第6話『今後のためにキャラの好感度を上げておこう!②』

 バロック首都から離れたところにある、広大な土地に建てられた全寮制騎士育成学校。

 秘密保持の為に全生徒が不自由なく生活できるほどの寮棟、施設、ストアなどが建ち並び、ひとつの学園都市となっている。年齢、性別、種族、階級どれも関係ない実力主義制度からか年間1万人超の希望者が訪れるが入学できる者はごくわずか。さらに全課程を修了し騎士として卒業できる者は年によっては全く輩出されないこともある徹底的な方針。教師陣には誰もが名前を聞いたことがある数多くの実力者たちが教壇に立ち、現役の騎士もその教鞭に触れたいと志願するほどでもある。

 そんな騎士学校、城のような造りの校舎内道場の一室でかつて【王の牙】と呼ばれた名誉教授と卒業生クレナの試合が始まろうとしていた。


「秘密裏のはずだが見物が多いな」

「それは先生の剣が見たいからでは?勉強熱心、大変素晴らしいことでしょう」

「俺はただ愛弟子と語らいたいだけ、だったんだがな。……仕方ない、この老体に鞭打ってちょいと張り切るか」


 空気が張り詰める。

 まるで真剣の雰囲気。ふたりを挟むように座して眺める生徒たちはその場を戦場だと見間違うほどのを闘気を感じとる。実習程度の経験しかない学生ですら認識する鉄の風を。

 木剣ですらこのふたりにとっては凶器と然程変化はない。剣の使い方はひとつ。それが木であろうが鉄であろうが人を斬るための道具であることに変わりはない。ただ、これは試合。その事実だけが生徒たちの崩れそうな膝を支える。

 先に仕掛けたのはクレナ。脚を狙い、体勢低く下段の横薙ぎを披露するが軽く躱され逆に上からの突きに襲われる。より低く、クレナは床を強く蹴りあげ、そのまま滑るように裏まで走り抜け回り込む。止まることなく振り返り、慣性の勢いのまま回転斬り。全体重を乗せた一撃は始めから女性の振るう力の枠を超えたクレナの、さらに一段と重く速い剣撃、その軌道が直線を描いては名誉教授をしかと捉えた。

 振り抜こうとした左腕、肘にコツン、と木剣の持ち手の底が当てられる。人の可動域を超えた動作、いや、全域を把握する視界の広さ。まさに死角なし。

 当てられた肘から左腕全体にかけて全身の流れとはワンテンポ遅れる。すぐに持ち直せる程度のリズムの狂いだが彼にとっては十分すぎる隙。背後に投げた木剣の先端、保護カバーとの段差を指先に掛けて引き戻せば何事もなく手元に収まり、構えなくクレナ目掛け振り下ろされる。


 時間にして二十秒も経たない立ち合いは吹き飛んで道場の壁にもたれ込んだクレナの姿が決着を告げる。木片が散っては音の方向へと生徒たちは目を向ける。

「さて、どこから見えなかった?」

「…………」

 沈黙が答え。優秀な生徒ですらクレナの下段横薙ぎ以降は追うこともできずに、試合中の痕跡からまだ続行していることだけを把握するので精一杯であった。

 放課後を知らせる鐘の音、教授は放心する生徒たちに道場から退室するように呼びかけ、寮に戻る姿を見送る。


「ありがとうございました!!」

「また明日。───いや悪いね、授業を止めてしまって」

「とんでもない!!触れる良い機会ですよ」


「クレナ様、お怪我はございませんか?」

「変わらず子供扱いですね」

「記憶に新しいですよ?教授とアンちゃん、フレディくんのあの激闘の日々は」

「その名前、懐かしいですね。正体偽って在籍していたときの」

「毎日毎日、生傷つけて保健室に来るのですから、心配は絶えませんよ。………大変、ご立派になられて」

 先生と保健医のハンナさん。五歳の時に入学した騎士学校時代に特にお世話になったふたり。

 乳飲み子から離れて暮らす両親なんかより私が一番に慕う存在。きっと出逢わなければ一生、孤独に生きていた。そう思えるほど偉大で私を形作った父と母とも言える、そんなふたり。

「まだまだ、精進あるのみです。お元気な姿見れて良かった!」

「クレナ様もお変わりありませんよ。可愛らしく笑うところとか」


「それで学校ここに来た理由はなんだ?まさか顔を見に来た、ってだけではないよな」

「大半はそれ理由だよ。残りは、地下」

「『地下』ね。どこで情報を手に入れた?」

「ここ含めたバロック全部は私の持ち物だよ?目と耳はそこら中にある」

「はいはい。付いてこい…………それと、その目と耳はあまり信用しすぎるな」

「分かっている」

 道場を後にしてふたりは校舎を後にして教師棟、校長室へと。事情を聞き入れた校長は室内に案内し置かれた本棚を弄ってはカラクリが作動、先ほどまで隠されていた地下へと続く通路階段が姿を現す。しばらく降ると古い木の扉、開くとそこには椅子に拘束された妖精エルフ村を襲撃した荒くれ者ども。詳細を聞き出すために騎士学校地下深くで尋問(拷問)が行われていた。


「別に私に隠す必要はなかったでしょう?理解は、できるから」

「クレナはそのままでいい。王への資質は『変わらないこと』。それが善行だろうが非道だろうがな」

「まだ言っているの?私は王位継承戦には」


「ぐははっ!!……やはりアイツらの言う通り。いらねぇ、なら俺にくれよ!!」

「!!」

「…口を開いた。取り越し苦労だったわけか」

 教授は空いた椅子を引き、並んだ荒くれ者たちの前に置いては席を用意したと、クレナに座るように指示した。拘束され閉じ込められた冷暗の地下室に三人、襲撃時には六人いた荒くれ者ども。ひとりはクレナに、ひとりはフレデリックに。もうひとりは───。仲間を失っても気を病むことなく不敵に嘲笑う。


「いい切れ味だったぜ、クレナ嬢ぉ。おかげで失血で死ねなかった………クソがぁああ!!!!」

「……あなたたちに『賢者の石』の略奪を命じたのはどこの誰?」

 誰?よりもどの組織の誰?が重要。まぁ考えれば候補が絞られそうだけど


「さん奪は考えないのか?ずいぶんな兄弟仲だな」

「そういうものだから」

「いいぜ、可哀想なお嬢ちゃんに教えてやるよ。………次の刺客は依頼主お抱えの暗殺者だ。いいか?今度は石が狙いでなくお嬢ちゃん、アンタだ」

「………泣いて震える、とでも思った。私は両親を拒絶したあの日から覚悟は決めているわ」


 冷たく暗い、窮屈な地下室を出れば夕暮れの下、息を整え背を伸ばす。

 門前、見送りのため、ハンナは待っていた。そんな姿を見かけては急いで駆け寄りクレナは抱きつく。珍しい行動に驚き声をかけようとしたが、弱々しく小さな少女のように映るその瞳が止めては背に腕を回し優しく包み込む。

「明日は私もクレナ様のお誕生会、行きますよ」

「………お誕生、会?明日、私の誕生日だったっけ」

「えっ」

「おいおい、まさか忘れていたのか?ったく」

 お付きの配下が馬車を手配している間に内緒で進めていた誕生会が、主役であるクレナにバレてしまう。


 どうりで最近、使用人たちがよそよそしかったのか

 屋敷に戻れば、いやに不自然を探してしまう。ここ数年、多忙からまともに屋敷に居られず祝い事とは離れた環境の中、過ごしていた。いつぶり、だろう?そう思うとクレナは少し胸を踊らせる。

 どうせだったら皆で食事できたらね!

 いや秘密に動いていてくれたのだから私から声をかけてしまったら頑張りに泥を塗ってしまうのでは?

 どうしよう。どうしよう……

 ひとり、自室でウロウロと歩き回りながら熟考。一旦、『知らないフリしよう』と結論を出して席につき、机に置かれた文書等に目を向けるが気づけば時計の針を追ってしまう。


 遅くなりすぎると私から『何か』するには間に合わなくなってしまう……。ちがう違う!私の誕生日よ。こちらから動くのはマナー違反!マナー違反ってなんだ?

 経験なくて、あぁ!

「頭がこんがらがってきた!!」


 夜更け、クレナの苦悩は続く。


 翌日、早朝。

「エルガくんはクレナ様の誕生会に参加しないの?」

「シェヴィが心配だから終わったら早く戻ろうと考えてた。また来るからさ、そのときはシェヴィと一緒におめでとう言うよ。ごめんねって伝えといて」

 使用人寮から颯爽と去っていくエルガ。日の出がキラキラと少年の背を照らす。


「………言っておくけどさすがにエルフといえど13歳の少年に手を出せば犯罪よ?」

「分かっております。あと五年は待ちます」

 そんな寝巻き姿のメイドふたりの下世話な会話から始まる一日。

 通常の業務のスケジュールを全部繰り上げ、夕方から予定しているクレナの誕生会の準備のため普段以上に忙しなく使用人たちは奔走する。

 掃除洗濯炊事、手慣れたようにこなし、半日の内に収める。もちろん妥協なく。そして午後の支度に取りかかろうとした際にメイド長が重大な事実に気がついた。

「………エルガくん考案のお花が、ない!?」

 走る激震。どうやら行き違いから届いた場所が違っていた模様、届いたのは使用人寮。幸い屋敷を出て、長い坂を下れば使用人寮という距離間。だがこの過密スケジュールの中、ひとりでも抜けが出たら回らなくなってしまう。刻一刻と過ぎる貴重な時間、執事のひとりが進言する。

「ご無礼になってしまいますが、お三方にご依頼するというのは?」

「……うん、うん!それしかない」


 スカートをたくし上げ、周りを気にせず廊下を駆けるメイドさん。向かう先は傷が癒え、あとは経過観察だけとなり移動した客人宿泊用の一室。ノックし扉を開ければそこには仲良く異世界産ボードゲームを嗜む四人の姿。「?」

 断られるかもしれない……。一筋の光に縋るような思いで深々、床に膝をつき頭飾りから乱れた髪もそのままに事情を説明しては頭を下げ懇願する。

 目をつむり待つ返答。ガタガタ、と物を移動する音、それからカナは使用人の肩に手を置いては「どこにあるか教えてくれる!?」と答え、安心させるように微笑む。

「あっ、下った坂道すぐに寮があってその前に停めてある荷車に載せてあります!長い坂道ですし量が多いので───て、もういない!?」

「たぶん長い坂道、あたりから聞いていないと思うので四苦八苦すると予想してます」


「ぜぇぜぇ……駅伝か!!」

「はぁはぁ、寮の前ね。これか───!!?」

「山のように積み上がってる。これを、いま来た道を戻って?」

「ぜぇぜぇ……行くよっ!!」


 そんな慌ただしい一日は次第に日が傾き始め、屋敷内に明かりが灯されだす。

 街の視察を終え、帰路に着くクレナ。寝不足と疲れでタヌキのように隈とむくんだ頬が幼さを見せる。道中、ハンナと合流し共に屋敷へと向かう。そこで視察に同行した配下は気づく。「これ、バレてね?」と。

 ちょっとした不手際はあったが飾りつけも料理も、準備を終えてあとは主役の到着を待つだけとなる。


 どうして屋敷の主人のためにここまで一生懸命になれるのか。ひとりひとりの奮励はすべて『感謝』からくるもの。とくにクレナの幼少から仕える者はより一層、その想いが強い。


 数年前に、はじめての誕生会を催した。今まではご両親から禁止されていたがクレナ様自ら前当主の母親からバーディネリ家の実権を獲得して以降、手元を離れては開いた初めての誕生会。あの時の笑顔は、忘れない。


「クレナ様、ご帰宅なされました!!」

 行くぞっっ!!


「お誕生日おめでとうございます!!!!」

 広間では使用人たちが立ち並び、背後ではハンナ、配下たちが拍手してお出迎えする。クレナが口を開くと拍手は鳴り止み、みなで言葉を待つ。

 ただ寝不足と疲労から、頭の中のぐちゃぐちゃな文字まんまに吐き出してしまった。

「ごめん……知ってた。私も何かしなくちゃと考えてたけどどんなのが良いのか分からなくて───主人失格だ」

 弱音。つい、抱えていた想いが少し溢れてしまう。

 普段は凛としてあらゆる責任を預かる者として振る舞ってはいるがまだ大人、とは言えない年齢の少女。それに懐かしさに触れ童心を思い出したのかその表情はどこか出会った頃を想起させるような。

 耐えきれずハンナや古くから仕える使用人たちはクレナに駆け寄り、その小さく丸まった背中を支えられる。自室で休まれるかと心配して声をかけるがクレナは頬を手で上に伸ばしては支えられた身体を起こしていつもの様子で「ありがとう」と会場へと向かう。


 会場ではこれがこっちの世界の祝い方じゃあ!!とでも言いたげな仮装した『異世界サークル』四人の姿。開いた扉に反応しては用意してもらったクラッカーもどきを鳴らしてお祝いをそれぞれが伝える。まさに狂喜乱舞。

 そして気づく温度感。ケイゴはそっと被ったとんがり帽子を外しては横で踊り狂うミッチをビンタして止める。気まずそうに立ち尽くす四人にクレナはひと言。


「すぅぅ、私の17歳の誕生日だぁあ!!祝い尽くすぞぉおお!!」

 聞いたこともない大きな声で屋敷中に響く。使用人たちは驚愕してはざわざわと他の者たちの顔を窺う。するとカナはそれに応えるように雄叫びを上げる。


「イェヤァアアア!!!!」

 それに釣られてフータロー、ミッチ、ケイゴと大口開けては拳を突き上げ続く。刺激されてハンナ、配下そして使用人たちと日も落ち着く時間にも関わらず歓声で夜空までを届かせる。


 クレナの17歳の誕生日会は夜更けまで続いたという。



















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