協力してくれない?」


 暴力行為の禁止、あくまでも口頭での注意?いや、1階からはなんの音沙汰もないってことは3階だけの出現か、最悪か。気配隠しの雑さからケイゴは手練れでないと周りの刺客たちを推測するが隣の男だけは黄色信号、判断を間違えるなと全身で警告する。


「具体的には?」

「今、答えが欲しいなぁ。でないと教えない」

「相手はあの【紅髮の戦乙女】だぞ。勝算でもあるのか?」

「戦わない。オレはただ殺すだけ………さぁ答えは?」


「断る」

「だと思った」


 男はイヤらしく微笑むとケイゴの背後に手を回しては『なにか』を落とす。

 それに気を取られた為、ケイゴは慌てて隣に視線を移すがそこにはもう影も形もなかった。本当に幻覚だったのではないか、と。ただ、倒れた椅子と周りに潜む刺客たちがその男の存在を伝える。


「───ふぅ」


 なにか決意めいた顔でケイゴは席をたち、トイレへと駆け込む。その後を付いてゆくように刺客のひとりもトイレに入っては数分後、出てきたのはケイゴのみ。

 裾に付いた血を隠しながら持ってきた本を棚に戻していく。


 最後の一冊を戻す際にケイゴは真後ろの棚の本の背表紙を肘で小突いては、自分は知らないふりで気づいた様子を装い、押し出されてさらに奥へと落とされた本を拾いに回る。拾う素振りを見せては落ちている本を蹴り飛ばして向かい、壁側の棚に当てる。

 すると、戻す道中で仕掛けた本で作った支えが崩れ、雪崩のように次々と本が落ちていく。静かな屋内に響く音。監視を外してしまい、その隙をついてケイゴは駆け込み、背後から角を曲がった勢いそのままに左足、右膝裏を蹴る。


「うわぁっ!?」


 足を蹴られ、体勢を崩せば頚に腕を組んでは絞め落とす。踠く相手を足で固定しては羽交い締めの形に。抵抗は徐々に弱くなり、意識を失うのを確認する。


「はぁはぁ」


 何かに気づいて顔を上げる。視線はこの光景を通りすがりに見ていた仲間のひとりに定まる。焦るように腕をほどいては逃げるそのひとりを追いかける。

 誘導されている、考えついた時にはすでに遅く───体格が倍もある大男の右振りを曲がり角、ギリ直撃を免れる。姿勢を正す暇もなく、下から振り抜かれた左の拳がケイゴの右肩に入れば軽々しく身体を持っていかれ、勢い殺すことなく本棚を巻き込みながら吹き飛ぶ。


「…………っ!!」



 肩が外れたのか激痛に顔を歪ませる。

 倒壊した棚をはね除けて迫る大男。しかし、その図体の割には動きは単調で掴まれないようにケイゴは余った腕で払ってはしのぐ。


 推測通り、手練れではない。刺客というより監視役、ただ、次々と相手にした疲労と痛みから次第に押されはじめる。

 反撃しようにも鉄のように頑丈な肉体に四苦八苦、ついに鉄柵にまで追い詰められてしまう。ワニの大口のごとく両腕を左右に広げ、襲いかかる。

「くそっ」小さく呟くとケイゴは相手の胸ぐらを掴んでは軸足ぶれることなく身体を回転、急激に沈み込むように姿勢を低くしては重心差を利用して背負い投げ。そのまま共に鉄柵を乗り越えて3階から飛び落ちる。


 相手を緩衝材代わりにしたとはいえ、高さ15m程からの落下。全身打撲に痛みからうまく呼吸ができずに悶える。


「う、ぐぁ」


 ───本当に頑丈な男だ。3階から落ちても意識すら失っていない。ただ、すぐには立てないのは互いに同じか……


 3階の騒音、からのケイゴと大男が落下。騒音から3階向かう途中に1階でも大きな音が聞こえたのでユウは2階吹き抜けの転落防止の鉄柵を乗り越えては着地しケイゴに駆け寄る。


「ケイゴさん!」


 その様子を少し心配そうに見つめる司書。それも束の間、ぞろぞろとつついた蜂の巣のように本棚の陰から大人数が姿を現し、ゆっくりとこちらに向かってくる。


「!!?」


 騎士として鍛練を積んだ者ですら捉えられなかった存在。例えでもなく、いきなり出現したのだ───冷や汗をかく理由はもうひとつ、敷居を越え、屋内に踏み込んだ瞬間からユウが携帯していた剣が姿を消してしまった。おそらく、この図書館のルールでは所持を禁止されたのだろう。

 それに引き換え、連中のほとんどは一様に武器を携え、獲物を睨むように不敵に笑う。


 歩みを止めたのは本の表紙をはたく音。

 バンバンッ!!


「一体、どこから侵入したのか知りませんが、好き勝手は困ります。即刻、退館願いたい」

「無理な相談だなぁ!!俺らはそこのふたりに用がある。黙ってればねぇちゃんには危害加えねぇよ!!」

「いいだろぅ!?後で優しく本でも読み聞かせてくれよ!!」


 下卑た笑い声が響き渡る。

 堪えかねたユウが立ち向かおうとすると司書はひと言、

「下衆が」

 そう、言い放ち、受付から出てくる。手には本と背丈と同等の持ち手の長い金槌。


「ユウ=カッキー四等級騎士殿、剣の所持を許可します」


 先ほどまで空いていた腰元には足りないパーツを埋めるように鞘に収まった剣。すなわち、それは自分とケイゴを護れという合図であった。

 騎士に剣が渡り、緊張感が増す。しかし、本当の賊にとっての脅威はここから───。


 片手に持つ本を開閉の動作。瞬く間に、その音だけを残して司書含め数十人の賊は姿をけした。



「!!??」


 屋内に居たはずがいつのまにかだだっ広い草原の中、司書含め数十人の賊は立っていた。驚愕の出来事に動揺を隠せないようで身体を小刻みに震わせては、白い息を吐く。


「はあぁぁあ」吐いた息には氷の欠片が混じり、指先や耳が赤く腫れる。あまりの寒さに震えが治まらず、がちがちと歯がぶつかり合い、肌を寄せ合う。

 これが極寒の中に放り出されたのなら、当然の反応。ところが、この草原は数分前まではなんの変哲もないただの野っ原。移動して踏み入れた瞬間から、彼女は『絶対零度』のエネルギーを解き放つ。司書、いや───


 与えられた恩寵は『氷河』。

 10年前、全世界を恐怖に陥れた騎士狩り。その事件を起こしたのは魔女で組織された【野薔薇】と呼ばれる集団であった。彼女もそのひとり。

 標的としたフレデリック=イナバーに敗北しては壊滅、幼少の教育から篤い信仰心を持つ彼女だけは教会からの要請により、身柄を保護される。そこで出逢ったのは知らない世界、本であった。


 触れる知識の海、広がる景色にかつての愚行を酷く後悔しては近くにあった果物ナイフを首に当てる。もちろん、通りがかった修道女に見つかっては止められてしまう。二度とこのような愚かな真似はするな、と叱られた彼女はその修道女へと問いかけ。

『私は、どう償えば………』

 別に答えは求めていない。誰であろうと死ねと言われれば迷いなく死ぬし、生きろと言われればそれが罰なのだと受け入れる、脆く壊れそうな精神状態。そんな彼女に対して出した答えは


『───近く、教会主導で世界最大の図書館を作るそうです。誰でも利用でき、誰でも知識に触れる機会が等しく与えられる。しかし、誰でも、ということは善からぬ輩もいるかもしれません。……その図書館の受付、司書、番人としてあなたを推薦したい』

『務まりません』

『いえ、やってもらいます。教会の決定は絶対です、選ばれれば必ずその役目を全うしていただきます───償い、とは言いませんがあなたにはその学びの機会を護ってもらいたい。私はあなたが良い』


 そんな修道女の推薦もあり、司書の役目を任せられてはセイントリック図書館の番人として目を光らせる。恐がらせるといけないと掛けた顔いっぱいの丸眼鏡とおさげ、エプロンから清楚感を醸し出す。荒くれていた当時とは雰囲気も異なり、物腰柔らかそうな女性へと姿を変える。


 彼女の名前はメルト。

 首元まできっちりと閉めたボタンをいくつか外せば、隠れていた逞しい首筋と鎖骨を見せる。レンズの奥から輝せる瞳は淡い青紫色、限界だと束ねた紐が千切れて腰まで重力に負けて伸びきった白髪を振り乱せば、かつての魔女としての容貌へと。


 メルトは顔の前に手のひらを持ってくると「ふぅぅ」と息を吹きかける。

 すると、冷たい突風が波状するように吹き荒び、一面は銀世界。メルトを残し、この草原だった場所には凍てついて身動きの取れない賊たちの彫像が乱立していた。

 ───両手でロングハンマーを大きく振りかぶると、風切り音を奏でてスイング。その風圧は前列から順に芯の冷えた彫像たちを砕いてゆく。


「はしたない………。おしとやかはなんと難しいものか」



 パタンッ。その音は司書の帰還の呼び鈴。

 どうやらメルトの本の開閉動作は移動のトリガーらしい。大人数で遠出して帰ってきたのはただひとり。乱れた格好のメルトに純情騎士くんは動揺を隠せないでいると、

「改修・清掃いたしますので、大変、申し訳ありませんが本日はこのままご退館願えますことをよろしくお願いいたします」

 そう説明が入ると、ケイゴとユウが居る床が自動でふたりを開きはじめた扉へと運び出す。勢いよく扉をくぐると滑り台の終わりみたく外に投げ出される。


 思うように身体を動かせないケイゴはユウに担がれては竜車に移動する。席にもたれ掛かると教会の両開き扉が同時に開き、中から格好を改めた司書 メルトが姿を見せた。


「本日はご来館いただき、誠にありがとうございました。トラブルに合いまみえて、存分に読書に勤しめなかったでしょう?次回、ご利用の際は優先してご案内させていただければと思います───ケイゴ殿、自己防衛とはいえ、些か暴れ過ぎかと。今回は特例として目を瞑らせて、不問といたしますが」

「あ、ごめん、なさい」

「いえ、素晴らしいお手前でしたよ。私は制御ができないので五体満足で捕らえる、というのが難しくてですね。ことにおいてはお互いさまですから」

「………ははっ」


「それとユウ=カッキー四等級騎士殿。騎士としての仕事も大事ですけど、図書館は本を楽しむ場所ですので今度は私ばっかり見ていないで一緒にいかがですか?おすすめ、ありますよ♡」

「はい!!」


「うふ♡それでは後日、教会の者が聴取に訪れるとは思いますが、簡単な質問の受け答えですのでご安心ください」

「ひとつ、いいですか?」

「───?はい、どういったご相談でしょうか」


「どうして、俺たち以外の、客は居なかったのですか?」


 問いかけにメルトは立てた人差し指を唇に近づけては静かに微笑む。


 どうやらバロックは、いや俺たちですらすでに蜘蛛の巣に絡まってしまっているらしい。怪しい含みをそう解釈しては竜車で帰路につく。


 影に潜む『なにか』がこちらを覗いているとは知らずに。




















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異世界サークル 華夏氏 @kakashi20

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