第4話『姫と呼ばないで』

 見覚えのある天井。幼少の記憶、両親が経営する診療所のベッドからよく眺めた光景。微笑ましく思う両親の仕事終わりを待つ子供の暇つぶし。見覚えはすぐ、全身の痛みにより似た世界の光景だと認識する。

「うぐっ」

 夢、ではなかった。

 無理に身体を動かすものなら痛みと疲労が骨身まで染みる。全身に巻かれた包帯、繋がれ投与される栄養剤。麻酔からか頭に霞みがかかっているような感覚。

 特別思考はクリア。


「あ!!ミッチが目を覚ましたよ!!」

 また聞き馴染みある声。目を閉じる前、気を失うまでに浸かっていた恐怖から一気に手を引かれ掬い出されたような……そんな温かさがミッチを包み込んだ。

「よかったぁ」

「それこっちの台詞!!イヤだからな、異世界初日にして友だちを失うのは。イヤだからな」

「二回言わなくていいよ」

「一回言ってリアクションないから二回言っているだけだ。安心して、皆無事だ」

 頭を枕に沈めては安堵に息を漏らす。そう、視界に重体のシェヴィを留めるまでは。

「シェヴィ、くん……!?」

「彼のおかげで被害は少なく」

「僕のせいだ。無理に託してしまったから……あんな酷い状態に……!!」

 強く歯を噛み締めては顔を歪ませた。情けなさから握る拳、食い込む爪で手を傷つけ、純白のシーツには手形の血液が付着する。そんなミッチの肩に手を添えてはケイゴは「」とそう告げる他、なかった。


「カイゼルには悪いがそのような精神状態であるなら控えて正解でしたな」

「ひどく気を病んでいるね。元々『万病に効く特効薬』なんかを探すために異世界転移を希望した男だからね。まさに絵に描いた善人だ」

「相変わらずミッチの夢はちょいと小馬鹿にしてるよね。カナは」

「人は理不尽に死ぬって何度言っても納得しない。挙げ句に自分の命すら天秤にかけるような奴だよ?残された者の気持ちすら考え及ばずに」

「考えなしには言われたくないよな」

 険悪な空気に終始居心地悪そうに座る村長に、いつものことだと用意された紅茶を啜るフータロー。そんな言い争いに割って入っては村長は今後の予定を尋ねた。


「わたくしはシェヴィの容態が安定したらシェヴィと共に村へ帰るつもりです。親しんだ空気がまた、回復を促すでしょう。それでいて皆さんはどうされるので?わたくしどもとしましては全力でサポートさせていただきたい所存でありますが」


「まずは情報収集ですかね。村長から得た情報を基礎にもっと見聞を広めなければ。情報こそが生存の全てですから」

「俺は皆の最終決定に右ならえ。それが一番の近道」

「私は…クレナさんの役にたちたい」


「………うん。意図は計り知れないがここ、繁華街に残るのは賛成だ。人は情報。あとでクレナさんに認可を貰わないと」

 時計の短針が時を刻んでは一周、二周……テーブルに置かれたバスケットいっぱいの茶菓子が目に見えて減り始めたら扉が開き、声高々に入室する。

「お時間を取らせてしまい申し訳ない!思いの外、難航しまして───」

 気品に溢れたその凛々しい立ち姿。戦場とはうって変わり束ねられた長い紅髪と屋敷内の軽装、表情は年相応の少女像を浮かべる。


 ───時は遡り二日前。

「酷い出血だ!?早く医務室へ!!」

「裂傷も……神経もズタズタだ」

 その男の訪問、肩に抱えた青年を引き渡しては眼前に立つ屋敷の家主 クレナ=バーディネリへと挨拶する。

「久しぶりだねクレナ。不躾かな、膝ついて手の甲にでもくちづけしようか?」

「結構よ、軟派な男からの敬愛は。そんなことより予定もなしにいきなりの訪問は何?そっちの方が失礼よ」

「相変わらず手厳しい。予定もなしにって幼馴染みに会うのに形式が必要か?」

「この時期に、って話をしているのよ!……イライラしてくる」

 フレデリック=イナバー、こいつも変わらずとらえどころのない男。腹の内も明かさずに軽く笑っては玄関に置かれた来客用の椅子に腰掛ける。

「とにかくまぁ、気をつけなよと忠告しにきたのさ。その通り道に彼を見つけた、応急手当をしてあげてよ」

「珍しいのね。男を連れてくるなんて」

「嫉妬?」

「違うわ直結男」

「ちょ?いや何、欲しいと思ったら女も男も関係ない。僕は彼が欲しいと思った……もちろんクレナ、君もさ」

「聞いていれば貴様!!無礼もほどほどにっ!!───!?」

 クレナは配下を手で制しては、

「メイデイは元気?」

「……会いたがっていたよ。唯一の友人だからね、たまには顔でも見せてあげなよ」

 返事は悲哀に満ちた微笑み。その深意が伝わるような表情にフレデリックはあっけらかんとして「またな」と言い残しては屋敷を後にする。

「なんなんですか、あの男は!?クレナ様に馴れ馴れしく!!」

「昔馴染みで私の、メイデイの近衛騎士よ。ヘラヘラと軽い男だけど実力は指折り。私ですら敵うかどうか」

、あっ!失礼いたしました。【紅髪の戦乙女】のクレナ様であっても!?」


 再会は叶わない。皆は私を【姫騎士】と持ち上げるけど姫だなんて柄でもないしそんな称号は必要ない。あの道に私の望むものはない。


 二日後。わずか二日。

 フレデリックによって担ぎ込まれた青年の異常な回復力にクレナは目を丸くした。痛みも疲労も尋常ではないはず、それでいてもこうして友人たちと談笑している様子に驚きを隠せなかった。

 ミッチはそんな視線に気づきカナに耳打ちで、

「クレナ、様だったっけ?すごく見られているんだけど……」

「きっと挨拶していないからミッチのことすンごく無礼な奴だと思っているのかも!?」

「ヤバい!?」

 そうミッチは勘違いして身体をクレナに向けて深々と会釈。続いて挨拶に移ろうとする。


「ご友人から伺っています。ミッチ、くんでしたか。お元気そうで安心しました」

「………はい。あ少々失礼いたします───。ねぇ、なんでそっちで教えた?」

「いやぁごりごりの本名だとつっこまれそうだと思って。もう異世界こっちはそれでも良いかなって」

 顔を近づけて話し合う四人、解決したのかミッチはクレナへと振り返り改めて挨拶を始める。礼儀、礼節をもちろん欠いてはいけない。自分の持ち得るコミュニケーション能力をフル稼働させミッチは無事、挨拶をやり遂げた。

 ───ケイゴ君のようにはいかないなぁ

「あはっ、そのようにかしこまらなくても構わないのに。傷が癒えるまでこの屋敷でゆっくりしていってください」

「ありがとうございます!───そうだ、失礼でなければお訊きしたいのですが僕をここまで運んでくれたあの騎士さんはどちらにおられますか?ぜひそのお方にもお礼を伝えたくて……」


「………、分かりました。私の配下のひとりなんですよ、お伝えしておきますね」

 ミッチは緊張がほぐれ安堵したように思わず笑みが溢れる。フレデリックのお気に入り、そんな他意は毛程もないがクレナは挨拶の締めくくりに握手を求めた。

「…あ、よろしくお願いします」

 清潔なシーツで手を拭ってはその握手に応える。

 ─ヂヂィッ─


「!?ひぃやあぁああっっ!!!」

 そう悲鳴を上げてはミッチはベッドの上から転げ落ちる。心配そうに周りが声をかける中でひとり、頭を抱えては定まらない照準のまま、クレナを見上げ姿を確認する。まるで死人でも見たかのような表情で………。


 握手、触れた瞬間に頭にノイズが入り、この光景が流れ込んできた。これは記憶とか妄想とか、そんな不透明なものじゃない!!はっきりと、から撮られた映像そのもの!?

 僕たちの目の前で腹部から大量の血を流し、息絶えるクレナさんの姿を……



  episode.1『【紅髪の戦乙女】の最期』








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